会議から三十分ほど後、私は食堂にいた。緊張が解けた途端、またお腹が鳴ったのだ。だから、カラスのヤトの提案で食堂に来て腹ごしらえをすることにした。とはいえ、ヤトは食堂の出入りが禁止されているので(見境なく色々食べるかららしい)、こっそり懐に入れてきた。胸の当たりが不自然に膨らんで、一見すると超巨乳だ。でも、悲しいかな実際には平らに近いんだけど。私がご飯を食べていると、懐でヤトがモゾモゾと動く。私はこっそり、ヤトに話しかける。
「…どうかした?」
「凪、今何食べてるの?」
私は口をモゴモゴしながら答える。
「トマト」
「おいしい?」
私が頷きながら懐に目を向けると、ヤトがつぶらな瞳でこっちを見つめている。ヤトもお腹空いてるんだろうなあ。私は、サラダのカットトマトをヤトにあげた。ヤトはおいしそうに頬張る。
「う、うまい。これがトマトかあ」
「初めて食べた?おいしいよね」
私は嬉しくなってクスっと笑う。周囲を見渡すと、昨日よりたくさんのSPTの人たちが食事を摂っている。今がちょうどお昼時。きっと食堂が一番混む時間だ。
「焔、遅いね」
ヤトがモゴモゴしながら私に話しかける。実は、さっき会議室を出ようとしたところ、長官が焔を呼びつけたのだ。それで、私とヤトは食堂で彼を待つことになった。しばらく経つが、焔はまだ食堂に姿を現さなかった。
「それにしても、驚いたね。まさか焔が凪をSPTに推薦するなんて」
私は頷く。本当にびっくりした。あの場はてっきり、私を匿う場所を決めるのだと思っていたのに。
「本当のところ言うと、俺嬉しいんだ!だって、凪がSPTに入ればこれから先も一緒にいられるもん。だけどさ…」
ヤトの声が、急に神妙になる。
「凪はいいの?長官の言う通り、凪は狙われてるし、危ないことに変わりないのも本当だからさ」
私は少し考え込んでしまった。確かに、冷静に考えるとそうなんだよな。でも、どこかに隠れて過ごしていたら、本当のことはずっとわからないままだ。おばあちゃんのことも。
「そういえば、さっきの会議で焔、長官に『安全な場所なんてない』って言ってたよね」
私はハッとした。そうだ。会議中、確か…。
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「身の安全が危ぶまれている限り、私も彼女は安全な場所で身を隠した方が良いと思うのだが…」
「安全な場所などない」
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こんなやり取りをしてたっけ。
「あれってどういう意味なんだろうなあ」
そうだねと言おうとした時、ふと食堂の入口を見ると焔が立っていた。中の様子を伺っている。私は思わず焔に向かって手を振った。
「焔?来た?」
「うん、今来たよ」
だが、焔は険しい表情を浮かべていた。
「待たせたな」
そう言いながら椅子を引く焔。そのまま座ろうとしていたところ、私の胸元を、目を細めてジーっと見つめて静止している。私は思わず、自分の胸元の不自然な膨らみに目を向ける。
「あ、ヤトです」
私はヤトをちょっとだけ懐から出す。ヤトも「ここにいるぜ」という風に、小さくガァと鳴く。
焔は少し目を伏せてコホンと咳払いをし、椅子に座る。
「早速だが、実は色々とややこしい状況になっている」
「ややこしい?」
私は首を傾げる。
「だが、ここはちょっと人が多いな」
周囲を見渡しながら、焔は慌ただしくこう告げる。
「昼食を食べ終わったら、家に帰ろう。詳しい話はそこで。食べ終わったら下に降りてきてくれ」
私がぎこちなく頷くと、焔は立ち上がり食堂を後にする。私はテーブルに乗ったお皿にフォークを置いた。嫌な予感がする。昨日今日と、こんなのばっかりだな…。私は深くため息をついた。