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第61話 暗流

 焔の話は、おばあちゃんが発見し、未だに場所がわからない「磁場エネルギー」に関することだった。私とおばあちゃんの血縁関係に触れることはなく、彼は話し中一貫して旧姓の「水無月藍子」と呼んでいた。

 磁場エネルギーが地球に与える影響、それをミレニアが執拗に探していること…。だが、私は疑問だった。なぜ彼はこの話をしたのだろう?同じことを、風間組長も感じたようだ。


「…事情は理解した。だが、それが一体どうしたと言うのだね?我々の目的は、去年ミレニアの襲撃で攫われた仲間の救出だ。磁場エネルギーなど、知ったことではない」

「それが、大いに関係しているのです。去年、そして昨日。立て続けに襲われるなんて、変だと思いませんか?」


 焔は懐から小型の測定器のようなものを取り出し、座卓に置いた。黒い質感で右下に「SPT」のロゴが小さく刻まれている。


「あなたが戻られるまで、色々調べさせてもらった。これは、私が導き出したひとつの可能性です」


 私たちの視線は一斉に装置の液晶画面へと向けられる。そこには、ある数字が浮かび上がっていた。


「400.3 μT」


「…よんひゃくてんさん…?」


…数字の後の記号、なんて読むんだろ?


 一瞬の静寂の後、ヤトが羽を広げながら声を上げる。


「え!?嘘ォォ!?」

「え?なに?どういう意味!?」

「ここの磁場だよ!四百マイクロテスラなんて高すぎる!普通は五十マイクロテスラくらいなのにさ!」

「おいおいおい!だから何だっつうんだよ!磁場だかなんだか知らねえが、別に痺れねえし、なんもねえ」

「だから気付かない」


 焔の静かな声に、財前と風間が彼の方を向く。


「四百マイクロテスラは人体に与える影響はない。だが、通常の八倍という異常値だ。この敷地内は、どういうわけかかなり磁場が高いのだよ」

「だから?」

「…横浜の中央刑務所の事件を覚えていますか?去年、紅牙組同様、ミレニアから襲撃されました」


 そう、実は去年襲撃を受けたのは紅牙組だけではない。横浜の中央刑務所も襲撃され、囚人たちが拉致されていた。焔は一拍置き、軽く息を吐いてこう続ける。


「今日、SPTの調査班に刑務所の敷地内を調べて貰った。すると、紅牙組と同じく四百を超える異常値が検出されたらしい」

「えっと…どういうことですか?」

「つまり、紅牙組や刑務所は、磁場が極端に高かったから襲撃された可能性がある」

「ばかな!それが何だというのだ?水無月とやらが見つけた磁場がここにあるとでも?」

「それは調査しなければわかりません。地下に何かあるのかもしれませんし、磁場が発しているエネルギーそのものに何かしらの理由があるのかもしれません」


 焔は風間に向き直り、ハッキリとした口調でこう告げた。


「ここにSPTの研究員を派遣してもよろしいか。そして、調査で危険ということになれば、この敷地からの退去もご検討いただきたい」


 唐突な言葉に、風間と財前の表情が一気に険しくなる。


「おいおいおい!何言ってやがる!ここはなあ、百年続く紅牙組のいわば縄張りだぜ!退去なんて、先代たちに合わせる顔が…」

「君なら腹を括れるはずだ」


 焔が鋭い眼差しを財前に向ける。


「襲撃の際、君は仲間の前でこう言ったな。『いざという時は屋敷を爆破し、ここから離れる。誰一人攫われるな』と。縄張りだか先代だか知らんが、仲間より大事なものなど、君にはないはずだ」


 財前は黙り込み、唇を噛む。事情は理解しているものの、気持ちが追い付かないのだろう。


「もちろん強制はしない。だが、襲撃の理由が『磁場』なら、ここが再び襲撃される可能性は極めて高い。どうする?頑なにプライドを守って仲間を命の危険に晒すか?」

「それは―」


 財前が口を開いた瞬間、風間が静かに彼を制する。


「待て。判断する前に中央刑務所の状況が知りたい。刑務所の敷地内の磁場に何かあるなら、去年の襲撃後、何らかの動きがあったはずだ」

「…現在、中央刑務所は廃墟同然で立ち入り禁止となっています。ですが、度々何者かが侵入した形跡が残っていたようです。地元警察が監視カメラを設置したところ、侵入者が測定器で床を調べる様子が記録されていました。侵入者は地下…磁場を念入りに調査していた可能性があります」


 風間が息を飲む中、焔はさらに言葉を続ける。


「刑務所は、来月から解体作業が始まるようです」

「ということは…どういうことですか?」


 私が思わず尋ねると、焔は少し間を置いてこう答えた。


「来月、あの一帯は更地になる。敷地の地下に何かあるなら、ミレニアは解体のタイミングで何かしら事を起こすだろう。これも推測だが」

「推測、推測ってよォ…そんな推測で…代々受け継がれてきたこの場所を…捨てろってのかよ!?」

「財前」


 焔は、真剣な眼差しで彼に向き直る。


「ミレニアは、近年いやに活動的になっている。特に襲撃などという大胆な行動を頻繁に取るようになったのは昨年からだ。何かが急速に進展している。時間がないのだよ。それに、私の推測が正しければ紅牙組も危険だ。ミレニアの手が及ぶ前に、早急に敷地の調査と、場合によっては退去することをご決断いただきたい」

「…好き勝手言ってくれるぜ、ったく」

「気分を悪くさせたなら謝る。だが、ある意味これは大きなチャンスだ。奴らの狙いが中央刑務所の地下なら、先手が打てるからな」


 私は恐る恐る風間を見る。しばらく沈黙した後、彼は静かに口を開いた。


「退去は…しない」

「しかし…」

「勘違いするな。君はまだまだ甘いな」


 風間はゆっくりと姿勢を正し、焔を正面から見据えた。


「すぐ退去すれば、我々が磁場の異常に気付いたとミレニアが勘付く。そうなれば奴らは慎重になるだろうし、SPTも次の手が打ちにくくなるのではないのかね?」


 その言葉に、焔が一瞬目を泳がせる。


「ミレニアの狙いが磁場なら、なおさら中央刑務所で動きがあるまでは動かない方が得策だ。その方が奴らを油断させられる」

「でも、また襲撃されるかもしれません!」


 私が声を上げると、ヤトと花丸も続く。


「そうそう!ミレニアのこと舐めすぎ!」

「そうなったら、また大勢の怪我人が出ます!」


 私たちの言葉を受け、風間は微かに笑みを浮かべた。


「心配ご無用。我々には対ミレニアのためだけに作った『雷閃刀』がある。昨日の戦闘でもなかなかの威力を発揮してくれたからね」


 焔は雷閃刀を見つめ、しばし考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。


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