二メートルはあるだろうか。重厚感のある木製の扉が目の前に佇んでいる。
私が
玄関先の靴箱には五十を超える下駄が綺麗に並べられており、壁には色あせた絵画と「喧嘩上等」と書かれた掛け軸、棚の上には派手な壺や彫刻も置かれている。
「誰もいませんね」
カチカチと、大きな壁時計の秒針が玄関に響く。靴箱を見る限り、相当な人数がここにいるはず。それにしては、嫌に静かすぎる。
焔も不審に思っているのだろう。周囲を鋭い目つきで何かを探るように見つめている。
そしてこの後、私たちの予感は的中することになる。
次の瞬間、バンッと玄関の奥の扉が開き、複数の和服を着た屈強な男たちが私たちを取り囲む。突然の衝撃展開に、私は気づくと焔の腕を掴んでいた。男たちは刀を抜き、私たちへと向ける。焔は男たちを睨みながら、震える私を左手でグイッと引き寄せた。
「一応、呼び鈴は鳴らしたんだがな。出なかったのでお邪魔させてもらった」
だが、男たちはこの言葉が嘘だと思ったようだ。
「舐めた真似しやがって。どこの組のもんだ?てめえら」
今にも切りかかってきそうな雰囲気に、私はずっと心の中で悲鳴を上げていた。
「私は東京から来たSPTの者だ。花丸耕太という男を探している。ここにいるはずだ。代表者と会わせろ」
すると、男たちをかき分けて、とりわけ派手な格好の黒髪の男が姿を現した。焔と同じ歳くらいだろうか。他の男たちと同じく和服を着ているが、この男はネックレスやブレスレット、指輪など、派手な装飾品を身に着けている。男は鋭い眼光をぎらつかせながら、挑戦的な笑みを浮かべていた。
「SPTだとぉ?SPTっていやあ、あのミレニア討伐の特殊部隊じゃねえか。そんな連中が人探しとは、信じられねえなあ」
「ざ、財前さん!」
取り囲んでいた男たちが、派手な男をそう呼ぶ。
財前…?どうやら、この男は財前というらしい。もしかしたらこの人が代表者…?
財前は私たちに近づき、見比べるように顔色をまじまじと見る。
う…。この人、お酒くさい…!
酔っぱらっているのだろうか?良く見ると、財前の顔は少し赤みを帯びており、その足取りはどこかふらついて見えた。
「SPTねえ。だが、SPTを騙って来た別の組の奴らかもしれねえ。本当なら、証拠を見せてみやがれってんだ」
焔は仕方がない、という感じでSPTの身分証を見せる。が、財前は見もせず、身分証を掴んでポイっと投げる。取り囲んでいた男たちが一斉に笑い出す。
「こんなもん、いくらでも偽造できる」
感じ悪っ!
私は思わず、そう心で呟いた。
すると、財前は焔から私に視線を移し、鼻で笑いながらこう言った。
「それに、SPTがガキを連れて歩くなんて、どう考えても変だしな」
「彼女は、れっきとしたSPTの隊員だ」
「隊員?」
焔の言葉に、場がざわつき、私に視線が集まる。だが、財前は大声で高笑いをしていた。
「こんなガキが!?どう見ても、中学生くれぇのちんちくりんじゃねえか!」
「ちが…!高校生です!」
私はつい、声に出してしまった。すると財前は一気に真顔になる。
…もしかして今、私何か変なこと言った…?
「高校生だと?高校生がSPTになれるなんて聞いたこともねえ。やっぱりてめえら、怪しいな」
財前は自らの腰に手を伸ばす。良く見ると、腰には刀が差し込まれていた。
し、しまった…。焔さん、ごめんなさい…。
心の中で必死に謝る私を尻目に、焔は冷静な表情をまったく崩さない。
「彼女は特例だ。とにかく、さっさと花丸耕太に会わせろ。用が済んだら帰る」
「ほおぉ~」
財前は焔の顔面スレスレに近づいて、ガンを飛ばす。
こ、怖すぎる。距離近いし…。
「紅牙組の若頭、財前を前にして堂々たるこの態度。なかなか肝が据わってるじゃねえか。お前、マジでSPTなのか」
「だからそう言っている」
「ふううん。じゃあこのガキもマジモンのSPT?」
財前がふらつきながら私に向き直る。嫌な予感がした私は瞬時に目を逸らし、焔の袖を掴む。
ううう、こっち見ないで…。
だが、そんな私の願いはあっさりと打ち砕かれてしまう。財前は軽くしゃがみ込み、右手で顎を抑えながら私の顔をまじまじと見始めた。
「このちんちくりんがねえ……」
そう呟くと、財前は唐突に私の胸の膨らみに手を伸ばす。
まさか……触る気!?
「ちょっ…!」
―今、私の懐には――!
そう思ったが、時すでに遅し。次の瞬間、懐からバサッとヤトが勢いよく飛び出す。突然のことで驚いたのか、財前は思わず仰け反った。
「な、なんだあ!?」
財前が言い終わる前に、ヤトは鋭い足の爪で財前に襲い掛かっていた。見たらすぐわかる。ヤトは、明らかにブチ切れていた。
「今、凪の胸を触ろうとしたな!この変態ヤロオォー!」
「ヤト!」
大声で叫ぶ私。が、声はまったく響かなかった。予想外のヤトの登場で、場はあっという間に大騒ぎになったのだ。
「カ、カラスが喋った!?」
「なんだなんだ!?どういうことだ!」
「わーわー、ギャーギャー」
紅牙組のあまりの騒ぎっぷりに私は呆然とする。ふと横を見ると、焔が深いため息をつきながら頭を抱えていた。