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第238話 懐かしい人々 変わらぬ故郷




 俺達は魔屍棄ましきの大穴から離れて村長の家の前に来た。村長の家と言っても決して豪華ではなく、他の家より少し大きい程度の普通の木造建築だ。ところどころに魔獣の骨などを組み込んでいるが、その点も含めて他の家とは変わらない。


「ここがガラルドさんの実家ですか、何だか結婚の挨拶にきたみたいで緊張しますね……」


 リリスがまた馬鹿な事を言っている。それに俺は常に村長の家に居た訳ではないから誤解しないよう伝えておこう。


「結婚云々は置いておくとして……1つ訂正しておきたい。俺は常に村長の家で暮らしていた訳じゃなくて、村長宅を含む色々な家をローテーションしながら暮らしていたんだ。孤児院の無いディアトイルで親のいない俺みたいな子供は大人たちが持ち回りで育てる決まりになっているんだ。とは言っても生まれてから故郷を出るまで半分以上村長の家で寝食していたから1番世話になっているし、思い出深い家だけどな。それじゃあ入るぞ」


 俺が入口にある鈴を鳴らすと、まだ名乗ってもいないのに「この鳴らし方はガラルドか? 鍵はしていないから入ってこい」と中から村長の声が聞こえてきた。


 まさか鈴の鳴らし方ひとつで俺だと分かるなんて……やっぱり俺の育ての親なんだなぁと改めて帰郷を実感する事となった。


 奥の客間に行くと4年前と変わらない真っ白の短髪と髭を生やした村長が座っていた。俺が「ただいま」と声を掛けると村長は「おう」とぶっきらぼうに挨拶を返す。


 俺達の間に数秒の沈黙が流れると最初に喋り出したのはシンだった。


「初めまして、ディアトイル村長ドミニク殿。私はシンバードで国王をしているシンと申します。この度はディアトイルでの大陸会議開催を許可してくださり、ありがとうございます」


 普段あまり見る事のない丁寧なシンの挨拶を受けた村長はお辞儀を返したものの、相変わらず不愛想で覇気のない表情で応える。


「シン殿が色々と考えてディアトイルでの開催を計画してくれたことは承知しております。ですがディアトイルは所詮、魔屍棄ましきの地です。折角計画してもらっておいてなんですが我々は地位向上を期待してはおりません。ディアトイルは何百年も底辺であり続けているのですから。周囲の目は未来永劫変わることがないでしょう」


 俺は村長の態度を含むディアトイルのこういうところが大嫌いだ。全てを諦めて不幸を受け入れているのが我慢ならない。


 普段は弁の立つシンもサーシャも村長の言葉に何も言い返せなくなっていた。下手に励ますようなことを言っても失礼になりかねないと思ったのだろう。


 だからここは俺が言うしかないようだ。俺は説得半分、苛立ち半分の気持ちで村長に言葉を掛ける。


「底辺だからって今より下がらないとは思わない事だな。外部からの理不尽な攻撃・差別を減らしたければ少しは愛想良くしておくんだな」


「なんだと?」


 村長は眉間に皺を寄せて俺に聞き返してきた。少し怒っているようにも見えるが俺はお構いなしに言葉を続ける。


「村長たちは外部の人間なんて嫌いだろうけど、それでもどちらかが心を開き、優しく接しなければ改善の歯車は回り始めないんだよ。大昔みたいに差別されないディアトイルが理想なら真心と誠意をもって他国の人間と話す事だ。それが境遇を変える為の前提条件……いや、絶対条件なんだからな」


「…………。」


 村長が黙り込んでしまった、少し言い過ぎただろうか。この場に気まずい空気が流れている。


 そんな雰囲気を察してかシンが俺に提案してきた。


「外交ではいつも落ち着いているガラルド君でも流石に家族と政治的な話をさせるのは酷だったかな? 話し合いは俺とサーシャ君に任せて外の空気を吸ってくるといい」


 ここはシンの言う通りにしよう、俺がいても邪魔になるだけだ。以前、ドライアドでレックと話した時もそうだが、どうしてもディアトイルや差別がらみの話題になると熱くなり、言い方もきつくなってしまう。もう少し言い方を考えなければ。


