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第250話 目の前に広がる過去




 フィアとリリスが『記憶の水晶』という存在について話を進めているが、俺達はそれが何なのかさっぱり分からない。棚から人の頭ほどのサイズがある水晶を取り出したフィアは机の上に置いた。記憶の水晶についてフィアに尋ねてみよう。


「フィアさん、ちょっと待ってくれ。そもそも記憶の水晶って何だ? 写真……いや、映像を記録できるアーティファクトか何かなのか?」


「いいえ、アーティファクトではありません。五英雄の1人シルフィさんのスキルで生み出した消える事のない水晶体です。この水晶に触れて残しておきたい記憶や人に見せたい記憶を念じると水晶が映像を映し出してくれます」


「それはアーティファクトに負けないぐらい便利だな」


「ええ、加えて再生できる回数にも限度はなく、映し出される場所も水晶や壁などではなく立体的に投影してくれる優れものです。原理的には周囲の空間の光を屈折させて映し出すらしく、まるで記憶の中の風景が目の前に現れるような感覚を味わえます」


 稀に光属性魔術を使える人間が魔術で風景を紙に転写したり、動く絵を水面に照射したりすることはあるけれど、使える人間が限られてくる希少な魔術だ。記憶の水晶はそんな光魔術よりも更に上をいく技術のようだ。


 周囲の空間の光を屈折させるとか、風景が目の前に現れるとか、難しい事はよく分からないがとにかく過去の事を詳細に知ることが出来るのだろう。


 早速記憶の水晶で過去を見ようとしたその時、リリスが「ちょっと待ってください」と制止する。


「記憶の水晶を起動させるのを少しだけ待ってもらってもいいですか? どうせなら私の脳内の記憶も水晶に入れておきましょう。そうすればシルフィちゃんと私の両方の記憶が再生できますから。それに記憶の水晶は時系列で映像が再生される仕組みなので2人の記憶が混ざっても物事の順序は把握できるはずなので」


 そう言ってリリスは水晶に手を当て、目を瞑って何かを念じ始めた。細かい事は分からないが水晶に触れる事で記憶を注入できるようだ。


 この水晶が沢山あれば本以上に歴史を忠実に記録できる媒体になりそうだ。かなり素晴らしいスキルだと思う。流石は五英雄の1人だ。


 リリスが記憶の注入を終えるとフィアは咳払いをして、改めて記憶の水晶について説明を始める。


「これで準備完了ですね。あとは水晶を生み出したシルフィさんの設定した合言葉を言えば水晶が起動します。皆さんはこれからリー姉さんとシルフィさんが体験した過去をまるで幽霊になったかのように俯瞰で眺める事が出来ます。わざわざ幽霊と例えたのは『過去に出てきた人や物体に触れたり干渉したり出来ない』という意味です。その前提を頭に入れた上で落ち着いて過去を覗いてください」


 落ち着いて、と前置きをしているぐらいだからきっとショッキングな事実も再生されるのだろう。この水晶を起動する事でアスタロトと俺の繋がりを含む全ての事が分かるのだろうか。


 大きな不安と微かな期待を胸に抱く中、フィアが合言葉を告げる。


「記憶の水晶よ、全てを教えて……ガザフ!」


 フィアがガザフと唱えると俺達の周囲に突如荒れ狂う海面が広がった。これがフィアの言っていた『風景が目の前に現れる』というやつのようだ。一瞬、海に落ちてしまう! と慌ててしまったが俺の足裏には変わらず洞窟の床の感触が残っているから変な感覚だ。


「ガ、ガラルド君! 後ろを見て!」


 まだ適応できていない状況の中、サーシャがいきなり大声をあげて指を差した。サーシャの指さした先を見ると、そこにはモンストル号以上に立派な船が浮かんでいて、甲板には若かりし頃のシリウスと人間時代のリリス……改めリーファが立っていた。


 リーファは遠くを見つめながら苦笑いを浮かべつつシリウスに話しかける。


「これが死の海の荒々しさなんだね。本当にこの船で越えられるの?」


「愚問だ。僕が帝国の資金をこっそり引っこ抜いて作り上げた最強の船だぞ? 文字通り大船に乗ったつもりでいるがいい。リーファの求めている植物ギテシンを必ず見つけてやるし、僕の目的も必ず達成してみせる」


 若き日のシリウスは今と違って態度が大きくプライドが高そうだ。だけど、仲間想いで頼もしい人なのだろう。リーファとは良いコンビ仲なのだと確信が持てる。


 映像の中のリーファ達は全知のモノクルを持っていないにも関わらず、卓越した航海技術で危険な海を渡り、圧倒的な戦闘力で海の魔獣を蹴散らしながら順調に進んだ。


 映像の中のリーファは今のリリスよりも数段上の戦闘力を持っている。本当に五英雄の1人だったんだな、と目の前で繰り広げられる戦闘を通して実感させられた。


 そんな映像を見続けること数分、場面は一気に飛び、グラッジの住んでいた千年樹の洞窟の近くにある海岸を映し出した。グラッジは数十年前の海岸と森を眺めて子供のようにはしゃいでいる。


「わぁ! 凄い、昔のイグノーラ海岸だ! 見慣れた木々が全部一回り小さくて変な感じです。現代には生えてなかった木々や植物もあって面白いですね!」


 すっかり観光気分のグラッジを尻目に映像の中のリーファ達は海岸で嘔吐していた。劣悪な海域を死に掛けながら超えてきたのは俺達と全く同じのようだ。五英雄といえど何だか親近感が湧いてくる。


 しかし、リリスは過去のリーファが吐いている所を見られるのが恥ずかしかったらしく、俺の目の前で手足をバタバタさせながらジャンプを繰り返して視界を塞ごうとしていた。


「いやぁぁぁぁ! 見ないでくださいガラルドさぁぁん! 吐いているのは私じゃないけど私ですから私はとても恥ずかしいです! それに今の私の美しさにマイナス補正が掛かっちゃって……私、辛すぎて死んじゃいますぅ!」


 何回『私』と言っているのか分からなくなりそうだが、リリスがいつになく恥ずかしそうにしている。俺だって人に吐いてるところを見られるのは辛いからすぐに後ろを向いてあげることにした。まぁ目を瞑っても吐いている声は変わらず聞こえてきている訳だが。


 航海の映像は恐らくリーファがシルフィと出会う前の出来事だからリリスが水晶に念じた記憶のはずなのだが……ちょっと頭の中でイメージしただけで詳細な部分まで映像化されてしまうのだろうか? だとしたら凄く羞恥を煽る水晶体なのかもしれない、流石は五英雄だ……。


 リリスが顔を真っ赤にして絶叫するというトラブルはあったものの、映像の中のリーファ達は無事大陸南へ上陸を果たした。





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