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第244話 湖の洞窟へ




 レックとモードレッドが医務室から出て行くのを見送った後、俺達はサーシャの具合がよくなるのを待っていた。すると今度はシンが医務室に入ってきた。


「サーシャ君の体調は大丈夫かな? 早速だが各国へ観光の誘いをしてきた成果を伝えにきたよ。大陸南の要人はほぼ全員が参加してくれるようで、大陸北の要人も20国が参加してくれることになったよ。どうやら我々の思っていた以上にディアトイルへの風当たりは弱まっているらしい」


 これは良い意味で予想を裏切られた。最低でも35国以上がディアトイルへの偏見がなく、シンバードにも友好的だと考えられるからだ。もちろん何か思惑がある可能性も0ではないが、表立って賛成してくれているだけでもかなりの進歩だ。


 そして、シンは更に話を続ける。


「誘いを断った国の中にも、具体的な日にちを明言してディアトイルを訪れると約束してくれた国もあれば、シンバードと同盟を結びたいという国も多くてね。前回の大陸会議の時よりもずっと我々の味方が多いと断言できるよ。きっとガラルド君達の旅の影響、そして会議での身を張った立ち回りが大きいのだろうね」


 シンから褒められるのは照れくさいが、ここまで体を張って頑張ってきて本当によかった。ディアトイルを旅立った数年前にはまさか他国の代表が観光をしてくれたり、来訪の約束をしてくれるようになるなんて思いもしなかった。


 魔人や帝国のことなど頭痛の種は尽きないけれど、同時に良くなっていることも沢山ある。ポジティブに頑張っていこうと自分で自分に気合を入れた。


 とりあえず観光のことは村長、ルドルフ、ヒノミさん達に任せることにして、俺達はサーシャが回復次第ライラの言っていた湖の洞窟へ行く事にしよう。そこに行けばリリスとライラが溺愛していた『大事な人』というのが誰か判明する。色々な情報も得られるはずだ。


 俺とシンはひとまず2人だけで医務室を出て、会議場に残っている各国の要人と挨拶を交わした。観光には残らず、シンバードやディアトイルのことがあまり好きではない国にも精一杯愛想よく振る舞った。


 残ってくれる国の人に対しては観光の案内と同時に、俺達が後々『とある場所で重大な情報を得る』かもしれないから観光が終わった後も待っていて欲しいと伝えた。


 本当はディアトイルの外れにある湖の洞窟で『中にいる人間と話をしてくる』と、教えたかったけれど教えてしまうと一緒についていく、と言われる可能性もあるから黙っておいた。


 俺達は要人達に明瞭ではないフワっとしたお願いの仕方をしたわけだから困惑させてしまうかと思ったが、彼らはそもそもシンバードや俺達のことを信用してくれているから、特に聞き返しもせず素直に頷いてくれた。今はその対応がとてもありがたい。


 俺とシンは再び医務室に戻り、サーシャの体調が戻るのを待った。そして1時間ほど経過したところでサーシャはベッドから起き上がる。


「みんな、お待たせ。サーシャはもう大丈夫だから湖の洞窟に行こう。確か東の外れにあるんだよね、ガラルド君?」


「ああ、そうだな。だが、本当に大丈夫なのか? なんならサーシャだけゆっくりしていてもいいんだぞ? 話を聞きに行くだけだしな」


「ありがとうガラルド君。でも逆に言えば話を聞くだけだから多少体調が悪くても大丈夫だよ。それよりもサーシャは少しでも早く情報を知りたいよ。リリスちゃんの事も色々分かるかもしれないんだし」


「……分かった、ただ辛くなったらすぐに言えよ? それじゃあ皆、湖の洞窟へ行くぞ!」




 俺達は集会所を出て、そのままディアトイルの東にある湖の洞窟へ向かった。湖周辺は木と岩がまばらに点在するだけの何の見どころも無いエリアだ。ディアトイルの周辺ということもあってか、魔獣の骨だけで形成されたスケルトン系の魔獣が襲い掛かってくることが多い。


