突如大広間に姿を現したSPT幹部の丹後と江藤。丹後が視界に入った瞬間、背筋が凍る思いがした。理由はわからないけど、丹後は私のおばあちゃんを、そして私のことも心の底から憎んでいる。
不安げに丹後を見ると、ふと目が合い、容赦ない憎悪が瞳に宿る。私は思わず息を止め、ぎゅっと歯を食いしばって目を逸らした。やはりこの人は、私を深く憎んでいる。おばあちゃんに対する恨みも含めて、すべて私に向けているのだ。
そう思った矢先、丹後は江藤に耳打ちをして大広間から去って行った。ミレニアの残党を捕らえるつもりなのだろうか。
もうひとりの幹部である江藤は、丹後の背中を見送りつつ、すぐに大広間へと向き直り、状況を見極めるかのように冷静な眼差しを向ける。特徴的な赤毛の少年。確か私と同じくらいの年齢だったはず。以前、焔が、江藤は最年少で幹部になったと話していた。
焔も、そして私も、SPTの幹部が二人も来たことに驚きを隠せなかった。というのも、私たちには大きな懸念があったからだ。それは、SPT幹部の中にミレニアのスパイがいるということ。つまり、応援に来た丹後や江藤がスパイである可能性もあるのだ。
「どういうことだ?なぜここに?」
すかさず焔が尋ねる。私たちが横浜に来たのは、長官直々に指示された任務のため。他の幹部は知らなかったはず。その点に大きな疑問を抱いている様子だ。
「どうしてって…。応援を呼んだのはそっちだろ。ただ、こんなに負傷者が多いなんて…。救急セットも持ってきたけどこれじゃあ全然足りないや」
そう言いながら、江藤は背負っていたバックパックを床に下ろす。どうやら、これに「救急セット」が入っているらしい。江藤は救急セットを開けながら焔に応じる。
「長官の指示か?」
「指示というか…。長官と幹部で会議してたら焔から応援の要請が来てるって、長官の秘書が血相変えて来たんだよ。それで俺と丹後の部隊が急いで来たわけ」
江藤は花丸を見ながら話を続ける。
「例の花丸さん、さっき無事見つけたんだけど『紅牙組に戻る』って聞かなかったから連れて来た。研修医なんだってね。それにしても、その子と一緒に横浜にいたなんて、ビックリしたよ。幹部に知らされてないってことは極秘任務?」
江藤は私を見ながらそう焔に尋ねるが、彼は口を閉ざし、江藤の心を探るように、鋭い視線を向けている。彼の言動に不審な点がないか、見極めようとしているのだろう。
「…さっきからなんだよ、その目つき…」
「いや、失礼。目つきの悪さは生まれつきだ。来てくれて助か―」
そう言いながら、焔は花丸をじっと見つめる。花丸は江藤の元へ駆け寄ると、救急セットの中を開け、医療用品の確認をしていた。その後、花丸は大広間の怪我人を改めて見渡し、ポケットから紙とペンを取り出すと何かを書き込み、傍にいる紅牙組の男に手渡す。
「これ、急いで持って来てください!今必要な物です!」
ところが、男は差し出された紙を見て、訝し気な表情を浮かべる。
「…何だこれ…新聞紙にラップ?日用品ぱっかじゃねえか」
この若い男も相当気を張り詰めていたのだろう。紙を握りつぶして乱暴に床に投げつけると、物凄い勢いで花丸の胸ぐらを掴み、怒号を浴びせる。
「こんな時にふざけてんじゃねえぞ!今、こんなもん用意してる場合じゃねえんだよ!」
だが、花丸は胸ぐらを掴まれたまま、男の拳を包むように両手で握り、叫んだ。
「し、新聞紙は保温と骨折の固定に、ラップは包帯の代用品になります!他に書かれている他の日用品も全部、今必要な物なんです!!」
男は目を見開く。だが、それでも納得しない様子だ。
「…血を止めて傷を塞ぐならタオルとか布の方がいいだろ!」
「た、タオルは共有のものだから、傷口に使うと感染のリスクがあるんです。まずは傷を無菌状態に近いラップで覆って、その上から巻かないと!」
花丸の意見に男は驚いた様子。だが、花丸の言葉を信用していないのだろう。胸ぐらを掴んだまま、こう吐き捨てる。
「ただのマジシャン被れが…。医者みてえなこと言ってんじゃねえ!」
「僕は医者です!!」
場が一斉に黙り、皆が花丸を見る。
「あ、いや。まだ研修医だけど…。本当はそうなんです。こんな僕だけど、今は役に立てます!お願いします!必要な物を、持って来てください」
そう言って花丸は男の手を払いのけ、深々と頭を下げる。だが、すぐに顔を上げ、こう伝える。
「あ!あと、使っていないゴム手袋とお湯も!なるべくたくさんお願いします!紙に書き忘れてました!すみません!」
畳みかけるような花丸の指示に圧倒され、呆然とする男。すると財前が鋭く喝を入れる。
「…ボサっとすんじゃねえ!さっさと取りに行ってこい!」
財前の豪快な号令を合図に、若い男は床に放り投げた紙を拾い、大広間から走り去る。
一方、花丸は間髪入れずに、怪我人のところを駆け寄る。だが、なぜか医療道具らしきものは持っていない。彼が手にしているのは、たった一本のペンだった。