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第242話 モードレッドの人間性




「身内が大罪を犯したのです、当然でしょう父上」


 自身の父親を剣で貫いたモードレッドはアーサーに冷たく言い放つ。その光景を見たレックは青ざめた顔でアーサーに駆け寄り、急いで止血に移る。


「父上! 喋らないでください! 今すぐ止血を――――」


「邪魔をするな、レック!」


 モードレッドは屈んでいるレックの肩を勢いよく蹴り飛ばした。レックの体はゴロゴロと転がり部屋の壁に衝突する。レックは肩を抑えて動けなくなっていた。いくら不意を突かれたとはいえレックほどの手練れを一蹴りで動けなくするなんて……モードレッドの強さは尋常ではない。


 レックは平衡感覚の無くなった虚ろな目のまま、モードレッドに反論する。


「グッ……。 兄上……いくら何でも親に手をかけるなんて……」


「普通の家庭ならまだしも我々は大陸を背負って立つ帝国リングウォルドの皇族だ。頂点には頂点なりの責任と筋の通し方がある。青二才のお前は黙っていろ」


 モードレッドの言動に皆が動けなくなっていた。しかし、このままではアーサーが死んでしまう……。俺達はアーサーの悪事を暴こうとはしたけれど、殺そうだなんて思っていない、助けなければ。


 俺は体に魔力を溜め、リリスに指示を出す。


「リリス、アーサーを頼む。俺はモードレッドを抑える。いくぞ、レッド・ステップ!」


 俺の足裏を高熱の魔砂マジックサンドが回転する。椅子を吹き飛ばし、長机を飛び越えて、俺の体は一瞬でモードレッドの前に飛んだ。


 とにかくアーサーに追撃を許してはならないと考えた俺はモードレッドが右手で持っている剣を叩き落すべく持ち手に狙いを定め、棍を持って突進する。しかし、モードレッドは棍を左肘で難なく防御してしまう。俺達2人は地面を擦りながら轟音と共に10メードほど移動する。


「とんでもないスピードとパワーだなガラルド。だが、これは身内の問題だ、手を出さないでもらいたい」


「褒めたところで嫌味にしか聞こえないんだよ、化け物め……。それより今すぐ剣をしまえ! お前には人の心がないのか!」


「人の心がない? 逆なのだよ。悪を憎み、公正を重んじるからこそ罰を与えているのだ。誰よりも優しく、多くの事を成し遂げてきたガラルドの気持ちは汲んでやりたいところだが今、その優しさは必要ない」


 そう言うとモードレッドは強引に腕を払い、俺の棍を吹き飛ばした。棍を吹き飛ばされたら俺にはもう拳か旋回の剣せんかいのつるぎしか残っていない。一度距離を取った俺は腰を落としてモードレッドの出方を伺う。しかし、俺とは対照的にモードレッドは剣を鞘にしまってみせた。


 どういう事だ? と困惑しているとモードレッドは俺の後方を指差した。


「後ろを見たまえ、もう我々が戦う理由はなくなった」


 モードレッドに言われた通り後ろを向くと、そこには既に出血によって息絶えたアーサーと肩を震わせて悔しがるリリスの姿があった。いくらアイ・テレポートで瞬時に治療に入ったと言っても流れた血が多過ぎたようだ。


 もう少し早く判断できていれば……と悔しい気持ちが湧き上がる中、モードレッドは再びジャッジメントを取り出して語りだす。


「これで身内への罰を与え終わった。誓っておくが、私は父が憎くて殺した訳ではない、責任を全うする為である。そして、これからは私が帝国リングウォルドの皇帝として、より良い帝国を作ると約束しよう。まずは地下労働場を含む中央街全体の閉鎖を解いて外部へ公開し、奴隷の使役を止め、兵器も今後製造しない。今言ったことは全てジャッジメントの青き光に誓おう!」


 そして、モードレッドは再びジャッジメントで自身を貫き、言葉に嘘偽りがないことを証明した。しかし、何故だろうか……奴隷の労働も兵器の製造も無くなり、秘匿性も無くなったというに全然不安な気持ちが無くならない。


