「さて、どこから話そうか。ここは君にとってパラレルワールドってことまで話したな。…どこで異変に気付いた?」
「家に帰った時です。なぜか家がコインパーキングになっていて」
「それで?」
「…動転して、親友に会いに行ったんです。でも、なぜか親友は私のことを覚えてなくて。誰?って言われて」
焔はそうか、と頷きながら手でテーブルを指す。食べながら話して良いと言いたいのだろう。私は軽く
「それがもうショックで。何かおかしい、確かめようと学校に向かったんです。私剣道部なんですけど、部員名簿を見れば本当のことがわかると思ったんです。でも…」
「名簿に、君の名前はなかった」
私は黙って頷いた。なんだか、話しているうちに悲しくなった。17年生きてきて、今まで辛いことはそれなりにあったけど、今日の起きたことの衝撃には及ばない。仕舞いには命まで狙われるし。
じわっと涙腺が緩むのを感じて、必死に堪えた。人前で泣くのは昔から好きじゃない。グッと顔を上げて、カットされたオレンジにフォークを突き刺し、豪快に口の中に放り込んだ。甘酸っぱいオレンジが口いっぱいに広がる。少し間を置いて、焔が口を開いた。
「…君の世界に存在するものは、この世界でも基本的に存在している。ただし、幸村家に関しては…」
私は恐々と顔を上げて焔を見る。
「君の家族は、全員この世界には存在しない」
言われた瞬間、心臓がドクンと鳴る。クラクラしてきた。周囲をふと見ると、周囲の人たちが一斉にこちらを見ていた。驚きのあまり、フォークを皿に落としてしまったらしい。
「あの、それは一体どういう…?」
「君の祖母の
言われて私は深く頷く。ああ、なるほどね。
そういうことか。おばあちゃんがね。
…って、えぇぇ!?
「ちょっちょっちょ…」
私は驚いてつい声を上げるが、焔はそんな私をたしなめるように落ちたフォークを手渡し、話を続ける。
「幸村藍子は、医師として働いていた。それは知っているだろう?」
それは本人から聞いたことがあった。おじいちゃんと結婚する前は医者だったと。それがまさか、こっちの世界の話だったなんて。
「ある日、彼女たちは『別世界から来た』という患者たちに出会った。その全員は口を揃えてこう証言していた。『強い閃光を浴びた後、別の自分に出会った』と」
「強い閃光…。それって、私が浴びたあの…」
「その通り。幸村藍子や研究者たちは、その閃光の謎を追い、閃光に包まれたその場所にこそ鍵があると確信した。そして、ある共通点を見つけた」
話ながら、焔はパンを手に取り、口へと運ぶ。
「…何が、あったんですか?」
「
「磁場?」
「どのスポットも共通して磁場がかなり強かったんだ。調べた結果、磁場の強さが特定のポイントに達すると並行世界を行き来できることがわかった」
「…なんだか、SFみたいな話ですね」
「それで、幸村藍子たちは特定のスポットの磁場を三六五日徹底的に調べ上げて、人工的に磁場エネルギーを集約し、並行世界を行き来できる装置を開発した」
にわかには信じがたい話が続き、私は目を丸くした。人工的に並行世界行ける装置なんて、完全に夢物語だ。私はドラえもんのタイムマシンを思い出した。あれは、並行世界じゃなくて時間を行き来する道具だけど。
「あの、本当にそんなことが…?」
「成果は実証済みだ」
「実証?」
「君の祖母、幸村藍子によって。彼女はこっちの世界から君の世界に行った、初めての人間だ」
「おばあちゃんが?」
「幸村藍子は研究チームのリーダーだった。自分で実証したかったんだろう」
私は思わず笑顔になった。
「すごい、おばあちゃん。そんなことしてたんだ」
「だが、この磁場エネルギーの発見に関連した問題も起きた」
「問題?」
「いつかは不明だが、並行世界へ行ける装置を開発する過程で、幸村藍子はこの世界のどこかに、とんでもない規模の磁場が発生している場所を突き止めた」
「…それが、何か問題なんですか?」
私は首をかしげた。
「極端に強い磁場エネルギーは、地球に大きな影響を与える。地球上の電子機器は確実に使えなくなるし、地震が増えたり、火山が噴火したり、今まで経験したことがないような寒波が来たり…」
「そ、そんなに凄いんですか?」
「なにせ、幸村藍子が発見した磁場エネルギーは千テスラを超えるとも言われている。地球で自然に発生している磁場の強度は、せいぜい二十五~六十五マイクロテスラだ。比べると、約四千万倍のエネルギーになる」
「よ…よんせん…まんばい!?」
「なんとなくイメージできるか?」
「とてつもなく大変だなってことはなんとなく…。でも、そんな大変なエネルギー、放っておいたら地球が大変なことになるんじゃ…。早く何とかしないと」
焔はゆっくりとスープをテーブルに置き、話を続ける。
「話によると、その『強力な磁場エネルギー』なるものは、厚い石板のようなものに覆われていて、とりあえず現段階では地表に大きな影響を与えることはないと見られている」
私は安堵してフーッと息を吐いたが、焔は深刻な表情を崩さない。
「だが、それとはまた別の問題が生じていてな」
──安心したのも束の間、再び私の胸に不安が広がった。