 骨だけだから、もはや魔『獣』と言うのも間違っているのかもしれない。それと不気味な事に獣系の骨だけではなく人型の骨とフォルムを保って襲ってくるスケルトンも少なくなくて獣感は尚更減少していると言ってもいい。そして強さは普通の魔獣よりも上だ。


 俺が15歳ぐらいの頃ではスケルトン1匹を倒すのにルドルフと協力して5分以上かかっていたぐらいだ。今の俺達なら問題ないとは思うが、体調の悪いサーシャを守りながら進むわけだから見つけ次第素早く撃破するか、隠れて見つからないようにしたいところだ。


「みんな、岩陰や木の陰に隠れながら進むぞ。スケルトンに見つかると面倒だからな」


 俺達は道中を警戒しながら慎重に進む。スケルトンから隠れつつサーシャの歩くスピードにも合わせていたから時間がかかったが、ようやく湖の洞窟が俺達の視界に入った。ホッとした俺は棍をしまって湖の洞窟を指差す。


「あれがライラの言っていた湖の洞窟だ。この近辺に洞窟はあそこしかないから間違いな――――」


「危ないガラルドさん!」


 俺が言葉を言い切る前にグラッジが氷の剣を生成し、俺の背後へ振り抜く。洞窟を見つけて気を抜いていた俺は背後から迫りくるスケルトンの存在に気が付けなかったのだ。


 俺はすぐさま180度回転し、グラッジに続きスケルトンへ追撃するべく拳を構えた。しかし、俺の予想とは裏腹にスケルトンはグラッジの斬撃によって、まるで叩きつけられた木の枝のようにバキバキに砕けている。


 スケルトンは骨で出来ている性質上、衝撃によって関節部分が外れて分離する事はあるけれど、あんなに脆くバラバラに砕ける事はない。


 この事実が意味するのは……グラッジの戦闘力が恐ろしく上がっているということだ。それか、ディアトイルを旅立った頃の俺が相当弱かった可能性もある。


 俺は自分自身の強さの成長を確かめるべく、駆け寄ってきたもう1匹スケルトンに無纏むてん状態で拳撃を加えた。


 するとスケルトンの頭部は落とした壺のようにバラバラになり、スケルトンはそのまま動かなくなった。地面に倒れるスケルトン2匹を見たリリスは俺とグラッジの顔を交互に見た後、ぼそりと呟く。


「本当にスケルトンは強い魔物だったのですか? 無纏むてん状態のガラルドさんでも瞬殺でしたね。もしかして七恵しちけいの楽園での修行でかなりレベルアップ出来たのでしょうか?」


 推察するリリスに対し、グラッジは自分の剣を見つめながら持論を語る。


「確かに僕自身、イグノーラにいた時よりも遥かに強くなったと思います。ですが、ガラルドさんは僕以上に成長していますよ。無纏むてん状態でここまでスケルトンを木端微塵に出来るなんて凄すぎますよ」


 死の山でのザキールとの戦闘あたりから俺の中で飛躍的な成長が始まっている気がする。七恵しちけいの楽園での戦闘訓練ではフローラに小人化してもらって訓練をしていたから、等身大のパワーがいまいち把握できていなかったが、ようやく分かってきた。


 俺という存在は緋眼の戦士団と同じ血が流れていると同時にザキールと同じ血が流れている可能性もある。俺は俺という人間をまるで理解できていないまま、ここまで旅を続けてきたわけだ。異常な成長曲線に段々自分自身が恐くなってきた。


 今日、リリスは自身のことを深く知ることが出来るのかもしれないが、俺にもそんな時がくるのだろうか? 溢れ出る力と胸のざわめきを抱きながら俺は歩を進め、ようやく湖の洞窟へ辿り着いた。





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