「ここからは彼女に話してもらいます。入ってきてくれ、ヒノミさん」
俺が呼びかけるとヒノミさんが会議場の扉を開けて入室する。するとヒノミさんの姿を見た皇帝アーサーは机を叩いて怒鳴った。
「お前はあの時の女! 牢獄から逃げ出したと思ったらこんなところに!」
アーサーの怒号に加えて牢獄というワードが飛び出したことで場が騒めき始める。
「静粛に!」
ラファエルの一声で場はなんとか静まり、話せる状況になったところでヒノミさんが説明を始める。
「はじめまして皆さん。私はシンバードとドライアドで働いているヒノミと言います。私達シンバードの面々は帝国との接触、そしてビエード大佐の遺言をきっかけに帝国を警戒するようになりました。死の海渡航計画を進めなければいけないガラルドさん達の代わりに私ともう1人の仲間で帝国の調査を開始する事となりました。その調査方法は――――」
そしてヒノミさんはスパイとして潜入したこと、帝国がエンドから兵器等の知識を授けてもらったこと、中央街の地下で奴隷を働かせて兵器・毒物を製造していたこと、全てを話した。
「ふ、ふざけるな! 貴様らの言っていることはでたらめだ! それにスパイを潜入させた貴様らこそ罪深いではないか!」
アーサーはさっきよりも強く机を叩き、顔を赤くして、声を震わせながら怒鳴った。最初の頃に感じていた威厳はもはや微塵も感じられない。
息を荒くするアーサーを見かねたラファエルは肩に手を当て制止させる。
「落ち着いてくださいアーサー殿。帝国には多くの証拠が挙げられております。それにヒノミ殿のスパイ行動も今回のようなケースでは自衛の意味が大きくて正当性があり、自己利益や欲求に基づくものではありません。ですのでシンバード側が裁かれる事はないでしょう。それは
「ぐ……クソ!」
とうとうアーサーは何も言えなくなって俯いた。周りの人達は「この件で帝国は長い歴史に幕を下ろすのか?」「巨大な帝国が解体したら民主国となるのか?」など口々に小声で話している。
それでも帝国に対して『君主制をやめて、解体しろ!』と強く言い切る国は1つとしてなかった。やはり追い詰められていても天下の帝国だ……強気に攻めて報復されるのが恐いのだろう。
だが、俺達シンバード側だけは黙っている訳にはいかない。俺はアーサーに詰め寄ることにした。
「さあ、どうします皇帝アーサー殿。真っ黒な帝国は八方塞がりです、ここは潔く――――」
「待ってくれ、ガラルド!」
今まさにアーサーを追い詰めようとしたその時、横から声が飛び込んできた。その声の正体はモードレッドだった。皆の視線が一点に集まる中、モードレッドは頭を深く下げた後、語り始めた。
「まずは皇帝であり私の父でもあるアーサーの不貞を謝らせて欲しい。各国の代表よ、本当に申し訳ない」
モードレッドはまるで自分は関わっていないような言い方をしているがどういう事だろうか? ビエードは亡くなる直前、確かにモードレッドが危険だと言っていた筈なのに……。ここは問いかけておいた方が良さそうだ。
「どういう事だ、モードレッド。まるで自分は関与していないような言い方にも聞こえるが……」
「全く関与していない訳ではないが、私は魔力砲などの兵器は帝国の開発だと思っていた。ゆえに地下労働と地下奴隷の事も知らなかった。私の管轄ではなかったのだ」
「……モードレッドは帝国一の文武兼備と呼ばれて大きな権限を持っているはずだ。そんな言い訳は無理があるんじゃないか?」
「言い訳ではない、今からそれを説明しよう。そもそも帝国領というのは広大過ぎるほど広大なのは皆知っているだろう? それ故に統治は皇族によって分担されているのだ。帝国領全体のうち中央街含む5割を父アーサーが、東街区を含む4割を私が、そして残りの1割を弟達が受け持っているのが現状だ。だから私も弟達も地下の存在は知らない」
前回の大陸会議でアーサーではなくモードレッドが出席したのも『東街区の統治者』だからという事なのだろうか。それにレックが地下の存在を知らなかったことにも繋がるし筋は通っている様に思える。
それでも俺の中ではビエードの遺言が引っ掛かっているからモードレッドを信用できそうにない。ここは怯まずにモードレッドに食い下がろう。
「言いたいことは分かるが、それでも帝国で1、2を担う代表者モードレッド達が責任の所在で揉めるのもどうなんだ? それにビエードの遺言の件もある。モードレッドの言葉が信用できるかどうか疑わしいぞ? ここは帝国全体の落ち度として――――」
「なら、心苦しいが責任を取らせてもらおう」
モードレッドは意図的に俺の言葉を遮ると、席から立ち上がった。一体何をするつもりなんだ? と眺めていると、モードレッドはシンがいる位置まで歩いていき、手を差し出す。
「シン、すまないが少しだけ君の細剣……アーティファクト『ジャッジメント』を貸して欲しい」
モードレッドからのまさかのお願いに俺もシンも困惑していた。ジャッジメントを強く握りしめたシンは睨みつけながら用途を尋ねる。
「ジャッジメントでどう責任を取ると言うんだ?」
「ジャッジメントを使う理由は2つある。1つは私が父と繋がっていなかったことの証明。そしてもう1つは……いや、まずは1つ目を終えてからだな。とにかく悪いようには使わないからジャッジメントを貸して欲しい」
モードレッドからお願いされたシンは渋々ジャッジメントを手渡した。するとモードレッドはジャッジメントがどういうものかを皆に説明した後、細剣を掲げて宣言する。
「聞いてくれ皆の者。私と3人の弟達は父アーサーの管理する地下労働施設・地下奴隷そしてエンドと呼ばれる組織から兵器の技術提供を受けている事、その全てを知らなかった。ジャッジメントの青き光に誓う!」
モードレッドは自分の腹にジャッジメントを突き刺すと、宣言通り刀身は青く光った。今言ったことは真実であることの証明だ。
そしてモードレッドは更に話を続ける。
「これで私の潔白は証明された訳だが、まだ仕事が残っている。それは身内の不始末の処理だ」
この言葉を発した瞬間のモードレッドはただならぬ気配を漂わせていた。俺はこの時の事を一生忘れる事はないだろう。
なんとモードレッドは自分の席に歩いて行ったかと思うと突然剣を抜き、アーサーの背中を後ろから突き刺したのだ。
「ガハッ! モ、モードレッド……一体……何を!」
口から大量の血を吐いたアーサーは剣が突き刺さったままの状態で後ろへ振り返り、モードレッドを睨んだ。しかし、モードレッドは表情一つ変えずに冷酷に言い放つ。
「身内が大罪を犯したのです、当然でしょう父上」