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第53話 焦燥

 私と焔、財前が大広間に到着すると、すでに大勢の組員たちでごった返していた。その場にいるのは頭や肩、腕など、あらゆる場所から血を流し、横たわる男たち。血を流していない者もいるが、骨折をしているのか腕や足を抑えながら苦しそうな表情をしている者もいる。


「…財前さん!大広間が襲われて、救護班がやられちまった」


 財前は舌打ちをし、報告をしてきた目の前の男を見据え、こう告げた。


「…大急いでヤブ医者のところに行け!何度も電話してるってぇのに出やしねえ。叩き起こしてでも連れて来い!」

「はい!」


 財前の指示を受けて駆け出す男。どうやら医者を呼びに行ったようだ。


 って、ちょっと待って…!


「財前さん!救急車を呼べば…!」


 私は思わず声を張り上げた。だが、財前はそんな私を一瞥すると顔を伏せながらこう答えた。


「…救急車は呼ばねえ」

「なんで!?こんなに大勢怪我してるのに!」

「前にも話しただろ。俺たちの世界はな、そんな単純じゃねえんだ。救急車なんて呼んだら、襲撃のことが他の組にバレちまう!」


 それでも、財前も歯がゆい思いなのだろう。頭を掻き、やるせない表情だ。


「馴染みの医者を今舎弟が呼びに行った。あと一時間もすりゃあ来る!」


 言いながら財前は目の前に横たわる別の若い男を抱きかかえる。この人は肩から血を流している。


「おい!誰か!倉庫に行って包帯と消毒液をありったけ持って来い!急げ!」


 財前の号令を受けて数人が大広間から飛び出して行く。財前は一瞬苦痛に顔を歪ませながらも、怪我をしてうなだれている若い男を支え、ゆっくりと床へ寝かせる。


「もうちょっとだ。頑張れ!」


 素人の私でもわかる。この人も辛そうだけど、財前も酷い怪我だ。だけど…。私は周囲を見渡す。看病できそうな人より、圧倒的に怪我人の方が多い。こんな状況なのに救急車を呼べないなんて…。


「凪、ヤトをここに寝かせてくれ」


 上着を脱ぎ、床に敷きながら焔が言う。私は頷きながら慌ててヤトに触れるが、次の瞬間一気に青ざめる。さっきよりもずっと、ヤトの体が冷たくなっていたのだ。


「…ヤト!?」


 私は急いでヤトを寝かせ、胸に耳を当てる。鼓動は聞こえるがとても弱々しい。焦る私を見て状況を察したのか、焔がヤトに触れる。


「ヤト!」


 雨で体が冷えてしまったのだろうか。こんな時、一体どうすれば…。

 すると、組員たちが血相を変えて大広間にやってくる。


「財前さん!倉庫がミレニアに燃やされちまった…!包帯も、消毒液も、何もねえ!」


 その声を聞いて、財前はうなだれる。


「くそ…!今ある道具でなんとかするしかねえ!とにかく、怪我人を寝かせろ!それに布だ!台所と浴室から、ありったけ布を持って来い!バスタオルでもなんでもいい!」


 慌ただしく人が行き来する大広間の光景を見つめながら、私は強い不安に襲われていた。医者が到着するまであと一時間。大勢の怪我人、そして重傷のヤト…。

 本当に、みんなを助けられるんだろうか。焔は、声をかけながらヤトを撫で続けている。私もそっと手を伸ばし、優しく撫でる。ヤトの冷たさが手から伝わるたび、堪えられない悲しみが容赦なく胸を突いてくる。


 ヤト、ヤト…。

 私は心で呟きながら、必死で祈るしかなかった。


 すると、大広間の外の廊下からドタドタと大きな音が聞こえてきた。誰かが来る。大広間にいる数人の組員たちが入口を見据えて身構える。が、息を切らしてその場に現れたのはミレニアの追手ではなく、あの花丸だった。


「花丸さん!?」


 私が声を上げると、焔や財前、他の紅牙組の男たちが一斉に花丸を見つめる。

 一方、花丸は大広間を見渡し、唇をギュッと噛みしめる。その瞳は、決意めいた強さを感じさせた。そして、そんな花丸の後方からSPTの制服に身を包んだ隊員たちが続々と大広間に入ってくる。


 応援が来た…。ようやく…。


 だが、安心したのも束の間、隊員たちの背後にいる男たちを見て私はギョッとした。そこに立っていたのは、焔と同じSPT幹部、丹後志門と江藤律だった。

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