「はじめまして。花丸耕太です」
そう言ってペコリと頭を下げる花丸は、あどけない笑顔で好青年らしい穏やかな雰囲気を纏っていた。
だが、私は少し不思議だった。焔の話によると、花丸はこっちの世界に来た時、ダムにいた。自らの命を絶つために。だから、突然のこの状況に困り果てているだろうし、落ち込んでいると思ったのだが、想像以上に元気そうに見えたのだ。
私と焔、ヤトは自己紹介を済ませ、SPTのことや諸々の事情を花丸に説明した。花丸は驚いた様子を見せたものの、案外すんなりと現状を受け入れていた。
「ところで、どうして紅牙組に?」
ひと通りの説明が終わったところで、焔が花丸に尋ねる。
「いやあ、実は恥ずかしい話なんだけど…」
花丸が照れくさそうに頭を手でかきながら語り出す。
「あの時、気付いたらこの街にいたんだけど、財布を落としちゃったみたいで。だけど、どんどんお腹が空いて、我慢できなったもんだから、餃子屋に入ったんだ」
「それで?」
「入ってたらふく食べたまでは良かったけど、お金がないだろ?だから『いつか絶対払います!』って心の中で誓って店を出て」
「コラ!」
ヤトが即座にツッコミを入れる。
「つまり、食い逃げしちゃったんですね」
私が改めて言い直すと、花丸はそうそうっと頷いた。
「そしたらお店の人に追いかけられちゃって。『食い逃げだー!』って」
「それは…。まあそうなるだろうな」
「声を聞いた道端にいた人たちが一斉に僕を掴んできて、本当に怖かったよ」
よく見ると、花丸の顔や首筋がうっすら赤くなっていた。きっと掴まれた時に傷を負ったのだろう。
「その時、助けてくれたんだ。偶然通りかかった財前さんが」
「助けてくれただと?」
「うん。僕の代わりにお金を払ってくれて。千五百円の餃子定食だったんだけど、五万円くらい出してた。詫び代だって言って」
そう聞いて、焔は少し考え込む。どうやら、花丸の説明が腑に落ちない様子だ。
「いやに親切だな」
「僕もびっくりしたよ。お礼を言っていつかお返ししますって言ったんだけど、財前さんは『気にするな』って」
私と焔とヤトは顔を見合わせていた。ちょっとスケベなだけで、意外と財前はいい人なのか…?
「その時、組員の人たちが財前さんのことを『若頭』って呼んでて、そっちの世界の人なんだって思ったんだ。財前さんはそのまま立ち去ろうとしたんだけど、僕なんていうか。その時の財前さんの優しさにグッときちゃって」
「ほう」
「掃除洗濯、雑用、何でもします!あなたのところに居させてください!って頼み込んだんだ!」
「えええええ!」
私は思わず声を上げた。この人、自分から紅牙組に入ったのか。
「そんなのおかしい!」
ここでヤトが声を上げる。
「どうして?」
「だって、紅牙組は見ての通りみんなゴツイ男ばっかりだ!この花丸はどっちかっていうとヒョロヒョロしてるし、全然強そうじゃないもん!きっと何か裏があるハズだ!」
ヤトは決して褒めてないのだが、花丸は天然なのか、照れくさそうに笑っている。確かに、紅牙組の男たちとこの花丸ではなんというか、合致する点が見当たらない。
「実は、僕も聞かれたんだ。財前さんから『お前、何ができる?』って」
「できること?なんて答えたんですか?」
私が尋ねると、花丸は胸を張り、自信満々の笑みを浮かべる。
「そこで僕がやったのはこれさ!」
花丸は懐からトランプケースを取り出し、トランプをシャッフルする。その後、トランプを両手で目いっぱい広げ、私に差し出した。
「好きなカードを1枚引いてみて」
「え?いいんですか?」
頷く花丸。私は迷った挙句、真ん中のカードを1枚抜き取る。
「そのカード、何なのか覚えておいて」
私はカードをめくり、焔とヤトとともにカードを確認する。
『ダイヤの7』だ。
「じゃあ、この束に戻して」
言われるがまま、私はカードを戻す。花丸が意味深な表情を浮かべながらカードを再びシャッフルし、再び束の中から一枚のカードを抜き取る。そして、そのカードを私たちに示した。
「あなたが引いたカードは、これですね!」
花丸がそう言って示したカードは『ダイヤの7』だった。
「凄い!当たりです!」
思わず拍手をする私。花丸も誇らしげに笑っている。
「花丸さんってマジック得意なんですね!どうやったんですか!?」
そう言ってキャッキャッとはしゃぐ私。だが、5秒ほど後に焔とヤトを見ると、ポカンとした表情を浮かべていた。
「え?凄くないですか?今の?」
焔は少し考え、こう花丸に尋ねる。
「それで、それを見た財前はなんて?」
「ひと言『見込みがある』って!目を丸くしてすっごく驚いてたよ!このマジック、患者さん…。人前ですると喜んでもらえるから、僕いつも持ち歩いてたんだ」
余程嬉しかったのだろう。花丸は完全に財前に心酔している様子だった。少し間を置いて、焔は冷静な眼差しを花丸に向けた。