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第69話 証言

 それから三十分後、私と焔、ヤトは、小さな会議室にいた。昼下がりの陽射しが窓から薄く差し込み、中央のテーブルに微かな影を落としている。白い壁は飾り気がなく、全体的に簡素な空間だ。


 今この場には、私たちの他にSPT幹部の丹後たんご江藤えとう。そして、天宮あまみやを告発した服部はっとりがいる。瓜生うりゅうは到着が遅れていて、私たちは今、彼女の到着を待っている。


 初め、丹後はどうして私がこの場にいるのかとまくし立てた。ビクつく私だったが、服部が「この事件は幸村さまが深く関係している」と発言し、私も参加することに。やはり、天宮は通信室で私の位置情報を盗もうとして上木に見つかり、発砲したのだろうか。私は胸が締め付けられ、ため息をつきながら顔を伏せる。


「凪、凪!こっち見て」


 小声で名前を呼ばれて顔を上げる。すると、ヤトが思いきり顔を近づけ「ぴやぁぁぁ」と呟きながら豪快に嘴を開いていた。


 こ、これは…?

 ヤトの変顔…!?


 あまりの唐突さに私は思わず吹き出し、顔がほころぶ。すると、ヤトはケタケタと笑い、羽を広げた。


「やったあ!やあっと凪が笑った!」


あれ?前にもこんなことがあったような…。


「大丈夫だよ、凪!リラックス、リラックス」


そうだった…。前に不安に押し潰されていた時も、ヤトが平静さを取り戻してくれたっけ。


 横を見ると、焔もホッとしたような眼差しを向けている。どうやら、心配していたようだ。


「凪、私たちは何も知らない。だから今、それを確かめる。不安がる必要はない。何があっても、私とヤトがいる」


 温かい言葉に、私は胸が熱くなるのを感じながら小さく頷く。


「はい」

「それに…」

「それに?」

「君は直感が鋭い。だからこそ、頼りにしているのだよ。服部の話で気になることがあったら教えてくれ」


 思いがけない言葉に目を大きく見開く私。だが、焔はそれ以上言わず、視線を扉へ向ける。次の瞬間、扉が開いて瓜生が入ってきた。ブラウンの髪をなびかせる彼女の姿は、どこか冷静で凛とした雰囲気を纏っている。「遅れてごめんなさい」と短く告げると、瓜生はそのまま席に着く。これで、天宮を除く幹部全員が顔を揃えた。


「さあ、いよいよだ。どんな情報が出てきても怯むな。確かめるぞ、真実を」

「はい!」


---------


 天宮直属の部下、服部萩玄しゅうげんは、紳士的な雰囲気を纏った穏やかな男だった。年齢は五十代くらい。細身で長身、姿勢は正され、品格を感じさせる。特に目を引いたのは、特徴的な口ひげだ。両端が上向きにくるりと巻かれ、完璧なシンメトリーを保っている。まるでヴィクトリア朝の貴族のようだ。


「あの昂生さまが…。突然のことで信じられません」


 服部は軽く目を伏せ、こう切り出した。


「こうせい、さま?」


 聞き慣れない名前に首を傾げる私。すると、ヤトが耳元でこう囁く。


「天宮の名前だよ。天宮昂生こうせい。天宮財閥の御曹司ね」


 あ、そういえば…天宮さんは財閥の御曹司だと、前にヤトが言ってたっけ。


「御託はいい。事件について話せ」


 丹後が鋭い言葉をかけると、服部はゆっくりと頷き、私たちを見据えた。


「昨夜、お手洗いへ寄った帰り、昂生さまが執務室から出てくるのを見かけました。しかし、周囲を気にしている様子が妙だと思い、こっそり後をつけた次第でございます」

「それで?」

「昂生さまは三階の通信室へ入って行かれました。私は驚きました。通信室は機密情報を扱う場所。入るには長官さまの許可が必要なのに、無断で入室されたからです。すると、偶然上木さまが通りかかりました。事情を話すと上木さまも大層驚いて、一緒に様子を伺うこととなったのです」


 服部は、ちらりと瓜生へ視線を向ける。彼女を見ると、眼差しは鋭く、怒りを押し殺した冷徹さが滲み出ていた。部下の上木が撃たれ、怒りの矛先を天宮に向けているのだろう。視線に気づいた服部は瓜生に頭を下げる。


