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第2話 異変

 不思議な光と音に包まれてからわずか十分。

 衝撃的な光景を前にして、私は、手に持っていた竹刀袋を思わず地面に落とした。目の前にはコインパーキングがあり、車が三台停まっている。

 いや、停まっている車の台数なんてどうでもいい。コインパーキングがここにあること自体がありえない。だってここは、元々私の家がある場所だ。家が無くなっている。


 一体どうして?


 現実を受け止められず、しばらく目を見開いていた。私は自分のスマホを取り出すが、電源が落ちている。さっきまで使えたのに…。

 そうだ、さっき銀髪男から貰ったスマホ。こっちなら使えるかもしれない私はすかさずもうひとつのスマホを取り出した。震える手で自宅に電話をする。


 お願い、誰か出て。


 だが、そんな願いもむなしく、聞こえてくるのは冷たいアナウンスだった。


「おかけになった電話番号は現在使われておりません」


 ゆっくりと、スマホを耳から離す。どういうこと?何?何が起きているの?誰かに連絡を取らないと。誰に…?真っ先に脳裏に浮かんだのはひなただった。ひなたに電話しようと思い立つが、いつもLINE電話していたことを思い出した。


「このスマホじゃかけられない」


 私は大きくため息をついて、駆け出した。行き先はひなたの家だ。




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 私は息を切らしながら、ひなたの家の呼び鈴を鳴らした。出たのは、ひなたのお母さん。私の顔と竹刀袋をじっと見ている。


「あら?ひなたと同じ剣道部の人?」


 私は激しく頷く。


「友だちの幸村凪です。あの、ひなたは…?」


 ひなたのお母さんが笑顔で頷く。


「ちょっと待ってね」


 良かった。ひなたはいる。ひなたと話せば、きっとこの状況が少し良くなる。根拠はないけどそんな気がした。少し経って、ひなたが玄関先へ来た。私は安堵して微笑んだ。


「良かった、ひなた…」


 だが、ひなたは思いがけない言葉を言い放った。


「…誰?」


 一瞬にして、私の笑顔は消えた。嘘だ。ひなたのお母さんも戸惑っていた。


「…友だちじゃないの?」


 ひなたは大きく首を振る。私は完全に気が動転した。


「誰って…。さっきまで一緒にいたじゃん!わけわかんないこと言わないでよ!」


 私は怒りに似た感情をひなたにぶつけた。だが、ひなたは首をかしげる。そして、嫌悪感たっぷりに私を鋭くにらんだ。


「お母さん、ドア閉めて」

「え?だけど…」

「いいから早く。本当に知らない人だから」


 ドアが締まると同時に、ガチャリという冷たい音がする。一体何が起きているだろう。家もない。ひなたも私を知らない。


 私の存在が、消えている…?


 そう思った瞬間、ゾッとして体が震えた。世にも奇妙な物語さながらの出来事が現実に起こるなんて冗談じゃない。私の存在を確かめられる場所は…。私は深く息を吸って、再び歩き出した。


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 夜。私は高校の体育館横の部室にいた。理由は、部員名簿を確かめるためだ。それを見れば、きっとハッキリする。この恐ろしい疑問の答えが。私はひとつのファイルを手に取り、ゆっくりと開く。


 ―東園高校 剣道部員名簿。


 指でなぞりながら一人ずつ名前を追う。幸村、幸村…。祈るように名前を探したが、そこに私の名前はなかった。パラパラとファイルを見てみると、新聞記事の切り抜きが挟まっていた。日付は今日。そうだ、今日の新聞に私が載っているはず。

 すがるような思いで新聞記事を見るが、そこには顔も名前も知らない別人が「関東大会優勝」として紹介されていた。私は両目を閉じ、絶望的な気持ちでその場に座り込む。一体、何が起こっているんだろう。今日はいつも通り家族と話して、稽古をして、その後は…。


 ―いつでもいい。連絡をくれ。


 私は、夕方の出来事をまた思い出した。銀髪男から貰ったスマホを取りだして、登録されている番号に電話をかける。だが、コール音がするだけで誰も電話には出ない。


「お願い、お願い」


 無機質むきしつなコール音が響く。私はスマホを右手に持ったまま、左手で竹刀袋を抱きしめてうつむく。うなだれながら力なく目を開けると、竹刀袋に括られている「必勝」のお守りが小さく揺れていた。


 関東大会前に、ひなたがくれたお守り。私はそっとお守りに触れる。

 ひなた。お父さん。お母さん。真子。みんな…。

 ふと、ミシミシと嫌な音が聞こえて上を見上げる。私は仰天ぎょうてんした。


 天窓てんまどから、黒装束の小男が私をじっと見据みすえている。瞬間、ガシャン!と天窓が割れ、大量のガラスが降ってくる。私は小さく悲鳴をあげて隣の体育館へ逃げ込む。


 何!?


 前を見ると、小男が不気味な笑みを浮かべている。


「ユキムラ、ナ、ギ…だな?」

「え?え?何?っていうか、誰!?」

「お前を…迎、えに…来た」


 迎えにって…。私は顔を引きつらせながら小男を見た。手にはナイフが握られている。迎えに来たなんて言ってるけど、どう見ても親切な人には思えない。状況を整理する間もなく、小男が私に向かって走ってくる。


 速い!


 私は竹刀を大急ぎで出し、体をなんとか守る。小男の鋭いナイフが、竹刀に食い込んでいた。男は一旦離れて間合いを取る。私は竹刀を構えるが、足が震える。

 怖い。こいつの血走った目。怖がる私を見るのが楽しくて堪らない、そんな感じだ。逃げたいけど、足が動かない。


 震えるな、足!


 私は歯を食いしばる。一筋の汗が、頬を伝う。怖くて呼吸も荒くなる。

 ゆっくりと、鼻から息を吸って吐く。落ち着け、落ち着けと、自分に言い聞かせる。が、小男は容赦ようしゃなく襲い掛かってくる。

 動け!私は右足を大きく踏み込んだ。小男の太刀筋をかわし、顔に向かって竹刀を伸ばす。バンっと首筋に一瞬触れた感覚があったが、小男はナイフを右手から左手に素早く持ち替えて体勢を変える。


 反撃してくる!まずい、相手の懐に入り過ぎた。急いで防御を―。


 刹那。何か閃光のようなものが走った。小男は叫び声を上げて、間合いを取る。なんだ?今、何かが竹刀から出たような―。

 一瞬竹刀を見るが、何ともない。今のは…?そう思った矢先、小男が舌打ちをして再び襲い掛かる。

 反射的に、私は目を閉じた。すると、ふわっと体が浮いた気がした。

 ゆっくり目を開けると、私はひとりの男に抱きかかえられていた。


「やれやれ。間一髪かんいっぱつだったな」


 声の主を見て、私は目を見開いた。そこにいたのは、夕方に会ったあの銀髪の男だった。

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