大陸会議開催1日前――――俺達はディアトイル外れの廃城で目を覚ました。ディアトイルの村人がまるで宿屋のように朝食を用意してくれたから俺達はありがたく頂いた。
豊富な海の幸を誇るシンバードに比べると美味さは劣るものの、久しぶりに食べたディアトイル特製『ニードルシープの羊乳』を使ったパンとスープは帰郷して良かったと思わせてくれる美味さだ。
朝食を済ませた俺達はあと少ししたら訪れるという大陸各国の要人を村の入口へ迎えに行く事にした。
大陸会議に参加する国の数は大陸北側が55ヵ国、南側が15ヵ国とかなりの規模となった。とは言っても国と言うには程遠い小さな町なども含んだ数であり、またディアトイルが嫌いな1部の国や町の要人は参加してもらうことが出来なかったから、完璧な数字とは言えないのが正直なところだ。
初めて会う要人もいれば、懐かしいところではヘカトンケイル、ジークフリート、エナジーストーンなど沢山の要人と挨拶を交わすことができた。簡単な案内を昼過ぎには一通り済ませることができて一安心だ。
あとは帝国と大陸南の国々が残っているが、帝国は当日に来るらしいし、大陸南の国々は夕方過ぎに来るらしい。ひとまず俺達は休憩しようか、と話し合っていたところで、どこかの要人らしき年配の男性が現れ、シンに声をかけてきた。
「やあ、シンさん。ディアトイルで大陸会議とは思い切ったことを提案したものだね。おまけに大陸南で得た情報の細かい部分は大陸会議に出席した国へ最初に伝えるときたもんだ。手紙を見た時ワシは我が眼を疑ったよ」
言葉だけ聞くと文句を言っている様にも思えるが、何だか嬉しそうな喋り方をしているし、シンもいつも以上に朗らかに話しているから恐らく仲がいいのだろう。シンは早速俺達に男性のことを紹介してくれた。
「皆に紹介するよ。この方はクリメントさんと言ってね。港町ポセイドの町長であり、ポセイド新聞社の社長でもあるんだ。ガラルド君がコロシアムで優勝した時に新聞でディアトイル出身の英雄として称えてくれた人物でもあるよ」
まさか俺にとって恩人とも言ってもいい人がポセイドの町長だったとは……。
ポセイドはリリスと出会った町ヘカトンケイルからシンバードへ行く途中、船に乗る為に数時間ほど寄っただけの町だから、しっかりと堪能出来てはいない。だが、新聞を発行してくれた会社があるという事だけは知っていたから印象には残っている。
俺は自分の手の汗をズボンで拭き、クリメントさんに握手を求める。
「お会いできて光栄ですクリメントさん。あの新聞をきっかけに世界のディアトイルに対する風当たりが弱くなりました、感謝してもしきれません。今回の大陸会議をディアトイルで開けたのもクリメントさんのお力によるところが大きいです」
「こちらこそガラルド君と会えて光栄だよ。噂通り逞しそうな男だね。感謝してもらって恐縮だが、ワシはシンと四聖に恩返しがしたいと思って頑張っただけなんだ。勿論ディアトイルへの差別が無くなればいいという気持ちもあったけどね。シンと四聖はシンバード領内・領外問わず沢山の人々の危機を救ってきたからね。ワシも救われた内の1人だよ」
シン達が凶悪なドラゴンをやっつけたり、海賊組織を壊滅させたりといった逸話は沢山聞いたことがあるから今更驚きはしない。とはいえ結果的に新聞を作ってもらえるきっかけにまでシンが関わっていることには驚かされた。つくづくシンには頭が上がらない。
そしてクリメントさんは周りをきょろきょろと見渡した後、俺達にだけ聞こえるように呟いた。
「だからワシはシンバードも属国も大好きだし、シンバードの真逆をいく帝国は好きにはなれない。どっちも大国だから表立って反帝国・シンバード万歳! とは言えないが、影ながら応援させてもらうよ。頑張ってくれ2人の英雄さん」
そう言ってクリメントさんは俺達の前から去っていった。
今日は色んな国の人と話した訳だが、体感的には前回の大陸会議よりもずっと味方が多いように感じる。単純な人数だけで言えばシンバード領と親交国を合わせれば帝国を超えるのではないだろうか?
