寝室に飛んできたヤトは、翼いっぱいに何やら白い物体を抱えている。
「ねえねえ、これ見て!二人にあげようと思って作ったんだよ」
「え?なになに?」
「なんだ?」
同時に聞く私と焔。ヤトは自信満々に嬉しそうな笑みを浮かべ、くちばしで白い布を摘んで広げた。直径一メートルほどの白い布が二枚。それぞれ、習字のような黒い筆の文字でこう書かれていた。
――HANTO――
「はんと?」
私はアルファベットの通り、そのまま読む。
「そう!これ、俺たちのチーム名だよ!俺と焔と凪の!」
「チーム名?」
「俺たちの名前、イニシャルから取ったんだ!焔は『H』でしょ、凪は『A』と『N』、俺は『T』と『O』!ね?『HANTO』になる!格好いいだろ」
「ほんとだ!ちょうどいい感じに『HANTO』になるね」
「それにさ、スペルは違うけど、ハントって狩るとか、追跡するっていう意味があるんだろ!?チーム名にピッタリじゃん。俺たちが、ミレニアを追い詰めるんだ!」
ぴょんっと一回大きく跳ねて、ドヤ顔で宣言するヤト。改めて黒文字で書かれた「HANTO」を見ると、ところどころ文字の線が揺れている。きっと筆をくちばしに加えながら、一生懸命書いてくれたんだ。
そう思うとなんだか嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。焔も、ヤトが作った旗が気に入った様子だ。
「せっかくだから、鞘に着けておくか」
「え!?本当!?」
「ああ」
嬉しそうに焔の周りを飛ぶヤト。彼は別部屋から刀を持ってきて、早速鞘に着ける。これが意外と様になって、格好いい。
「焔さん、刀使うんですか?」
「任務の時はな。刀の方が人狼の力を使いやすいんだ」
「へええ」
「そっか。凪はまだ焔が戦うところ、見たことなかったね」
「うん」
「めちゃくちゃ格好いいんだから!だってSPT一番の剣士だもん」
「へえええ!!」
私は驚きとともに納得した。焔とは前に稽古と称して木刀で一戦を交えたことがある。あの時の堂々たる構えもそうだけど、隙が全く無かったし、得体の知れない凄みを感じた。木刀で、手加減してあんなに凄いなら、刀を握ったらとんでもないことになりそう…。
そう思いながら、私はジーっと焔を見つめていた。すると、視線に気づいたのか彼はこう尋ねてきた。
「なんだ?欲しいのか?刀が」
「え!?いや、そういう意味では…」
「ちょっと待ってろ」
そう言って焔は寝室から出て行った。五分後、彼は鞘に入った刀を私に差し出した。
「古いものだが、良かったら」
「あ!これ、焔が初任給で買ったヤツ!」
「これって…」
「私が持っているもので、これが一番軽くて使いやすいんだ。君なら扱えるだろう」
そう言って刀を私に差し出す。
「いいんですか?」
「まあ、護身用だと思って。竹刀と一緒に持っておくといい」
「ありがとうございます!お借りします」
私は両手で焔から刀を受け取った。彼は「軽い」といっていたけど、じんわりとした重みが両手からしっかりと伝わる。私はヤトがくれた「HANTO」 の旗を鞘にギュッと結びつけた。
焔から借りた刀と、ヤトが作ってくれた旗。この二つが、これから先の自分を守ってくれるような、そんな気持ちになる。
これから初任務、しっかり頑張らないと。
そんな決意を胸に、私はカーテン越しに差し込む光をキッとした眼差しで見つめた。まだ、寝間着姿なのがちょっとダサいけど…。
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午前十一時過ぎ、私と焔、ヤトは横浜の南東部にある街にいた。薄曇りの空の下、アスファルトの道は湿気を含み、少し重たく感じられる。通りはスーツ姿の人や年配の人たちが行き交い、道沿いに並ぶ古びた商店や居酒屋の暖簾は風に揺れ、少し油っぽい香りを漂わせていた。
SPTの制服に身を包んだ私は、刀やら荷物やらを目立たないように(それでも大荷物だけど)抱えながら焔について歩いていた。ヤトは電柱を飛び移りながら私たちについてきている。
キョロキョロしながら歩くと、商店や居酒屋の間からは路地裏へ続く小道がちらりと見える。なんとなく、奥にはさらに薄暗い空気が漂っているように思えた。
道の周辺には、少し錆びついた自転車が無造作に停められ、路上にはちらほらとタバコの吸い殻が散らばっている。
焔は商店と居酒屋の間へ入り、真っすぐ進んでいく。曇っているとはいえ、不思議と周囲が一層暗く感じる。どこか物悲しい雰囲気が漂う道を、私たちは歩き続けた。
十分後、焔はピタリと足を止め、こう呟いた。
「SPTの報告によると、例の花丸はこの辺りで目撃されているのだが…」
私は目の前を見て、思わず息を呑んだ。路地裏を抜けた先には、江戸時代を思わせる古風な屋敷がそびえ立っていたのだ。
私はゆっくりと歩み寄り、入口の門にかけられている木の表札をまじまじと見る。そこには筆文字でこう記されていた。
――紅牙組――
気づくと、通りには人気が全くなく、風の音だけが周囲に響いていた。それを見計らってか、ヤトが私の肩に颯爽と飛び乗る。
「この辺に花丸ってヤツがいるの?」
「この辺というか、恐らくこの中だ」
私はギョッとした。この屋敷の感じ。よくドラマとかで見るヤツだ。
「あの、ここはもしかして…」
「俗にいう、ヤクザってヤツだ」
思わずヒィィッと私は顔を強張らせる。
「…よりにもよって
「有名なんですか?」
「血の気の多さでは関東随一だ」
初任務から波乱の予感…。花丸って人、よりにもよってなんでこんな怖そうなところにいるんだ…。
「まあ心配するな。別にやり合うつもりで来たわけじゃない」
「はあ」
力なく答える私。本当に大丈夫かな。花丸さん、もしかして紅牙組の人に捕まって、人身売買されようとしてるんじゃ…。そんな嫌な予感が頭をよぎってしまう。
「凪、ヤトを隠してくれ」
「あ、はい!」
私は懐を開けてヤトを隠す。焔は紅牙組の門の横にある呼び鈴のボタンを押す。が、応答がない。再び押しても、それは変わらなかった。
「妙だな」
そう言うと、焔はスタスタと門の中へ足を踏み入れる。
「ちょっちょっと!待ってください!」
怖いものがないのか、この人は…!?
戸惑いながら、私は小走りで彼についていった。