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第3話 邂逅

 銀髪男は、軽々と私を抱きかかえていた。一体いつの間に?ちょっと目を閉じただけなのに。銀髪男を見ながら、私は呆気あっけに取られていた。ふと目の前を見ると、小男も不思議そうに私たちを呆然ぼうぜんと眺めている。


「…お前は…」


 小男は銀髪男に見覚えがあるような反応をした後、再びナイフを顔の前に構えた。


 また、来る!


 私は反射的に銀髪男の服のそでをギュッと強く掴んだ。次の瞬間、小男は勢いよく駆け出す。すると、一瞬私の体が浮いた。いや、浮いたというより、ふわっと空を飛んでいる。どうやら、銀髪男が大きく地面を蹴ったようだ。銀髪男は私を抱きかかえたまま、小男の後ろにスッと着地した。


「隙あり、だな」


 小男は首をかしげながら、不気味に振り返り私たちをにらむ。そうして再び、刃物を顔の前に構える。が、その時。上空からけたたましい音とともに、黒い物体が小男に向かって急降下した。思わず怯む小男。


 あの物体は…?


 いや、物体じゃない。あれは、カラスだ!


 カラスは大きく鳴きながら、鋭い足の爪を容赦なく小男に突きつける。小男は両手をブンブン回しながらカラスを払いのけようとするが、カラスはするりと小男の攻撃をかわしている。カラスから、いくつか羽が抜け落ちていく。ゆっくりと地面に落ちる羽を見ながら、私はなんとなく、直感的に察していた。


 あのカラス、見たことがある。もしかして—。


 予感を確かめる間もなく、銀髪男は一目散に駆け出した。


 は、速い!


 目に当たる風が痛くて、私は固く目を閉じる。


 一体これは、どういうこと?何が起きてるの?


 現状が理解できないまま、私はただふるい落とされないように、銀髪男の腕にしがみつくしかなかった。


 銀髪男の腕の中で、私はある思いに駆られていた。私の家があった場所は、コインパーキングになっていた。親友のひなたも私を知らない。剣道部の名簿にも、私の名前はなかった。




 もしかして、あの時に見た閃光は車のライトだったのかな。


 もしかして、交通事故に遭ったのかもしれない。


 もしかして、今もう私は死んでいるのか?


 だから今、こんな変なことが起きているんだろうか―?


「―い、おい!大丈夫か?」


 そう声をかけられて、私はハッとした。目を開けると、男は走るのをやめていた。私は周囲を見渡す。どうやら、広い空き地に来ているようだった。


「怪我は?」


 抱きかかえられたままの状態で、私は首を振った。ホッと息を吐く男。


 少しの間、私たちは目を見合わせた。途端に抱きかかえられているこの状況が恥ずかしくなって、私は顔を隠すように手をバタバタとさせた。


 男は「ああ、そうか」という顔をして、私を地面にそっと着地させる。私は深呼吸をして、恐る恐る男にこう尋ねた。


「あの、私死んだんですか?だから今、こんな変なことになってるんでしょうか?」


 男は困ったように頭をかく。


「なんと言っていいのか…。とりあえず、死んだとかそういうことではない」


「じゃあ、一体…」


「結論から言うと、ここは君が元々いた世界線じゃない。ここはいわゆる並行世界、パラレルワールドだ」


「パラレル、ワールド?」


「そう。衝撃波のような、強い光を今日浴びなかったか?」


 夕方、信号を渡っていた時に浴びた強い光のことを思い出して、私は頷いた。


「夕方、あなたにスマホを渡された後、友達と別れたんですけど、その後すぐ」


「それだ。その時に君はこっちの世界に来た」


「そんな、そんなことが…?」


 だから、私の存在が消えているのか?でも、どうしていきなりこんなことに。私はわけもわからず、混乱した。


「あの…。ということは、あなたもその時にこっちの世界に?私と同じ状況ですか?」


「いや、私は元々こっちの世界の人間だ。君がこっちの世界に来たと知って、大急ぎで帰ってきた。まさか、こんなに早く事が動くとは思ってなかったが…。何はともあれ、間に合って良かった良かった」


 何が何だかわからない中、銀髪男は安心しきっている。いやいや、ちょっと待ってくださいと、続けざまに私が質問をしようとした時、空から黒い塊がこっちへやってきた。私は思わず顔を強張こわばらせて身構えるが、男がすかさず言う。


「大丈夫。あれは味方だ」


 黒い塊は地面に何かを置くと、バサバサと音を立て、大きく鳴きながら空へ飛び立っていった。あれはカラスの集団だ。10羽以上はいるだろうか。ふと地面を見ると、私が学校に置き忘れた竹刀と竹刀袋が置かれていた。そして、竹刀の横には1羽のカラスがちょこんとたたずんでいる。さっき助けてくれた、あのカラスだ。


 私は、カラスの羽をジーッと見る。カラスの羽は、少し傷んでいた。やっぱり!このカラスは―。そう思った、次の瞬間。


「忘れ物だよ、凪」


 突然カラスが言葉を発して、私は思わず飛びのいた。


「え?え?え?ええ!?」


 私を見て、銀髪男は、プッと軽く吹き出している。


「驚くに決まってるだろ、ヤト。突然話しかけるヤツがあるか」


 銀髪男は至って冷静に返している。その様子を見て、私はただただ目を見開くしかできなかった。


「悪い悪い、驚かせて。でもさ、俺ずぅっと話したかったんだよ」


 少しダミ声のカラスは、軽快にそう答えた。


「驚いた?凪」


 私は呆然ぼうぜんと、カラスを見つめる。カラスは少し寂し気な表情をして、首を傾げた。


「俺のこと、わかるかなあ?」


 私はハッとして素早く頷いた。


「良かった!ありがとうな、凪。君が助けてくれたおかげで、羽の具合も大分良くなったんだよ、ホラ」


 カラスはご機嫌そうに、羽を広げて私に見せる。


「や、やっぱり、あの時のカラス…?」


 カラスは全身を使って深く頷く。


「忘れ物。大事なんだろ?この竹刀」


 私は驚きながらも、ゆっくりと歩き、地面に置かれた竹刀に手を伸ばす。


「…あの、ありがとう。その、カラスさん」


「ヤト」


「え?」


「ヤトって呼んでくれ。よろしくな、凪」


「…こちらこそ。ありがとう、ヤト」


「で、こっちの男は『ほむら』」


 私は焔を見てお辞儀じぎをする。


「焔、さん…。あの、すみません!ご挨拶が遅くなりました。幸村凪です。先ほどは危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」


 私は手をモゾモゾさせながら、恐る恐る尋ねた。


「それで、その…。一体何が、どうなってるんでしょうか」


 焔という男が口を開こうとした次の瞬間、私のお腹がグルルルルと、5秒くらい豪快な音を立てた。しんっと静まる空間。ヤトとは別のカラスが鳴きながら空を飛ぶ。私は恥ずかしくなって焔とヤトを見るが、2人とも表情を変えずに黙っている。いや、そこはお世辞でもいいから、ちょっとだけ笑って欲しかった。そんなことを思いながら私が気まずそうな表情をしていると、焔は腕時計を見た。


「7時半か」


 焔は車のキーを取り出し、空き地に停められていた車のロックを解除する。


 そのまま助手席のドアを開けて、こう言った。


「とりあえず、腹ごしらえだ。話の続きはそこでしよう」


 焔は顔をクイっとさせて、私に車へ乗るよう促す。ヤトはふわっと飛んだかと思うと、助手席から車内へと入っていく。私は軽く会釈をして、助手席から車の中へ入った。

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