昔の夢を見ていた。
「ねえ。いつもの話、聞かせて」
祖母は、魔法使いみたいな人だった。話を聞くと、不思議と心が落ち着いて嫌なことを忘れられたから。祖母の言葉は、幼い私の
------------
「お!
「んあ?」
ソーセージを頬張りながら答えると、父は新聞を見せてきた。
「この前の関東大会優勝の記事だ!顔写真付きだぞ。さすが俺の娘だ」
父がはにかみながらふざける。
「やめてよ、恥ずかしい」
私は思わず笑って新聞から目を逸らした。自分の写真は好きじゃない。試合の後なんて汗だくに決まっているし。すると、妹の真子が言った。
「凄いね!もう大学生にも勝てるんじゃない?」
真子は中学三年生。かつて一緒に剣道をしていたが、今は高校受験に集中するために休んでいる。
「全国大会はいつ?」
そう聞いてきたのは母。私は壁のカレンダーを見ながら答えた。
「月末の日曜」
母は嬉しそうに手を叩いた。
「みんなで応援に行かなくちゃ」
「ほんと?」
「カメラも持って行かなきゃね。なんてったって全国大会なんだから」
「ありがとう。それまで稽古頑張らないと…」
ふと時計を見ると、もう八時を過ぎていた。ヤバい、バス時間まで十分もない。私は慌てて立ち上がり、鞄を持った。
「いってきまーす!」
玄関で家族の「いってらっしゃい」という言葉を背中で受けながら、私は駆け出した。何の
----------
広々とした高校の体育館。入口には「必勝!
「あっつい!凪、ポカリ飲む?」
「いいの?ありがとう」
私はタオルで汗を拭きながら、冷えたペットボトルを受け取る。
「そういえば、新聞見たよ!『関東大会優勝 東園高校
ひなたが楽し気に話す。私は思わず照れ笑いをした。
「どうして写真付きなんだろ」
「見ていないの?」
「時間なくてちゃんと読んでない。汗だくで変な顔してなかった?」
「大丈夫、イケてたよ!」
笑い合う私たち。季節はすっかり初夏の陽気だ。
「そろそろ戻らないと、先生に怒られる」
「うん…。あ!ごめん!先に戻ってて」
「え?ちょ、ちょっと、凪?」
私は立ち上がって、奥の草むらの中へ。草陰に隠した段ボール箱を取りし、中を覗くと、カラスが私をじっと見つめていた。
「今日も来たよ。調子はどう?」
後ろから、顔を強張らせたひなたがカラスを遠目で見る。
「よ、よく近づけるね、凪」
「大丈夫、大丈夫。この子は襲ったりしないから」
そう言って、私はそっとカラスの羽に手を伸ばす。実は、このカラスはいつも体育館の裏口にいたのだが、一週間ほど前に地面に突っ伏して動かなくなっていた。羽がボロボロになっていたけど、少しずつ良くなってきている。
「凪は昔から生き物好きだよね。小学校でも飼育係やってたし…」
ひなたが呆れるように言う。私がクルミをあげると、お腹が空いていたのか、勢いよく食べた。
「あと少しで、きっとまた飛べるよ。頑張ろうね」
ふと後ろを見ると、カラスの鳴き声に驚いたのか、ひなたがさらに後ずさりをしてこっちを見ている。私はクスッと笑った。
------------
部活帰り。バスから降りた私とひなたは、竹刀袋を持って並んで歩いていた。
「今日も稽古キツかったね~」
ひなたが言う。
「ほんと、ほんと」
私も疲れ果てていた。全国大会に向けて白熱した稽古が続いているし、ここ最近良く眠れないのだ。ふと、ひなたが足を止めて前を見た。ひなたが見ている方向へ視線を向けると、スーツ姿の銀髪の男が近づいてきた。
「幸村凪、さんですね?」
突然自分の名前を呼ばれたので、私は驚いてひなたを見た。ひなたも驚いた様子だ。
「突然でさぞ驚かれるだろうが、実はあなたに折り入って話したいことがある」
…突然何?っていうか誰?この人。
私は当然の如く戸惑った。すると、すかさずひなたが間に入る。
「あの、私たち急いでるんで」
ひなたは私の腕をグイっと引っ張った。
「行くよ、凪」
小走りでその場から離れると、男が声を上げた。
「私は怪しい者じゃない!」
私たちは足を止めて目を見合わせた。
「いや、めちゃくちゃ怪しいですけど」
ひなたがボソッと呟いた。確かに怪しい。とりあえず、一般的な社会人ではない雰囲気だ。だけど…。どういうわけか、なぜか気になった。私が戸惑っていると、銀髪男はスマホを差し出した。
「番号がひとつだけ入っている。いつでもいい。連絡をくれ」
そう言い残して、銀髪男は去って行った。
「…どうして私を知ってたんだろう」
「…新聞記事。今朝の新聞で凪の顔と名前知ったんじゃない?」
ひなたが言葉を続ける。
「でもさ、あいつどうして私たちが通る道知ってたんだろう。凪、あの人のことまったく知らないんだよね?」
私は頷いた。あの男の個性的な銀髪。一度会ったら忘れるはずがない。
「…中に盗聴器とか、仕掛けられてたりして」
「ちょ、ちょっと、怖いこと言わないでよ」
「でもあり得るじゃん。ストーカーかもしれないし。で、どうすんの?それ…?」
私たちは、じっと銀髪男から渡されたスマホを見つめる。
「父さんに渡す。一応刑事だし」
ひなたがポンっと手を叩く。
「そっか。それが確実だね」
その後、少し話して私たちは別れた。信号待ちをしている最中、私はさっきの男のことを考えていた。ひなたはあの銀髪男が怪しいとしきりに言っていたけど…。
―いつでもいい。連絡をくれ。
私は、銀髪男から貰ったスマホの電話帳を見る。確かに「080」から始まる電話番号がひとつだけ登録されていた。信号が青になり、周りの人たちが一斉に歩き出す。私はスマホを一旦制服のポケットに入れた。
その瞬間。目の前を閃光が走った。雷のような光と音。私は10秒近く目を開けていられなかった。
何、何?何なの?
思いきり叫びたかったが、なぜか声が出ない。しばらくすると音が止んだ。恐る恐る目を開けると、通行人たちは何事もなかったかのように信号を歩いている。頭の中が爆発したような衝撃を感じたけど、私だけだったのか?
きっと疲れてるんだ。私は、そう自分に言い聞かてゆっくりと歩き出した。