 俺が客間から出ようとするとリリスもついてきてくれた。どうやら俺の様子が普段と違うと思って心配してくれたのだろう。




 俺とリリスが扉を開けて客間から出ると、目の前に帽子を深く被った1人の男が立っていた。


「久しぶりだな、ガラルド」


 男は帽子を取り、俺に話しかけてきた。当然リリスは男が誰なのかを知らないから「お知り合いですか?」と俺に尋ねてきた。俺は帽子を被った男のことを教えてやった。


「ああ、俺と兄弟同然に育ったルドルフだ。目つきの悪さ、体格、短髪、髪色まで色々と俺に似ているが血の繋がりは全くないぞ。見た目に加えて同じ歳で孤児同士だから兄弟よりも兄弟感が強いけどな。で、ルドルフはどうしてここにいるんだ?」


「村長の顔を見に来たのもあるが、他国のトップとガラルドがどんな風に村長と話するのか聞きたかったのが主な理由だな。まぁガラルドは早々にシンって人に追い出されちまったみたいだがな、ハハハ」


「フッ、久々に会って言う台詞がそれかよ」


 この軽口を叩き合う感じがとても懐かしい。俺とルドルフは孤児ゆえに色んな家で順番に寝食の世話になった訳だが、同じ家で同じタイミングに面倒を見てもらう事も多かった。だから一緒にいる時間や遊ぶ時間も多くなり、周りからは2人の名前をくっ付けて『ガラルドルフ』なんて呼ばれる事も多かった。


 そして、少し雑談を交わした後、ルドルフは俺の肩に手を当てて真っすぐな眼差しを向ける。


「俺も現時点ではディアトイルの地位向上にあまり期待していないのが正直なところだ。だけどそれはあくまで現時点の話だ。お前達がどんな風に動くのか全てを見届けるまで最終的な判断をするつもりはない。強引に村を飛び出して、色々なことを成し遂げてきたガラルドのことを俺は信用しているからな」


「ルドルフ……」


「それにシンバード領の者達がどんな人間なのかしっかりと見極めないうちに勝手に駄目だと決めつける真似はしたくない。じゃないと『ディアトイルに来たこともないのにディアトイルを差別する奴』と同じ穴の狢になってしまうからな。俺は直接見たものを信じていくつもりだ」


「このまま沈んだ気持ちで大陸会議に参加することになるのかと思っていたが、ルドルフと話せてよかったぜ。やっぱり故郷って良いものだな。また時間が出来たら一緒に酒でも呑もうぜ」


「ああ、楽しみにしてるぞ。それと俺は大陸会議で村長の補佐として出席するつもりだから改めてよろしく頼むぞ。ガーランド団 団長ガラルド殿」


「やめろよ気持ち悪い……でもまぁ、よろしくな、兄弟!」


 外の空気を吸って気持ちをリセットするよりも前に、まさか幼馴染の兄弟分に助けられるとは。俺は久々に兄弟分と会えて上機嫌なまま外に行き、シン達が話を終えるのをリリスと2人で待ち続けた。


 村長との話し合いを終えたシンは「お客人は全て清掃を終えた廃城で寝泊まりしてくれと言っていたよ。早速行くとしようか」と村長からの言葉を伝えてくれた。


 最初は俺だけ村長の家に泊まろうかとも考えたけど、さっきのこともあるし気まずいから皆と一緒に廃城へ行く事にしよう。


 恐らく1000年以上前に建てられた廃城は確か村のはずれにあるはずだ。10歳頃に1回だけ行ったことがあるけど本当に何も面白いものがないから存在すら忘れていた。


 廃城に辿り着くと客人が通る廊下と客室だけは綺麗にしてあり、家具やフルーツなどもディアトイルなりに必死に揃えてくれているのが伝わってきた。


 村長は心を開いていないような言い方をしていたけれど、頑張って準備してくれていたのだろう。不器用なところは相変わらずだなぁ、と笑えてくる。


 リヴァイアサンの力を借りたとはいえ、旅はそれなり疲れたからしっかり休むことにしよう。それに明日は現地入りする各国の代表者と挨拶したり、宿に案内したりとやることは色々とある。明後日の大陸会議本番に備えなければ。


 俺達は夕食を食べた後、早めに眠りにつく事にした。





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