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対-TSUI-
対-TSUI-
あさとゆう
現代ファンタジー異能バトル
2024年07月31日
公開日
26.4万字
連載中
―「対の世界」で少女が紐解く、世界を揺るがす秘密とは?

平凡な日常を送っていた幸村凪は、ある日突然、見知らぬ世界に飛ばされる。
そこは彼女が知る現実とは異なる、もう一つの「対の世界」だった。

訳もわからぬまま襲われ、危機に陥った凪の前に現れたのは、銀髪の戦士――焔。
彼は秘密警察「SPT」に属し、国家を揺るがす危険な組織「ミレニア」との戦いに身を置いていた。

「君は祖母から重大な『秘密』を聞かされているはずだ」

その言葉に戸惑いながらも、凪は焔と半人前の八咫烏、ヤトとともに「対の世界」の謎を探り始める。

彼女の前に立ちはだかるミレニア。
陰謀が渦巻く組織の闇…。
そして、「対(ツイ)」に秘められた真実とは?

すべての謎が解けた時、世界が大きく動き出す。


―主要キャラー
・幸村凪…主人公。高校2年生。剣道部所属。素直で優しい性格。
・焔…秘密警察SPTの幹部。内に闘志を秘めた銀髪の戦士。厳しくも温かく凪を見守る。
・ヤト…半人前の八咫烏。人間の言葉を喋ることができる。明るい性格。

・幸村藍子…凪の祖母。「対の世界」の研究者で「天才」と呼ばれていた。

―SPT―
・丹後志門…SPT幹部。凪の祖母、藍子を恨んでいる。喧嘩っ早い。
・天宮昂生…SPT幹部。天宮財閥の御曹司。温厚な性格。
・瓜生蓮華…SPT幹部。幹部唯一の女性。美人なしっかり者。
・江藤律…SPT幹部最年少。やんちゃな赤毛の青年。
・橘龍之介…SPT長官。藍子と面識がある。
・上木凛…SPT隊員で瓜生の部下。無口。狐面で顔の火傷を隠す。

―紅牙組―
・財前光流…関東の極道「紅牙組」の若頭。喧嘩好きのドスケベ。
・花丸耕太…凪と同じ世界の青年で、外科の研修医。命を絶とうとして「対の世界」へ迷い込み、なぜか紅牙組へ。
・風間烈牙…紅牙組組長。顔中に刀の古傷がある。


第1話 転移

 昔の夢を見ていた。琥珀色こはくいろの部屋にぽつんと座るのは、七歳の私。悲しいことがあったのか、涙を流している。幼い私は、後ろから声が聞こえた気がして、振り返ると、和室のふすまの前に穏やかな表情の祖母がいた。藍色の着物を着ている。懐かしいな。確かこの色がお気に入りでよく着ていたっけ。祖母は何か言いながら私の隣に座る。私はゴシゴシと涙を両手で拭い、着物のたもとを引っ張った。


「ねえ。いつもの話、聞かせて」


 祖母は、魔法使いみたいな人だった。話を聞くと、不思議と心が落ち着いて嫌なことを忘れられたから。祖母の言葉は、幼い私の脳裏のうりに深く刻まれ、うっすらとした記憶からでも確かな温かさを放っていた。


------------


 初夏しょか。食卓に四人分の朝食が並ぶ。私は制服姿で座り、隣には妹の真子まこ。向かいには両親が座る。新聞を読んでいた父が、陽気に私に話しかけた。


「お!なぎ、見ろよ」

「んあ?」


 ソーセージを頬張りながら答えると、父は新聞を見せてきた。


「この前の関東大会優勝の記事だ!顔写真付きだぞ。さすが俺の娘だ」


 父がはにかみながらふざける。


「やめてよ、恥ずかしい」


 私は思わず笑って新聞から目を逸らした。自分の写真は好きじゃない。試合の後なんて汗だくに決まっているし。すると、妹の真子が言った。


「凄いね!もう大学生にも勝てるんじゃない?」


 真子は中学三年生。かつて一緒に剣道をしていたが、今は高校受験に集中するために休んでいる。


「全国大会はいつ?」


 そう聞いてきたのは母。私は壁のカレンダーを見ながら答えた。


「月末の日曜」


 母は嬉しそうに手を叩いた。


「みんなで応援に行かなくちゃ」

「ほんと?」

「カメラも持って行かなきゃね。なんてったって全国大会なんだから」

「ありがとう。それまで稽古頑張らないと…」


 ふと時計を見ると、もう八時を過ぎていた。ヤバい、バス時間まで十分もない。私は慌てて立ち上がり、鞄を持った。


「いってきまーす!」


 玄関で家族の「いってらっしゃい」という言葉を背中で受けながら、私は駆け出した。何の変哲へんてつもない平穏な朝。この時は思いもしなかった。この後、あんな出来事が起こるなんて。


----------


 広々とした高校の体育館。入口には「必勝!東園とうえん高校剣道部」の垂れ幕が掛けられている。数十名の剣士たちが掛け声とともにぶつかり合う中、私と親友の高瀬たかせひなたは体育館の裏口に腰掛けていた。


