「
私は小さく頷く。すると、私の懐からヤトがぴょこんと頭を出し、勢いよく言葉を続ける。
「そうそう!上木との決闘の後、天宮が凪に会いに来てたじゃん!思えば、あの時の天宮の行動、凄く怪しかった。凪に『おめでとう』って言った後、左手首を掴んだんだよ!」
「左手首を?」
「はい。あの時、どういうわけか突然掴まれたんです」
私はブレスレットを改めて見る。まさか、発信機が仕掛けられていたなんて。胸の奥にじわりと嫌な感覚が広がる。
「会話中、左手首を掴むなんて普通しないじゃん!天宮はあの時、発信機を凪に仕掛けたんだよ!」
「ふむ…」
焔が一瞬考え込む。あの時、確かに違和感があった。ヤトの言う通り、発信機を仕掛けたのは天宮なのだろうか。すると、花丸が恐る恐るこう切り出す。
「…あの、ちょっといいかな。発信機を付けたのが、その…天宮さんっていう話をしてるけど、さっき凪ちゃんが言った『上木』さんって人も怪しいんじゃない?その人も凪ちゃんの左手に触ったんだよね?」
花丸の指摘を受け、ヤトがすぐに羽を大きく広げ、勢いよく声を張り上げる。
「違うんだ、花丸!怪しいのは天宮なんだよ!」
「どうして?」
「凪は、前にも襲撃されてるんだ!その時も凪に発信機が付けられてたんだけど、位置情報を見られるのは、三階の『通信室』のパソコンだけ。データは複雑なパスワードを入れないと見られない!それを知ってたのが幹部だけなんだよ!」
「…上木さんは、幹部ではないってこと?」
「そう!幹部は天宮!だから、天宮が怪しいってワケさ!」
花丸は納得したように頷く。そうなのだ。スパイがいるとしたら、SPTの幹部である可能性が高いことは理解していた。だけど…。
「凪?気になることでも?」
「…天宮さん、私のこと気にかけてくれてると思ってたから」
そう。私は、スパイは天宮ではないだろうと思っていた。ヤトの言う通り、あの時の天宮の行動には戸惑ったけど、悪意は感じられなかった。
とはいえ、上木がスパイだという展開も腑に落ちない。彼女は幹部ではないし、決闘の時も剣を交えて楽しいと思ったくらいだ。決闘後は、怪我をした私に包帯と保冷剤を持って来てくれた。それとも、あれは私を油断させるため…?
どのみち、二人のうちどちらかが発信機を仕掛けたことには変わりはない。そう思うとなんだか胸が重たくなる。
「…ともあれ、確認しなければならないな。まずは天宮だ」
焔は静かに言い放ち、SPT本部をじっと見据える。
「えっ、会いに行くの?今から!?」
「ああ」
顔を見合わせる私たち。こ、心の準備が…。ヤトも羽をバサバサと広げ、キョロキョロしている。
「どうした?」
「天宮がスパイだったら、また戦闘モードに入るのかなあ?そう思ったらなんだかそわそわしちゃうよ」
「そんなことにはならない。天宮が発信機を仕掛けた明確な証拠もないしな」
私は首を傾げながら声を漏らす。
「証拠?」
「そのブレスレットだけでは証拠として弱すぎる。他の人間も付けることができた以上、言い逃れは容易いだろう。天宮に直接探りを入れるしかないが…」
そう言うなり口ごもる焔。どうしたのだろう?
「…よりにもよってあの天宮とは。奴がうっかり口を滑らせるとは到底思えんな」
焔の低い声に場の空気が張り詰める。彼の言い回しから察するに、どうやら天宮は相当手ごわい相手らしい。
すると、焔が私に手のひらに収まるほどの四角い機器を手渡した。
「これは?」
「ボイスレコーダーだ。天宮の執務室に入る前に赤いスイッチを押せ。奴が口を滑らせたら、一気にそこを突く。その時、音声があれば証拠になる」
言い終わるなり歩き始める焔。私は彼の背中を見つめながら、ボイスレコーダーをポケットに入れ、強く握る。
「あの、焔さん!」
私は思わず声を上げた。彼が振り返った時、突風が私たちの間をザッと吹き抜けた。目の前で、陽の光を浴びた新緑の葉が花びらのように舞う。葉は、空中で揺れ続けた後、空の彼方へ飛んで行った。
「…焔さんは、天宮さんがスパイだと思ってるんですか?」
焔は一瞬目を逸らして黙る。その後、わずかに首を傾げて素っ気なく呟いた。
「さあ、どうだかな」
焔は再び、迷いのない足取りで歩き出す。
毅然とした背中を見つめる私。心が追い付かないまま、ゆっくりと足を進めた。