その日の午後、陽射しが容赦なく照りつける中、私は裏庭にしゃがみこんで青ざめていた。両手で掴んでいるのは、焔から借りた真剣。「護身用に」と彼が貸してくれたもので、初任給で買った刀だと聞いていた。だが今、その刀を見下ろす私の心はとてつもなく重たい。刃が所々、無残に欠けてしまっていたからだ。
…これ、かなり酷いな…。
実は、焔からこの刀は実戦では使うなと念を押されていた。だが、昨日の戦闘中、混乱していてつい抜いてしまったのだ。
こんな大切なものを預かっておきながら、どうして私はもっと慎重になれなかったんだろう。
これはもう、完全に怒られるやつだ…。
私は深くため息をついて、ゆっくりと立ち上がり、恐る恐る焔とヤトがいる中庭へ戻った。次の瞬間、ある光景を目にして思わず目を丸くした。ヤトがノートパソコンの前で雄叫びを上げながら、何やら激しく羽を動かしていたのだ。
「ぴやああぁぁぁぁぁ…」
よく見ると、ヤトは羽を勢いよく上下させながら、とんでもない速さでキーボードを打ち込んでいる。
こ、これは一体…!
「驚いたか、凪」
いつものような冷静な声で焔がいう。彼は中庭の一角に立ち、少し誇らしげにヤトを見つめていた。
「パソコンの早打ちに関しては、SPTでヤトに敵う者はいない」
「はああ…すごい…。ところで、ヤトは一体何を…?」
「今回の任務の報告書を作ってるんだ。花丸探しからミレニアの襲撃まで、とりあえずひと段落したからな」
そう言われて、ここ最近の出来事を私は振り返る。ミレニアの襲撃から一夜明け、私たちは不思議なことにほとんど傷が癒えていた。だが、財前が「数日ゆっくりしてけ」と声をかけてくれたこと、怪我人の治療には花丸が必要だという理由で、あと数日、滞在することになったのだ。
すると、ヤトが急に動きをピタッと止めた。私の視線を感じたのか、こちらを向いて楽し気に声をかける。
「あ、凪!ちょっと聞きたいことがある!」
「なになに?」
「俺が気絶してた時さ、塚田とどう戦ったの?報告書に書かないといけないんだ。使ったのは竹刀だよね?塚田は刀?」
「え?えっとね…。塚田さんの刀は折れたから、素手で戦ってたよ。それで、そのままガシっとこう刃を…」
「刃?竹刀じゃなくて?」
「……あ!!」
…ヤバい!完全に口が滑った!
私はハッとして口をつぐむ。
今の話の流れで真剣を使ってしまったことを言うべきか、それとも黙っておくべきか…。迷いに迷った挙句、私は結局真剣のことを言えず、さり気なく話を逸らした。
「…えっとね、塚田さん、自分の刀が折れた後は素手で向かってきて、力が凄くてね。気迫に押されちゃったよ。だけどこう、なんとか気配を感じ取って反撃したって感じかな~」
「ふむふむ。そうだったんだ。凪は強いね、やっぱり!俺気絶しちゃって、情けないなあ~」
ヤトは落ち込んだような様子を見せながらも、キーボードを打つ手を一切止めない。羽をピクピクと器用に動かしながら、余裕の表情でタイピングを続けている。
なんか、めっちゃ「しごでき」な新聞記者って感じで格好いい~!
そんなヤトに尊敬の眼差しを向けながら、私は塚田との戦いを改めて振り返っていた。
「…あ!そういえば!戦っている最中に、金色の光が…」
「金色…?」
ヤトがきょとんとした表情を浮かべ、手を止めた。私は頷きながら話を続けようとしたが、焔が冷静に割って入る。
「凪」
「はい?」
じっと私を見つめる彼の瞳は、何かを語り掛けているようだった。言葉にしなくても、私はその意図を理解した。
―その話は、今は伏せておけ。
…きっと、そう言いたいのだろう。私は彼の声にならない言葉を汲み取って黙る。
「ヤト。気にせず続けてくれ」
「え?う、うん……ぴやああぁぁぁぁ…」
ヤトは一瞬困惑しながらも、再びパソコンに文字を打ち込む。その様子を見ながら、私は小声で焔に尋ねた。
「どうしてですか?焔さん」
「いや…不確かな情報を書いて幹部に詮索されると面倒なんでな。報告前に、少し情報を整理したい」
確かに、報告しようにもあの金色の光が何なのか、結局わかってないしなあ…。
私は納得して、ゆっくりと頷く。
すると、不意に花丸が息を切らしながら中庭へ駈け込んできた。
「財前さんが呼んでる。来て欲しいって!」
「財前さんの和室にですか?」
花丸は首を横に振り、こう答えた。
「ううん。組長さんの和室だよ」
「…きたか」
焔は小さく呟く。その瞳には鋭い光が宿っていた。