それから二日後の昼過ぎ。私たちは紅牙組に一旦別れを告げ、焔の車で東京へ向かっていた。帰る途中はみんなでしりとり。焔は乗り気ではなく「メロン」や「うどん」と言い続けたが、ヤトと花丸が文句を言って最終的に三十往復くらいした。修学旅行みたいで楽しい~。
しりとりから数分後、後部座席の花丸とヤトは眠りについていた。ヤトはすっかり花丸にも懐いて、今は彼の腕の中で眠っている。顔を寄せ合い、目を閉じる花丸とヤトが微笑ましい。
「すっかり仲良しですね~!花丸さんとヤト」
「そうだな」
ハンドルを握る焔の横顔を見つめつつ、私は少し緊張していた。いつもはヤトがいるけど、今起きているのは焔と私だけ。しかも私が座るのは助手席。デートみたいでドキドキする。そして今、ちょっと困っていた。話す話題が思い浮かばないのだ。あたふたしながら車窓を見ると、陽の光を浴びた木々がキラキラと揺れていた。清々しいほどの晴天だ。そうだ、困った時は天気の話。私が口を開こうとした次の瞬間、焔が唐突に口を開いた。
「凪」
「は、はい!」
「…突然だが、今までに手術をしたことは?」
「手術?」
「そう。大きな病気や怪我をしたことはあるか?」
突拍子もない問いかけに、私は目を泳がせる。
「え~っとですね…病気は全くないです。元気だけが取り柄みたいなものですし!怪我は部活でたまーにしますけど、擦り傷くらいなもんです」
笑いながら答える私。すると、焔はほっと息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
「そうだったか」
突然どうしたんだろう?
私は改めて、昔を振り返る。
大きな病気、大きな怪我…。
「あ!!!」
昔を思い出して思わず声を上げる私。そういえば…。
「…あれはどうなんだろう?手術じゃないとは思うんですけど…」
「…心当たりが?」
真剣さを帯びた焔の声。私は思い当たる節を語る。
「三歳の時、北海道のおばあちゃんの家に遊びに行った時、ベランダから落ちちゃったんです」
「落ちた?大丈夫だったのか?」
「それが、打ち所が悪くてかなり血が出たみたいで。輸血が大変だったって大きくなってから親に聞かされました」
「血?君は前にO型だと言っていたな。ご両親のどちらかから輸血を?」
「あ、えっとですね…」
私は咳払いをして、こう告げた。
「普段は『O型』って言ってるんですけど、実は私『ボンベイ型』なんです。
凄く珍しい血液型みたいで」
すると、突然勢いよく車が停まり、私の体が軽く前に押し出される。顔を上げると赤信号だった。どうやら急ブレーキをかけたようだ。
「だけど、ボンベイ型って珍し過ぎて血液型占いにも載ってないし、友達も知らないので『O型』ってことにしてるんです!ボンベイ型が一番近い血液型がO型みたいなので」
厳密にはもちろん違うけど、血液型を聞かれる度に説明するのは面倒だし、相手も困らせてしまう。だから普段は「O型」だと言っているのだ。
…って、何の話だっけ…?
「…そう。怪我の話でしたね。両親はボンベイ型じゃないので、輸血できなかったんです。ボンベイ型って、両親が隠れた遺伝子を持っていると稀に生まれるみたいで、うちの家系では私だけなんですよ。結局、隣町の大病院に運よくボンベイ型の血があって、それを輸血したって聞きました。感謝しなきゃいけないですね。貴重な血をくれた人に」
へへへと笑いながら頭を掻く私。言い終わって横を見て、驚いた。彼の瞳が揺れていたのだ。普段の冷静さとはまるで違う、驚愕の表情を浮かべ、ハンドルを握りながら一点をただじっと見つめている。
「…焔さん?」
聞こえていないのだろうか?私は彼の視線を追う。赤信号はすでに青だが、焔は目を見開いたまま、まったく反応を示さない。
「焔さん?信号、青ですよ!」
私は少し大きな声で話しかける。すると、ハッと焔が私の方を見る。
「…失礼」
焔は冷静な表情を取り戻し、ゆっくりと息を吐きながらアクセルを踏む。
どうしたんだろう?いつもの焔さんらしくないな…。
私の疑念をよそに、車内には無機質なエンジン音だけが響いていた。