「それで?スパイは誰なの、焔!?わかったの!?」
急かすようにヤトが首をグイっと突き出す。焔は再び紅茶を口にしながら私にこう尋ねた。
「あの時、誰がどんな提案をしたのか、覚えているか?」
私は少し考えて、口を開く。確かあの時は…。
「
私は口をつぐんだ。丹後が刑務所で私を匿うべきだと唐突に言い出した時、本当に胸が苦しくなった。
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「…幸村藍子の孫に、最もふさわしい場所だ」
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あの時の丹後の言葉、怖かった。人から恨まれるというのはこういう感じなんだと、肌で感じた。おばあちゃんは一体何をしたんだろう。丹後との間に何か因縁があるのだろうか。
「丹後だ!」
ヤトの発言に、私は体をビクつかせた。
「スパイは丹後だよ!あいつ、凪を刑務所で護衛しようなんて突拍子もないこと言いやがってさ。さっきは中庭で凪を襲おうとしたし!絶対丹後!」
「確かに、あの提案は突拍子もなかったな。だが…」
焔は顎に手を当てて、冷静に応じる。
「あいつはまあ、良く言えば腕っぷしだけが取り柄の単細胞だ。スパイなんて巧妙な真似ができるとは思えんがな」
「でもよう、それでも怪しいじゃんか」
「確かにあの発言だけを聞くとそうだが、あいつは幹部の中でもミレニアに相当な恨みを抱いている方だ。そんな恨みの感情むき出しの丹後が、ミレニアのスパイというのは信じがたくてな」
丹後さんがミレニアを…。だが、ヤトはそんなの関係ないという感じで顔をしかめている。
「まあ、あの会議だけじゃ何とも言えない。もっとカマをかけて様子を伺えれば良かったが、丹後の提案で流れが良くない方向に変わって、つい口を出してしまった」
私とヤトが頷く。少しの間を置いて、ヤトが「ん?」と首を傾げる。
「でもよう、それじゃあどうして焔は凪をSPTに推薦したんだよ!黙って長官が手配した別荘に匿ってもらえば良かったじゃんか」
「ああ。あの会議は幹部連中の様子を観察した後、適当な言い訳をつけて長官がお開きにする予定だったんだが…」
焔がじっと私を見る。その視線に、心が揺れる。
「君は、本当はどこにも匿われたくなんてないんだろう?」
言われて思わずギクッとする。図星だった。心の奥底を見透かされているような気がして、胸がざわついた。
「あの時の君を見て、そう思った。だから、私なりに君の意思を尊重した。長官は相当驚いていたがな」
「だからあんなに大口開けて驚いてたんだ!」
ヤトが大声をあげる。私もまったく同じことを思った。脳裏に、さっきの会議で大口を開けて驚いていた長官の表情が思い浮かぶ。焔の提案が余程、予想外だったんだろう。
「それに、スパイを捕えない限り、海外で匿ったとしても君の居場所がバレてしまう可能性もある。今、君にとって最も安全な場所は、別荘でもなければ、もちろん刑務所なんかでもない。私のそばだ」
突然の話に私はついドキッとした。心臓が一瞬、跳ねたのが自分でもわかる。するとすかさず、ヤトが本当にぴょんぴょん跳ねながら訂正した。
「『俺たちの』そば!俺を忘れるな!」
「あ?ああ。そうだな。私たちのそばだ。失礼」
真剣な焔と軽快な調子のヤトのやり取りを見て、私はついクスっと笑ってしまった。そして、焔は話を続ける。
「それに、君は言ったな。『幸村藍子の解釈が人によって違うなら、その解釈を教えてほしい』と」
私は頷きながら、あの時の自分の言葉を思い出していた。
「確かに、幸村藍子の解釈は人によって違う。だが、人の解釈を聞いたところで意味がないことだ。人の解釈というのはその人物の感情に左右されるし、それが君にとっての真実とは限らないしな」
私は息を飲んだ。気づけば、焔の真剣な表情に視線が釘付けになっていた。
「私や丹後が幸村藍子をどう思っているか。そんなことは君には関係がないことだし、君の考えがそれで左右されることがあってはならない。大切な家族のことなら尚更だ。祖母のことを知りたいなら、人の解釈に左右されず、自分自身で探してみろ。SPTに入れば、きっとそれができる」
不思議と胸の奥が熱くなり、思わず視線を逸らしたくなる。だが、目を離すことができなかった。そうか…。この人が私をSPTに推薦したのは、半分私の気持ちを汲んでくれていたのか。厳しい言葉の中に優しさが滲み出ているように思えて、私は頭を下げた。
「ありがとうございます!私、やっぱりおばあちゃんのこと、ちゃんと知りたいです」
「そうか」
「SPTの審査も頑張ります。どこまでできるかわからないけど」
「さっきも言ったが、君には適性がある。勝負強いところとか、意外と頑固そうなところとかな」
「が、頑固?」
初めて言われる意外な言葉に、ついきょとんとしてしまう。でも、焔はそんな私を見てなんだか少し嬉しそうだ。
「君なら大丈夫だ。明日もきっと勝てる」
「は、はい!」
………はい?一体何の話だ?
私は首を傾げながら、目を細めた。
「か、勝つ?誰にですか?」
アッと言う表情をする焔。少しの間の後、コホンと咳払いをする。
「これは…。失礼をした。また勝手に話を進めてしまったな」
勝つ?勝つってことはまさか…。湧き上がる嫌な予感を抱きながら、私は恐る恐る焔を見つめた。