 きっとモードレッドの異常性が不安を増大させているのだろう。会議場にはまだ死体が残っているにもかかわらずモードレッドは政治的な話を続ける。


「まずは元ドライアドの住民など、奴隷にされていた人間を元の場所に戻す段取りを組まなければな。それから今後の死の山への遠征と魔獣との戦争については、国ごとの規模に合わせた兵力・物資・金銭の供給割合を――――」


 淡々と話すモードレッドに会議場の全員が引いていたように思う。俺は「とりあえず、遺体を移動させるか、会議場を変えよう」と提案すると、モードレッドは「ああ、気が回らなかったな、すまない」と謝ってきた。


 もっと他に謝ってほしいところはあるが、奴の異常性についていけそうにない……。今はとにかく話を終える事を優先しよう。


 その後、俺達は遺体の処理をディアトイルの人間に任せ、会議場所を移して話し合いを続けた。


 しかし、あんな出来事があったからかモードレッド以外誰も話に身が入っていなかったように思う。


 結局、帝国への追及はアーサーの死を以て清算されたような形となってしまい、帝国そのものを解体させるまでには至らなかった。同様にエンドと繋がりのあるアーサーから深い情報を得る事も出来なかった。


 死人に口なしとは言うが、もし、これがモードレッドの描いたシナリオ通りなら奴は大した役者だろう。


 部屋を移した後の話し合いでは結局モードレッドが話していた提案



――――死の山への遠征及び、魔獣との戦争が発生した際は国の規模によって資源供給の割合を変動させる――――



 ルールを採用する流れとなった。


 モードレッドが出した案だからモヤモヤするところはあるが、これなら大国、小国共に平等な出資となり、不満の声もそうそうあがらないだろう。


 そして、モードレッドは会議が終わると突然白紙の手紙を取り出して文字を書き、内容をラファエルに見せた。そして飛音鳩ひおんばとを自分の腕に呼び寄せて、手紙を掴ませると飛音鳩ひおんばとを北西の方角へ飛ばした。


 確か、以前の大陸会議でもモードレッドは第四部隊に飛音鳩ひおんばとを飛ばしていたように思う。高速で手紙を送る手段を持っているのは正直羨ましい。


 モードレッドは飛音鳩ひおんばとを知らない大陸南の要人にどんな鳥なのかを説明した後、手紙の内容を明かした。


飛音鳩ひおんばとを知らない諸国の要人に説明しておこう。飛音鳩ひおんばとは帰巣性を利用して高速で手紙を届けることが出来る鳥であり、我が帝国が所有する2羽を含めても大陸で5羽しか確認されていない希少な鳥だ。この飛音鳩ひおんばとに手紙を掴ませ、早速リングウォルドへ飛ばした。先程ラファエル殿に見せた手紙にも書いてある通り、第二皇子と第三皇子に地下の解体と兵器の製造中止を指示する内容を送っておいた。だから皆安心してほしい」


 中立的な立場として手紙の内容を確認したラファエルはモードレッドが本当の事を言っていると俺達へ説明してくれた。モードレッドの言っている事はまともに聞こえるが、さっきの親殺しがどうしても頭から離れず、手紙にすら何か仕込んであるのでは? と勘ぐってしまう。


 そして、モードレッドは飛音鳩ひおんばとが飛んでいったのを見届けると、別れの挨拶を始める。


「死の山のこと、五英雄のこと、魔人のこと、色々と情報を得られて有意義な大陸会議となった。各国の要人、特に命懸けで大陸南へ渡って情報を集めてくれたガラルド達、そして大陸会議を整えてくれたディアトイル民とフェアスケールの人々には感謝したい。次に会えるのは死の山の遠征の時だろうか……楽しみにしている。それでは我々は帝国へ帰るとしよう、さらばだ」


 俺達は離れていくモードレッドの背中を見送った。モードレッドの姿が見えなくなった後も俺達の間には沈黙が流れていた。


 まさか会議の場で皇帝アーサーが死ぬとは思っていなかったのだから仕方がないのかもしれないが……。しかし、いつまでも固まっている訳にはいかない。俺達にはディアトイルでやるべきことがまだ残っているのだから。





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