アーサーの死という誰も予想できない事態となった大陸会議は一応終わりを迎えた。
不穏な空気にはなったものの、少なくとも約束の上では大陸各国が協力し合って死の山の魔獣と戦う形が出来上がった訳だ。これから色々と準備する事はあるものの一段落と言えるだろう。
俺は次に各国の要人へ『一緒にディアトイル観光』をしないか? と尋ねようと考えていた。この誘いに応じる国は少なくともディアトイルへの差別意識が薄く、シンバード側の味方になってくれる可能性が高いからだ。
シンバード寄りの考え方を持っている国を見極める事が出来たなら、その国に対し『生前のリリスの妹ライラが言っていた湖の洞窟』で得られる情報を教えてもいいと考えられるだろう。
とはいえ友好的な国でも時間の都合で誘いに乗ってくれない可能性もあるし、湖の洞窟で得られる情報が伝える価値のあるものかどうかも分からないのだが……。
俺が早速会議場に残っている各国の要人に話しかけようとした直後、何故かサーシャの顔色が悪くなっていることに気がつき声を掛けた。
「おい、大丈夫かサーシャ?」
「う、うん、何とか……。正直アーサーさんの死に際の顔とモードレッドさんの怖さが頭から離れなくて……でも、サーシャはドライアドの代表だから仕事を続けるよ、心配しないで……」
気丈に振舞ってはいるが、とても大丈夫そうには見えない。俺は強引にサーシャを背負い、隣の医務室で休ませることに決めた。各国へのディアトイル観光の誘いはシンに任せよう。
「シン、すまないが俺はサーシャを休ませたい、だから――――」
「ああ、分かっているよ、各国とは俺が話をつけておくからガラルド君はサーシャ君に付き添ってやってくれ」
後の事はシンに任せてサーシャを医務室のベッドで寝かせると、リリスがサーシャの手を握り回復魔術をかける。
「大丈夫ですかサーシャちゃん? アーサーさんとモードレッドさんのこともあると思いますが、それ以外でも疲れが溜まっていたのでは?」
「……うん、そうかも。ずっと旅、修行、代表の仕事を続けていたから体力の無いサーシャにはきつかったのかも。ごめんね、みんな」
思えばここ100日程はリヴァイアサンの協力も相まってずっと働き詰めだった気がする。俺もグラッジもリリスも比較的頑丈だから耐えられていたけど、サーシャには厳しいスケジュールだったんだ。
配慮の足りなかった自分が嫌になってくる。俺はすぐさまサーシャへ謝った。
「ごめんなサーシャ、気づく事ができなくて。大陸の為に夢中になって動き続けてしまったうえに、サーシャが頼もし過ぎるから気が回らなかったみたいだ、反省するよ」
「ううん、サーシャこそ自己管理ができてなくてごめんなさい。それにサーシャが倒れた1番の要因はやっぱりモードレッドさんだと思うの。あの鬼の様なプレッシャーはスキル『ミストルティン』が漏れ出ていたのかなぁ……て思うもん」
対象を圧倒的な威圧感で服従させ、恐怖を感じさせるモードレッドのスキル『ミストルティン』間近で数回見てきた俺視点からでも漏れ出ていたように思う。
あんなスキルと異常な精神を持ち合わせたモードレッドなら皇帝アーサー亡き今、帝国を完全に自分色へ染め上げてしまうのではないかと心配になってくる。
施政者である弟達すら兄モードレッドに恐怖を抱いているのだから、モードレッドに歯向かえる奴はもう誰1人としていないのではないだろうか?
内外問わず恐れられているモードレッドのことはこれまで以上に警戒しておこうと思う。
そういえば体調の悪いサーシャを見て思い出したが、レックも会議前・会議後ともに元気が無かった気がする。
まぁ父親を兄に殺されれば誰だって元気は無くなるだろうが、会議前にも元気が無かった点が引っ掛かる。そんなことを考えていると医務室の扉をノックする音が聞こえてきた。
俺が「入ってくれ」と返事をすると、扉を開けたのはレックだった。父親が亡くなったばかりのレックに俺は何て声を掛ければいいのか悩んでいると、先に動いたのはレックだった。レックはベッドの横に立つとサーシャに頭を下げて喋り始める。
「サーシャ殿が倒れたと聞いてな。もし、兄のスキルと父の死にあてられて気分が悪くなったのなら申し訳ない。2人の家族として謝らせて欲しい」
「き、気にしないでレックさん。レックさんは全く悪くないんだし……。もしかして、それを言う為に戻ってきてくれたの?」
サーシャが問いかけると、レックは俺の方へ向き直って話し始める。
「謝りたいから来たというのもあるが、同時にお礼も言いに来たんだ。父アーサーが刺された時、ガラルドはすぐに助けようとして兄上を止めにいってくれたからな。敵国と言ってもいい帝国の皇帝を命懸けで助けようとしてくれた事実が息子としても、戦友としても嬉しくてな。本当にありがとう、ガラルド」
「よせよレック、俺はただ目の前で人が死んでほしくなかっただけだ。それに帝国に対して警戒はしているけど敵だとは思ってないよ。レックが暮らす国でもあるんだからな。それよりレック自身は大丈夫なのか? 親が殺されたうえに、ヒノミさんを脱走させた件で処罰があったんじゃないか?」
「いや、大陸南での活躍を手土産に出来たおかげで処罰は免れたよ。それどころかモードレッド兄さんは俺を高く評価してくれたんだ。第二、第三皇子である2人の兄よりも俺の方が優秀だと言ってくれたよ」
「おお! 良かったじゃないか! これでレックは次期皇帝モードレッドを支える右腕になるわけだな。それどころか将来的にはレックが皇帝になるんじゃないか? モードレッドとは歳も離れているんだし」
俺の語った未来に対し何故かレックは乾いた笑いを返す。その笑いは馬鹿にしているだとか、ありえないと言った笑いではなく、どこか寂しさや失望の様なものを感じる笑いだった。
そしてレックはしばらく俯いた後、眉尻を下げて声を震わせながら呟く。
「……そんな明るく語れるような未来なんて……それどころか俺は、俺達はもう駄目かもしれない。やっと皇族として一皮むけて、ガラルド達と仲良くなれたところなのにな……」
「どういうことだ?」
レックはただならぬ雰囲気で生唾を飲み込んだ。そして俺の問いかけに答えようとした瞬間、再び医務室の扉が開いたかと思うと聞きたくない声が飛び込んできた。
「ここにいたのかレック。早く帰るぞ」
その声はモードレッドだった。まるで余計な事を喋るなよ、と言わんばかりの威圧感を放っているモードレッドに対しレックは何も言えなくなってしまった。あと少し、モードレッドが遅くここに来ていれば聞き出せたと思うと凄く悔しい。
そしてレックは扉の前に立ち、俺達に背を向けたままボソッと呟く。
「お前達といられた時間は楽しかったよ、じゃあな」
部屋を出て行ったレックを追いかけて廊下に出た俺は哀愁漂うレックの背を見て、何も言葉をかけることが出来なかった。一体レックに……いや、帝国に何が起きているというのだろうか?
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、俺達は医務室で沈黙の時を過ごす。