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第64話 闘笑

 財前との会話が終わった後、私たちは中庭で談笑していた。


「あの部屋、財前の部屋だったんだね!ビックリしたけど、俺納得しちゃった!」


 確かに、自室のみならず別室にまでエッチな雑誌やポスターをしっかり用意しているなんて、ある意味財前は期待を裏切らない。ヤトの言葉で、場は一気に笑いに包まれる。


「焔君、凄いよ。『駆け引きはしない』って言い切って」

「ほんとです。あの迫力満点の組長さんを相手に…」


 花丸の言葉に私は頷きながら答えた。風間は終始穏やかな口調だったが、「極道の組長」としての威厳が目線や仕草の一つひとつから感じられた。だが、一方の焔は少しはにかみながら首を振っている。


「私は駆け引きが苦手なんだ。無闇に腹の探り合いをするより、言いたいことを素直に伝えた方が余程いい。駆け引きが得意なのは、SPTでは天宮あまみやくらいなものだ」

「天宮さん?」


 思わぬ名前の登場に私は驚いた。天宮はSPT幹部の一人。歳は焔や花丸と同じくらいだろうか。


 天宮さんはニコニコ系でほんわかしている感じ。

 駆け引きが得意なんて、ちょっと意外だなあ。

 天宮さんといえば…。


 私はSPT審査での決闘後のことを思い返していた。決闘後、彼はわざわざ私のところへ来て、意味深な質問をした。そして、なぜか私の左手首をそっと掴んで来たのだ。あれは一体何だったのだろう。

 そんな思いを巡らせていると、ヤトがぴょんぴょん跳ねながら軽快な声を上げた。


「あ!財前!」

「おう、おめえら。十五分振りだな。ホレ、焔」


 財前は笑みを浮かべながら雷閃刀を焔に手渡した。


「話していた雷閃刀だ。頼んだぜ」

「ああ」


 目を見合わせて笑う二人。すると、花丸が突然思い悩んだ表情を浮かべ、重々しく口を開く。


「僕…ここに残ろうかな」

「ああ?また研修医として頑張るって言ってたのに、怖気づいたのか?」

「だって、ここはまた襲撃されるかもしれないんですよね?誰かが怪我をしたら…」


 花丸は紅牙組、特に財前に恩を感じている。襲撃の危険性を知り、気がかりなのだろう。だが、すかさず焔がこう告げる。


「心配ない。明日から紅牙組の周辺をSPTが見張る。怪しい動きがあれば、すぐに応援に来られる体制も整えておく」

「さっすが焔!」


 感心の声を上げるヤト。その言葉に私や財前、そして花丸も安心したように胸を撫で下ろした。


「…だとよ。心配すんな。まあ、また近くに来たら遊びに来いや。その時は飯でも…いや…」


 財前は花丸の耳元に顔を近づけ、にやりと笑う。


「その時は…俺が男の遊びを教えてやる」


 途端に顔を赤くする花丸。手を顔の前でパタパタとさせて慌てふためく。


「え!?い、いや、僕はそんな…」

「任せとけ、お前好みの可愛い子ちゃんがいる店に連れてってやるからよ。俺はよーくわかってんだぜ。お前がムッツリだってこともなァ」


 いやらしい笑みを浮かべながら小声で囁く財前。花丸は顔を真っ赤にして俯く。


 財前さん、完全に親友の「対の花丸さん」と、この花丸さんを重ねてるな…。

 私はすかさず割って入る。


「スケベターンはそこまでです、財前さん!花丸さん、困ってるじゃないですか!」

「ごちゃごちゃうるせい!それともなにか?耕太に変なこと吹き込まない代わりに、お前が色々教えてくれるってわけか?あん?」


 そう言って、財前はにやりと笑う。

 また始まった…一体どうしたらそういう話になる?ここはキッパリ、ハッキリ態度で示さなければ。言い返そうと意気込んだ次の瞬間…。


「財前」


 焔の低く落ち着いた声が響く。彼の表情を見ると、いつもより眼光が鋭い。ほんのちょっぴり怒りが込められていた。


「君は私との賭けに負けただろう。改めて言うが、凪に構うな」


――きゅん。


 焔さん…。

 ハッキリ言ってくれるなんて、やっぱり格好いい~…。

 …だが、そんな胸きゅんタイムも束の間。財前は思いがけないことを口にした。


「…賭け?何のことだ?」


 私と焔は同時に目を見開き、財前を見る。すると、財前は口の端をわずかに上げ、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。