「あっつい!凪、ポカリ飲む?」

「いいの?ありがとう」


 私はタオルで汗を拭きながら、冷えたペットボトルを受け取る。


「そういえば、新聞見たよ!『関東大会優勝 東園高校 幸村凪ゆきむらなぎさん』って写真付きで載ってたね」


 ひなたが楽し気に話す。私は思わず照れ笑いをした。


「どうして写真付きなんだろ」

「見ていないの?」

「時間なくてちゃんと読んでない。汗だくで変な顔してなかった?」

「大丈夫、イケてたよ!」


 笑い合う私たち。季節はすっかり初夏の陽気だ。


「そろそろ戻らないと、先生に怒られる」

「うん…。あ!ごめん!先に戻ってて」

「え?ちょ、ちょっと、凪?」


 私は立ち上がって、奥の草むらの中へ。草陰に隠した段ボール箱を取りし、中を覗くと、カラスが私をじっと見つめていた。


「今日も来たよ。調子はどう?」


 後ろから、顔を強張らせたひなたがカラスを遠目で見る。


「よ、よく近づけるね、凪」

「大丈夫、大丈夫。この子は襲ったりしないから」


 そう言って、私はそっとカラスの羽に手を伸ばす。実は、このカラスはいつも体育館の裏口にいたのだが、一週間ほど前に地面に突っ伏して動かなくなっていた。羽がボロボロになっていたけど、少しずつ良くなってきている。


「凪は昔から生き物好きだよね。小学校でも飼育係やってたし…」


 ひなたが呆れるように言う。私がクルミをあげると、お腹が空いていたのか、勢いよく食べた。


「あと少しで、きっとまた飛べるよ。頑張ろうね」


 ふと後ろを見ると、カラスの鳴き声に驚いたのか、ひなたがさらに後ずさりをしてこっちを見ている。私はクスッと笑った。


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 部活帰り。バスから降りた私とひなたは、竹刀袋を持って並んで歩いていた。琥珀色こはくいろの夕焼けが格別に綺麗だ。


「今日も稽古キツかったね~」


 ひなたが言う。


「ほんと、ほんと」


 私も疲れ果てていた。全国大会に向けて白熱した稽古が続いているし、ここ最近良く眠れないのだ。ふと、ひなたが足を止めて前を見た。ひなたが見ている方向へ視線を向けると、スーツ姿の銀髪の男が近づいてきた。


「幸村凪、さんですね?」


 突然自分の名前を呼ばれたので、私は驚いてひなたを見た。ひなたも驚いた様子だ。


「突然でさぞ驚かれるだろうが、実はあなたに折り入って話したいことがある」


 …突然何?っていうか誰?この人。

 私は当然の如く戸惑った。すると、すかさずひなたが間に入る。


「あの、私たち急いでるんで」


 ひなたは私の腕をグイっと引っ張った。


「行くよ、凪」


 小走りでその場から離れると、男が声を上げた。


「私は怪しい者じゃない!」


 私たちは足を止めて目を見合わせた。


「いや、めちゃくちゃ怪しいですけど」


 ひなたがボソッと呟いた。確かに怪しい。とりあえず、一般的な社会人ではない雰囲気だ。だけど…。どういうわけか、なぜか気になった。私が戸惑っていると、銀髪男はスマホを差し出した。


「番号がひとつだけ入っている。いつでもいい。連絡をくれ」


 そう言い残して、銀髪男は去って行った。


「…どうして私を知ってたんだろう」

「…新聞記事。今朝の新聞で凪の顔と名前知ったんじゃない?」


 ひなたが言葉を続ける。


「でもさ、あいつどうして私たちが通る道知ってたんだろう。凪、あの人のことまったく知らないんだよね?」


 私は頷いた。あの男の個性的な銀髪。一度会ったら忘れるはずがない。


「…中に盗聴器とか、仕掛けられてたりして」

「ちょ、ちょっと、怖いこと言わないでよ」

「でもあり得るじゃん。ストーカーかもしれないし。で、どうすんの?それ…?」


 私たちは、じっと銀髪男から渡されたスマホを見つめる。


「父さんに渡す。一応刑事だし」


 ひなたがポンっと手を叩く。


「そっか。それが確実だね」


 その後、少し話して私たちは別れた。信号待ちをしている最中、私はさっきの男のことを考えていた。ひなたはあの銀髪男が怪しいとしきりに言っていたけど…。


 ――いつでもいい。連絡をくれ。


 私は、銀髪男から貰ったスマホの電話帳を見る。確かに「080」から始まる電話番号がひとつだけ登録されていた。信号が青になり、周りの人たちが一斉に歩き出す。私はスマホを一旦制服のポケットに入れた。


 その瞬間。目の前を閃光が走った。雷のような光と音。私は十秒近く目を開けていられなかった。


 何、何?何なの?


 思いきり叫びたかったが、なぜか声が出ない。しばらくすると音が止んだ。恐る恐る目を開けると、通行人たちは何事もなかったかのように信号を歩いている。頭の中が爆発したような衝撃を感じたけど、私だけだったのか?

 きっと疲れてるんだ。私は、そう自分に言い聞かてゆっくりと歩き出した。

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