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第26話 旗印

 寝室に飛んできたヤトは、翼いっぱいに何やら白い物体を抱えている。


「ねえねえ、これ見て!二人にあげようと思って作ったんだよ」

「え?なになに?」

「なんだ?」


 同時に聞く私と焔。ヤトは自信満々に嬉しそうな笑みを浮かべ、くちばしで白い布を摘んで広げた。直径一メートルほどの白い布が二枚。それぞれ、習字のような黒い筆の文字でこう書かれていた。


――HANTO――


「はんと?」


 私はアルファベットの通り、そのまま読む。


「そう!これ、俺たちのチーム名だよ!俺と焔と凪の!」

「チーム名?」

「俺たちの名前、イニシャルから取ったんだ!焔は『H』でしょ、凪は『A』と『N』、俺は『T』と『O』!ね?『HANTO』になる!格好いいだろ」

「ほんとだ!ちょうどいい感じに『HANTO』になるね」

「それにさ、スペルは違うけど、ハントって狩るとか、追跡するっていう意味があるんだろ!?チーム名にピッタリじゃん。俺たちが、ミレニアを追い詰めるんだ!」


 ぴょんっと一回大きく跳ねて、ドヤ顔で宣言するヤト。改めて黒文字で書かれた「HANTO」を見ると、ところどころ文字の線が揺れている。きっと筆をくちばしに加えながら、一生懸命書いてくれたんだ。

 そう思うとなんだか嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。焔も、ヤトが作った旗が気に入った様子だ。


「せっかくだから、鞘に着けておくか」

「え!?本当!?」

「ああ」


 嬉しそうに焔の周りを飛ぶヤト。彼は別部屋から刀を持ってきて、早速鞘に着ける。これが意外と様になって、格好いい。


「焔さん、刀使うんですか?」

「任務の時はな。刀の方が人狼の力を使いやすいんだ」

「へええ」

「そっか。凪はまだ焔が戦うところ、見たことなかったね」

「うん」

「めちゃくちゃ格好いいんだから!だってSPT一番の剣士だもん」

「へえええ!!」


 私は驚きとともに納得した。焔とは前に稽古と称して木刀で一戦を交えたことがある。あの時の堂々たる構えもそうだけど、隙が全く無かったし、得体の知れない凄みを感じた。木刀で、手加減してあんなに凄いなら、刀を握ったらとんでもないことになりそう…。

 そう思いながら、私はジーっと焔を見つめていた。すると、視線に気づいたのか彼はこう尋ねてきた。


「なんだ?欲しいのか?刀が」

「え!?いや、そういう意味では…」

「ちょっと待ってろ」


 そう言って焔は寝室から出て行った。五分後、彼は鞘に入った刀を私に差し出した。


「古いものだが、良かったら」

「あ!これ、焔が初任給で買ったヤツ!」

「これって…」

「私が持っているもので、これが一番軽くて使いやすいんだ。君なら扱えるだろう」


 そう言って刀を私に差し出す。


「いいんですか?」

「まあ、護身用だと思って。竹刀と一緒に持っておくといい」

「ありがとうございます!お借りします」


 私は両手で焔から刀を受け取った。彼は「軽い」といっていたけど、じんわりとした重みが両手からしっかりと伝わる。私はヤトがくれた「HANTO」 の旗を鞘にギュッと結びつけた。

 焔から借りた刀と、ヤトが作ってくれた旗。この二つが、これから先の自分を守ってくれるような、そんな気持ちになる。

 これから初任務、しっかり頑張らないと。

 そんな決意を胸に、私はカーテン越しに差し込む光をキッとした眼差しで見つめた。まだ、寝間着姿なのがちょっとダサいけど…。


--------


 午前十一時過ぎ、私と焔、ヤトは横浜の南東部にある街にいた。薄曇りの空の下、アスファルトの道は湿気を含み、少し重たく感じられる。通りはスーツ姿の人や年配の人たちが行き交い、道沿いに並ぶ古びた商店や居酒屋の暖簾は風に揺れ、少し油っぽい香りを漂わせていた。

 SPTの制服に身を包んだ私は、刀やら荷物やらを目立たないように(それでも大荷物だけど)抱えながら焔について歩いていた。ヤトは電柱を飛び移りながら私たちについてきている。

 キョロキョロしながら歩くと、商店や居酒屋の間からは路地裏へ続く小道がちらりと見える。なんとなく、奥にはさらに薄暗い空気が漂っているように思えた。

 道の周辺には、少し錆びついた自転車が無造作に停められ、路上にはちらほらとタバコの吸い殻が散らばっている。

 焔は商店と居酒屋の間へ入り、真っすぐ進んでいく。曇っているとはいえ、不思議と周囲が一層暗く感じる。どこか物悲しい雰囲気が漂う道を、私たちは歩き続けた。

 十分後、焔はピタリと足を止め、こう呟いた。


「SPTの報告によると、例の花丸はこの辺りで目撃されているのだが…」


 私は目の前を見て、思わず息を呑んだ。路地裏を抜けた先には、江戸時代を思わせる古風な屋敷がそびえ立っていたのだ。

 私はゆっくりと歩み寄り、入口の門にかけられている木の表札をまじまじと見る。そこには筆文字でこう記されていた。


――紅牙組――


 気づくと、通りには人気が全くなく、風の音だけが周囲に響いていた。それを見計らってか、ヤトが私の肩に颯爽と飛び乗る。


「この辺に花丸ってヤツがいるの?」

「この辺というか、恐らくこの中だ」


 私はギョッとした。この屋敷の感じ。よくドラマとかで見るヤツだ。


「あの、ここはもしかして…」

「俗にいう、ヤクザってヤツだ」


 思わずヒィィッと私は顔を強張らせる。


「…よりにもよって紅牙組こうがぐみか。花丸耕太も、厄介なところに世話になっているものだ」

「有名なんですか?」

「血の気の多さでは関東随一だ」


 初任務から波乱の予感…。花丸って人、よりにもよってなんでこんな怖そうなところにいるんだ…。


「まあ心配するな。別にやり合うつもりで来たわけじゃない」

「はあ」


 力なく答える私。本当に大丈夫かな。花丸さん、もしかして紅牙組の人に捕まって、人身売買されようとしてるんじゃ…。そんな嫌な予感が頭をよぎってしまう。


「凪、ヤトを隠してくれ」

「あ、はい!」


 私は懐を開けてヤトを隠す。焔は紅牙組の門の横にある呼び鈴のボタンを押す。が、応答がない。再び押しても、それは変わらなかった。


「妙だな」


 そう言うと、焔はスタスタと門の中へ足を踏み入れる。


「ちょっちょっと!待ってください!」


 怖いものがないのか、この人は…!?

 戸惑いながら、私は小走りで彼についていった。


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