翌朝の八時四十五分。
私と焔、カラスのヤトはSPT本部の大広間にいた。広々とした空間の奥にはステージがある。きっとSPTの人たちは、ここで長官からの指示を受けたりするんだろうなと、なんとなく思った。
今日は、運命の決闘の日。
決闘の結果次第で、SPTに入隊できるかどうかが決まる。もし負けたら、どこかにひっそりと匿われることになるだろう。そうなれば、この世界でかつて生きていた、おばあちゃんのことは何ひとつ知ることはできない。だから、今日は何があっても絶対に勝つ。私は決意を込めて、持っている竹刀をギュッと握りしめた。会場には、すでに大勢のSPTの人たちが顔を揃えていた。そして、そこには昨日も顔を合わせた、例の幹部たちの姿もあった。
眼鏡をかけた優男風の天宮昂生。
髪が長く、綺麗な顔立ちの瓜生蓮華。
最年少で赤毛の江藤律。
そして、短髪で頬に傷のある丹後志門。
焔によると、この四人のうち誰かがミレニアのスパイということだけど…。
「気を散らすな」
私はギクッとして隣に立っている焔を見る。彼は冷静にこう続けた。
「誰がスパイでも、今日手を出してくることはまずない。君はただ、上木に勝つことだけを考えればいい」
その言葉に、私は力強く頷く。
「はい」
「凪!俺も応援してるよ!実はね、今日は凪にプレゼントがあるんだ」
そういうと、カラスのヤトは嬉しそうに羽の中から赤いブレスレットを器用に差し出した。
「知ってた?赤は勝利の色なんだよ!だからコレ。俺の宝物、凪にあげる」
「本当にいいの?」
ヤトは「もちろん」と言いたげに羽を大きくバサバサと動かす。私は微笑んで、受け取ったブレスレットを早速左手首にそっと巻き付ける。濃くて深みのある赤色。不思議と、気持ちが少し軽くなった気がした。
「ありがとう、ヤト。頑張るからね」
ヤトは嬉しそうにガァと鳴いてみせた。突如、その場にいた一同の視線が一斉に大広間の入口に向けられる。
そこにいたのは、恐らくひとりの女性だった。「恐らく」というのは、一瞬女性かどうか判断がつかなかったからだ。その人物は、黒装束で狐のお面を被り、顔を完全に隠していた。
「あれが上木だよ」
そうヤトが低い声で呟く。
「顔が見えないから何考えてるかわからないんだ。声も聞いたことがない。俺、苦手」
私は歩く上木を目で追う。一瞬、上木もこちらを見たような気がした。私は軽く会釈をするが、上木は無反応のまま、颯爽と幹部である瓜生の元へ向かう。そういえば、上木は瓜生の腹心の部下だと焔が言っていたっけ。上木は瓜生と何やら話をしているようだが、まったく聞き取れない。一分ほど過ぎた後、上木は静かに踵を返し、こちらに向き直った。
「いよいよだ」
焔が冷静に告げる。
「準備はいいか?凪」
「はい!」
私は力強く応える。すると、長官が前方のスペースに来るよう、私と上木に向かってジェスチャーを送る。
「では、これより、幸村凪さんのSPT入隊に際し、その適性を判断するための審査を行う。相手を戦闘不能にするか、降参させるまで続けること。審査の目的は、単に技術の優劣を競うだけでなく、精神力や瞬時の判断力を見極めることにある。試合途中で負傷した場合も、続行可能であれば続けて良い。ただし、続行が難しいと判断した場合はそこで終了とする。私が右手を挙げたら、その場で試合をやめること」
私は一礼をし、頭を上げる。すると、上木はすでに竹刀を構えていた。私はゆっくりと大きく息を吸う。息を吸い切ったところで、長官の大きな声が響いた。
「はじめ!」