とは言っても帝国は軍事力・経済力ともに逞しいから仮に戦争になったら敵わないとは思うが。戦争なんて物騒なことは考えたくないけれど、フローラから聞いた過去の帝国の話とモードレッドの底知れぬ恐さを知っている今、どうしても最悪の想定ばかりしてしまう。
そんなことばかり考えていても仕方がない……今は切り替えて目の前の大陸会議の事だけを考えよう。
そういえば時間的にそろそろレナとヒノミさんがディアトイルへ合流するはずだ。2人には皇帝アーサーの悪事を追及する際に証人となってもらう予定だから頑張ってもらわねばならない。
その際に皇帝アーサー、いや、帝国そのものから憎まれてしまうかもしれないが、大陸会議の場で暴力的な手は使ってはこないだろう。きっと大丈夫なはずだ、各国の要人が集まっているわけだし。
そんな事を考えていると丁度ヒノミさんとレナがディアトイルへ辿り着いたようだ。俺達は2人に宿泊場所などの説明を済ませた。
これで一通り仕事を済ませたから大陸南の要人が来るまで時間に余裕ができた。俺は余った時間を有効に使えたらと思い、1つ皆に提案してみることにした。
「なぁ、みんな。時間が出来た事だし、リリスの姉ライラが行くように言っていた『ディアトイル近くの湖の洞窟』に行ってみないか? どっちみち大陸会議のついでに行くつもりだったんだし」
我ながら良い提案だと思ったが、サーシャは首を横に振り、反対の理由を語りはじめる。
「サーシャは反対かな。サーシャ達の跡を追ってくる人がいないとも限らないよ。それに洞窟にいるらしい重要人物が外部の人に認知されたら何か不都合が生じる可能性もあると思う。湖の洞窟が重要な場所であるという情報はサーシャ達しか知らないから、ギリギリまで行動に移さず、時間を空けてから行った方がいいと思うなぁ」
「う~ん、それもそうか。だが、仮に大陸会議後に時間を空けて洞窟に行き、大事な情報を得られた場合、即座に情報を友好国に伝えなくていいのか? 時間を空けたら他の国は居なくなってしまっているぞ? 後で伝えようにも手紙だとちゃんと届かない可能性もあるしな」
「その点は大陸会議後にシンバードと一緒にディアトイル観光に付き合ってくれる国を事前に募集しておいて、来てくれた国だけに情報を教えればいいと思うよ。シンバードと敵対するような国はそもそも誘いには乗らずにサッサと帰っていくと思うし」
「なるほど、そうやって選別すればいいのか。なら大陸会議が終わった直後に募集をかければよさそうだな。よし、サーシャの案でいこう、他の皆もそれでいいな?」
俺の問いかけに全員が首を縦に振った。相変わらず頭が切れて頼もしいサーシャに感心しつつ、俺達は自由に時間を過ごし、大陸南の要人の案内を済ませて、廃城に戻った。
夕食を終えた後、俺達は明日の大陸会議に向けた最後の打ち合わせを済ませて解散となった。
多くの人と話す仕事を終えて疲れた俺はベッドに横たわった。するとリリスが俺の横たわっているベッドの端に腰かけて俺を鼓舞する。
「明日はいよいよ大陸会議、そして帝国の悪事に言及する日でもあります。その後には生前の私が大事にしていた人物と会い、多くの情報を得ることができるでしょう。少し怖くはありますが、お互い頑張りましょうね!」
「ああ、何があるか分からないからどんなことがあってもいいようにどっしりと構えておこう。しっかり休んでおけよ? おやすみ、リリス」
「はい、おやすみなさい」
俺はおやすみの挨拶を交わし、瞼を閉じる。明日はもしかしたら俺達の運命を大きく変える大事な日になるかもしれない。前の大陸会議前夜よりもずっと大きな胸の鼓動を感じながら俺は眠りについた。
そして、遂に大陸会議当日の朝を迎える!