「申し訳ございません。瓜生さま。私が上木さまに事情を話したばかりに…」

「…いいえ。悪いのは天宮。続きを聞かせて」


 彼女のひと言で服部は姿勢を正し、再び語り始める。


「夜も遅く、他の隊員はおりませんでした。昂生さまは奥のパソコンの前に座り、何かを熱心に確認しておりました。数分後、昂生さまは立ち上がり、今度はすぐ横の小窓の鍵を確認し始めたのです」

「窓の鍵?何かあったのか?」


 江藤の問いかけに、服部は小さく頷く。


「私も不審に思い、思い切って昂生さまに声をかけました。昂生さまは大変驚いたご様子で『このことは他言無用』と仰いました」

「他言無用、だと?」


 丹後が繰り返し呟く。瓜生の眉もわずかに動き、険しい表情がさらに深まる。


「はい。しかし、通信室への無断入室は規約違反です。私は毅然と『詳しい事情をお話しください』とお伝えしました」

「天宮はなんて?」


「『話すことはない』と。そう言うなり、窓から身を乗り出して逃げようとされました。驚いた上木さまは昂生さまを止めようと駆け寄りましたが、昂生さまは反射的に懐から拳銃を取り出しました。上木さまは咄嗟にその手を掴み、そのまま揉み合いに。程なくして一発の銃声が。揉み合いになったせいでしょう。昂生さまは意図せず上木さまに発砲してしまったのです」

「意図せず…ですって?」


 そんなわけないだろうと言わんばかりの形相で、服部を睨みつける瓜生。その目は服部を射抜くかの如く鋭く、怒りに満ちていた。気迫に圧倒されたのか、平静さを保っていた服部が一瞬たじろぐ。


「あ、あまりに突然のことでございました。そして、昂生さまは呼び止める私を振り切り、三階の窓から縁を伝って逃げてしまったのです。上木さまは肩から出血して気を失っており、大急ぎで救急車を呼びました。そんな中、私は昂生さまが確認していたパソコンを見て、驚愕しました」

「パソコン?」


 冷静に焔が尋ねる。服部は軽く頷くと、一瞬私に目を配り、言葉を続けた。


「画面に表示されていたのは、幸村凪さまの過去の位置情報でした。こちらの世界に来た日、ミレニアから襲撃を受けた『東園高校』の場所がハッキリと示されていたのです」


 全員が一斉に私を見る。や、やっぱり…。わかってはいたけど、改めて聞くと胸に重たい何かがのしかかる。


「さらに、よくよく見ると、窓の鍵は元々壊されておりました。つまり、昂生さまは幸村さまがこちらの世界に来たあの日、無断で侵入して情報を盗んでいた。昨日は、その証拠を隠滅するために再び人目を忍んで侵入されたのでしょう」


 服部の言葉が落ちた瞬間、会議室の空気がピリッと張り詰める。その中で、丹後が険しい顔で口を開いた。


「幸村凪の位置情報?SPTの発信機が仕掛けられていたのか?一体誰がそんなものを?」


 その問いに、場の視線が一斉に焔へ集まる。彼は微動だにせず、冷静な口調で続ける。


「私だ。凪がまだこっちの世界に来る前、万が一の時に備えて彼女に発信機付きのスマホを渡した。凪によると、彼女にスマホを渡した時、ミレニアの手先の塚田が目撃していたらしい。塚田はその情報をスパイに伝え、スパイは通信室に侵入して凪の位置情報を盗み出した。そして、その情報を元に凪を標的に襲撃させたのだろう」


 焔の説明に一同が息を呑み、服部も静かに頷く。


「その通りでございます。昂生さまは機密情報をミレニアに流した。つまり、スパイだったのです」


 服部の発言に静まり返る会議室。だが、焔はそんな服部に疑いの眼差しを向ける。


「随分、ハッキリ断言するんだな」

「それは…。もうひとつ、疑わしい物を見てしまいましたから」

「疑わしい物、だと?」


 その瞬間、会議室の空気が一段と張りつめる。

 一体、この人はこれ以上何を目撃したんだ…?


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