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第66話 潜伏

 それから十五分後、焔が車を停める。が、私は戸惑った。ここはSPT本部。家に帰るものとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。


「着いたぞ。ヤト、花丸、起きろ」


 外へ出るなり、ヤトも周囲を見渡しながら戸惑う。


「あれ?家に帰るんじゃなかったの?花丸の報告?」

「それもあるが、確かめたいことがある。凪」

「はい?」


 焔の視線が、私の左手首に注がれる。そこには、赤い数珠が連なるブレスレットがあった。


「そのブレスレット。確か、上木との決闘の日にヤトから貰ったものだったな?」

「はい、そうです!」


 私は自然と笑顔がこぼれる。これはヤトがくれた大切なお守り。塚田との戦いでは本当に力を与えてくれた。これを見ると、なんだか勇気が湧いてくる。それに、一つひとつの数珠が綺麗で見た目もとっても可愛いのだ。


「可愛いですよね!お守りです」


 そう答えると、焔は無言で私の左手首をそっと掴み、顔の前に掲げた。予想外の行動に私は驚き、息を呑む。


「焔さん…?」


 そう声をかけるが、彼は真剣な表情のまま。視線の先には赤い数珠。陽の光を浴びて鮮やかに輝いている。だが、その中のひとつに奇妙な違和感があった。目を凝らすと、数珠と数珠の間に小さな粒のようなものが隠されている。他の数珠に溶け込むように取り付けられていて、目を近づけてじっくり見なければ気付かないほどだ。


「…これは…?」

「発信機だ」


 思わぬ言葉に、私はギョッとする。花丸も驚いたのか、目を丸くし、ヤトは焔の肩に飛び乗ってブレスレットを改めて見る。


「は、発信機!?凪に付けられてたの!?」

「ああ。おかしいと思った。我々が横浜にいることは長官しか知らないはず。それなのに、塚田に君の正確な位置がバレていたからな」


 それは、私も気になっていた。そうか、だから居場所がバレていたんだ…。…って、ちょっと待って!


「ってことは、スパイが発信機を私に付けて、私の位置を塚田さんに伝えたってことですか!?」

「ああ。問題はそれが誰か、だ」


 焔は頷き、ジーっとヤトを見る。


「お、俺じゃない!俺じゃないよう!」

「わかっている」


 動揺したのか、ヤトが勢いよく飛び、私の胸元にすぽっと顔をうずめる。そんなヤトを思わず抱きしめる私。同時に、頭の中で大きな疑念が渦巻く。このブレスレットを受け取った翌日に私たちは横浜へ向かった。つまり、SPTに潜むスパイは私がブレスレットを受け取った「あの日」に発信機を付けたことになる。まさか、まさか…。


「凪、上木との決闘の日を思い出せ。君の左手に触れた人物がいたはずだ。それは誰だ?」


 穏やかな晴天の中で鋭く焔の声が響く。私は決闘の日の記憶を辿る。


 あの日私の左手に触れたのは――。


 脳裏に浮かんだのは、決闘後に私と握手をした上木かみき。そして、その後「おめでとう」と言いながら近づき、握手を交わした後、私の左手首を意味深に掴んだあの人物…。

 焔の真剣な眼差しを感じながら、私は震える声でこう呟いた。


「上木さんと…幹部の天宮あまみやさんです」

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