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第13話 告発

 それからしばらくして、私と焔は居間のテーブルに向かい合って座っていた。目の前には焔が淹れてくれたティーカップ。隣にいるヤトの目の前にはステンレスのボウルにドライフルーツがたっぷり入った状態で置かれている。口をモグモグとさせながら、ヤトが尋ねる。


「それで?一体何なんだよ。ややこしいことってさ」


 焔は重い口を開いた。


「さっきの会議なんだが、実は凪。君を匿う場所は、今朝の段階でほぼ決まっていたそうなんだ」

「え?」


 私は拍子抜けした。元から決まっていた?


「場所はシンガポールにある長官の別荘だ。護衛はもちろん、飛行機の手配まで長官が進めてくれていた。もちろん極秘で」


 ヤトも驚いたのだろう。椅子の上でぴょんぴょん跳ねて興奮した様子だ。


「おいおいおい!どういうことだよ?じゃあ何だったんだよ、さっきの会議はよう」

「そこなんだ」


 焔はフーっと息を吐き、私とヤトを見合って言った。


「さっきの会議は、私と長官の…。その、作戦のようなものだ。SPT幹部に潜むミレニアのスパイを炙り出すためのな」

「え!?ス、ス、ス…」

「スパイ!?ほんとに!?」


 つい声が大きくなる私とヤト。


「可能性は極めて高い」


 私は身を乗り出す。


「どういうことですか!?」

「…実は君に以前渡したスマホに、発信機を取り付けておいたんだ。万が一居場所がわからなくなった時にすぐ助けに行けるように」

「は、発信機!?発信機ってあの、犯人の居場所を追跡するのによくドラマとかで捜査官が仕掛けるヤツですか!?」

「それだ」


 言われて私は納得した。だから対の世界に来た時、焔は私の居場所がピンポイントでわかったのか。


「だが、その発信機から得られる位置情報を敵も察知していた。それで、結果的に君は急襲きゅうしゅうを受ける羽目になった」


 この発言に、ヤトが声を荒げる。


「でも、発信機って焔が勝手に凪に取り付けたんだよね?それをどうしてスパイが知ってるんだよう!おかしいじゃんか!」

「…恐らく、私がスマホを渡すところを小男が見ていて報告したか、SPT内部の何者かが私が凪に発信機をつけるであろうことを察知していたか…」


 珍しく歯切れが悪い焔。すかさずヤトが突っ込む。


「そんな曖昧な説明じゃ納得できないぞ!」


 ヤトが羽をバタつかせてプンプンしている。


「仰る通り。だが、スパイは確実に存在していて、凪の位置情報を掴んでいた。その証拠がこれだ」


 そう言って焔は懐から一枚の紙を出す。


「これが今朝、長官室の扉の下に差し込まれていたらしい」


 私はおもむろに紙を開く。そこにはパソコンで打ったであろう文字が並んでいた。その内容を見て、驚きのあまり私は口を覆った。



 ―SPT内部にミレニアの内通者あり。内通者は通信室から幸村凪の位置情報を得て、仲間に襲わせた。SPTは安全ではない。早急に幸村凪を別の場所に匿われたし―



「これって…!?」


 焔が頷きながら答える。


「何者かの告発文だ」

「一体誰が、こんな手紙を!?」


 私の問いに焔は首を傾げる。


「見当もつかない。この手紙を書いた人物は誰がスパイかもわかっているのだろう。にもかかわらず、なぜか自分の名も、スパイの名も明かしていない」

「何だよそれ?どういうことだよ?なんでなんだよ!?」

「その理由もさっぱりだ」


 私とヤトは顔を見合わせて戸惑う。だが、焔は話を続ける。


「この告発文を長官に送りつけた人物は不明だが、ここに書かれている通り、君の位置情報はSPTの通信室で確認できる。ただ、そんな重要な情報にアクセスできる人物は限られているし、確認するにはパスワードが必要だ。それを知っていたのが…」

「まさか…」

「幹部だけだ」


 私は恐る恐る頷いた。


「でもよう。通信室には隊員が大勢いるじゃん!突然幹部が入ってきたら、誰か見てるはずじゃんか」

「いや…」


 言いながら焔は目の前のティーカップを持ち、紅茶を口に含む。


「通信室の奥には死角がある。外の窓から入れば、隊員にバレずにパソコンを操作できるだろう。現に、奥にあるパソコンのそばにある小窓の鍵が壊されていたらしい。今朝、手紙を読んだ長官がすぐに確認した。誰かが外から鍵を壊して入った証拠だ。わざわざ通信室がある三階まで外壁をよじ登ってな」

「…そんなこと、本当に…?信じられない…」


 ヤトは驚きを隠せない様子だ。


「つまり、パソコンを操作して位置情報を確認できたのは幹部しかいない。それで、スパイを見つけるために幹部たちの様子を探ろうという話になり、敢えて緊急会議を開いたというわけだ。ミレニアのスパイなら、自分たちが攫いやすそうな場所を提案するはず。そう思っていたのだが…」


 事情を理解して私は深く頷くが、それと同時に余韻を感じさせる焔の言葉に、再び不安を募らせていった。



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