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第63話 宿主

 暖かい陽が差し込む中、風間は静かにこう切り出した。


「人狼の陽の血『ソルブラッド』の在処ありかを、馴染みの占星術師に探って貰ったんだが…」

「…やっぱりなかったの?珍しい血だもんなあ~」

「いや、ソルブラッドは存在するよ。カラスの少年」


 ヤトが漆黒の瞳を煌めかせながら、ぴょんと一回跳ねる。


「ほ、本当!?どこ?どこ!?」

「占星術師の言葉をそのまま伝えた方が良さそうだね」

風間は目を閉じ、呟くように続けた。


―――


血は陽の下でその身を動かし、夜の静寂に包まれて眠る。

ひとつの魂に宿りし血は、今この世界で宿命を果たす時を待つ。


―――


「どういう意味ですか?」


 私がきょとん顔で尋ねると、風間は視線を私に移し、穏やかに答えた。


「要約するとね、この血は『朝に動いて夜は眠る。ひとつの魂に宿っている』。そういうことだよ」


 意味を察したのか、焔が前のめりになる。


「お待ちください。まさか…」

「陽の血『ソルブラッド』は、試験管に入れられているのではない。すでに生きた人間に入れられているのだよ」


 風間が言い終えると、財前が深いため息をつきながらうなだれた。

 以前、財前は人狼族の血はリサイクルできないと話していた。人狼の力を得るには、人狼族から直接血を貰う必要があると。すでに他の人間にソルブラッドが入れられているなら血の力は得られない、ということか。


「…完全に読みが外れたぜ。すでに『宿主』がいたとはよォ…」


 私はふと焔を見る。すると、彼は一点を見据え、驚きに満ちた表情を浮かべていた。


「…まさか…そんなことが…」

「焔君」


 風間が焔の様子を伺うように声をかける。


「…何か気になることでも?」

「いえ…ご承知の通り、ソルブラッドの人狼族は少数です。私も一人しか知りませんが、その者もすでに亡くなっている。今、その血が存在することが信じられないのです」

「…水無月藍子だ」


 財前が言う。突然のおばあちゃんの登場に、私は思わずびくっとなる。


「人狼族の研究者、水無月藍子がソルブラッドの人狼族の血を誰かに入れた。そうとしか考えらんねえ!」


 焔は意味深に手を顎に当てて考え込む。私も財前の言葉を受けて、考えを巡らせる。

 前は「ソルブラッドは試験管に入れられている」という前提で話が進んでいたのだが、すでに宿主がいるなら話が変わってくる。とはいえ、おばあちゃんが「私が元々住んでいた世界」に来てから誰かに血を入れたなら「対の世界」の占星術師はその存在を察知できないはず。ということは、おばあちゃんは五十年以上前、「対の世界」で暮らしていた時に、誰かに「ソルブラッド」を入れたということに…。

 つまり「宿主」は少なくとも五十歳以上。当時成人していたなら、七十歳を超えている可能性もあるのか…?


 ここで私は、自分なりの推理をざっくりまとめてみた。


① 宿主は五十歳以上の人。

② そんでもって、朝起きて夜は寝るという、わりかし規則正しい生活を送っている人。


 …ってそんな人めっちゃいるんじゃ!?

 これじゃあ誰が宿主なのかわかりゃあしない…。


 私は目をグルグルさせながら天井を仰いで、ふうっと息を吐いた。すると、ヤトが足で頭を掻きながら不服そうに呟く。


「でもさあ…ソルブラッドって本当にすごく珍しいんだよ!人狼族自体少ないのにさ。その話本当なのかなあ?」

「信じるかどうかは自由だがね、少なくとも、厄介な人物がこの話を信じているようだ」


 その瞬間、焔の眉がピクリと動く。


「占星術師に会う前日、ある男が訪ねてきて私と同じ質問をしたらしい。『ソルブラッドの宿主はどこか?』とね。占星術師は『関東エリア』と答えたそうだが、具体的な場所を探れないか男は執拗に迫ったそうだ」

「ある男…?」

「聞いてくれるかな、お嬢さん。占星術師によると、男の風貌はとても特徴的でね。長髪の銀髪にキツネ目。松葉杖をつき、足を引きずる初老の男…。これが誰か、SPTならよくわかるんじゃあないかな?」


 次の瞬間、ガタっという大きな音を立てながら、焔が前のめりになる。その瞳には、一目でわかるほどの憎しみが込められていた。


「知っている人ですか…?」

万丈まんじょう…。金に目が眩み、ミレニアを手引きして村を襲撃させた人狼族の男だ」


 衝撃的な話に私は言葉に詰まる。人狼族が…自分の村を売った…?


「万丈は人狼化できない体質で『異端者』と呼ばれていた。その恨みかは知らんが…今はミレニアの参謀だ」


 すると、財前が吐き捨てるように舌打ちをする。


「仲間を売るとは恥さらしもいいところだぜ。だが、おかしい。ソルブラッドもルナブラッドもリサイクルできねえ。人狼族から直接血を貰わねえと力を引き出せねえってのに、どうしてソルブラッドの宿主を探す?そいつの血は、もう利用価値がねえはずだ」

「…どうやら、ソルブラッドにはまだ知られざる秘密があるようだね」


 風間が焔を見て、静かにこう告げる。


「すでに宿主がいる以上力を得ることはできないが…その者は確実に人狼の力を、そして得体の知れない『秘密』を持っている。我々はこの宿主を探すつもりだ。『関東エリア』という、ざっくりとした手がかりしかないのが辛いところだがね。ミレニアが宿主を探している以上、君もこの話を無視できないのではないかな?」

「…そう、ですね」


 私は焔の様子が気になっていた。冷静な彼が、見るからに動揺していたからだ。


「宿主の情報を掴んだら教えてくれるかな?我々も、何かあればお知らせする」

「…承知した。貴重な情報を共有していただき、感謝する」


 焔は頭を下げた。が、その瞳は大きく見開かれたままだった。まるで驚愕の事実を目の当たりにしたかのように。


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