「…焔よ。お前、何か勘違いしてねえか?あの時、お前は確かに『自分が勝ったら凪に構うな』と言った。だがよォ、俺は『わかった』なんて言った覚えはねえぜ。『面白くなってきた』くらいは言ったかもしんねえがよ」


 私はあの時のやり取りを思い返していた。そういえば、確かにそうだった気がしないでもないけど…。


「今更そんなこと言って!ずる過ぎ!」


 心の声が思わず口を突く私。すると、財前は肩を揺らして豪快に笑う。その声があまりに大きく、場違いなほど軽やかで逆に怖い。


「何とでも言いやがれ!焔よ。あの会話は、俺から言わせりゃただの茶番だ。口約束どころか……お前の可愛い独り言に過ぎねえんだよ」


 その瞬間、ピリっという音が聞こえた気がした。焔が一歩ずつ、ゆっくりと財前に向かって歩を進めていく。焔が歩み寄るたび、温度が下がっていくような気がして身震いする私。私はそれ以上財前が地雷を踏まないよう、慌てて彼の和服の袖を引っ張る。だが…。


「俺に約束守らせてえなら、契約書でも持って来やがれい!」


 時すでに遅し。一瞬の沈黙の後、私とヤト、花丸が恐る恐る焔の様子を伺うと、意外や意外。彼は穏やかな笑みを浮かべていた。


「…これはこれは。恐れ入ったよ」


 笑ってる…?焔さんなら、絶対怒ると思ったけど…。

 だが、そんな焔の笑みは一瞬にして消え、冷たく、鋭い空気が周辺を覆う。


「…まさか、紅牙組の若頭が、こんな小狡いことを言うとはな」


 指をポキポキと鳴らす焔。次の瞬間、禍々しい殺気がぼわっと広がった。これは、あの陰の気…。財前も察したのか、反射的に「うおっ」と声を漏らす。


「契約書など必要ない。代わりに今すぐ詫び状を用意して貰おうか。君の血判も添えて、な」


 一触即発の空気の中、割り込むようにか細い男の声が響く。


「あ、あの。ほ、焔さん…その…組長がお呼びです…」


 紅牙組の若い男が草むらの影からそっと言葉をかける。すると、焔はふっと陰の気を引っ込める。焔は財前を睨みつけた後、ヤトに向き直る。


「ヤト。財前が妙なことをしたら、容赦なくぶちのめせ」

「うん!」


 ヤトが意気揚々と私の肩に乗り、バサッと羽を広げてガーっと鳴きながら財前を威嚇する。だが、財前は動じず笑みを浮かべながら私たちと焔を交互に見る。


「…ったく。焔の奴、ちょっとからかっただけですぐブチ切れるから面白いぜ」

「面白いのはお前だけだ!このドスケベ!」

「人のこと、そうやっておちょくって!」

「わかった、わかった。さっきのは冗談だって。ただよォ、俺は一応極道だから、焔みてえなSPTとベタベタするわけにいかねえのよ」

「え?」

「近すぎると窮屈だし、遠すぎても張り合いがねえ。俺はこんくらいの距離で睨み合ってる方が性に合ってんだよ。その方が、次の喧嘩も盛り上がるしな」


 言い終わると、財前は突然私の頭を豪快に撫でた。勢いがあり過ぎて、私のボブヘアはたった三秒でボサボサに…。


 せ、せっかく綺麗に整えた寝癖が…!


 文句を言おうと財前を見上げると、彼は一転、穏やかな表情を浮かべつつ、花丸をちらりと見てこう言った。


「頑張れよ、凪。次に会う時まで、耕太のこと頼んだぜ」


 …この人は不意にこんな表情をするのだ。いつも決まって、大切な友人、花丸耕太の話をする時は。

 ボサボサ頭のまま、私は財前に笑顔を向けた。次に会う時は、もっと強くなってみせますからね。そんな決意を込めて。


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