目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第229話 フローラの過去




 俺達の体を乗せた氷の球体はどんどんと潜っていき、あと30秒もすれば底についてしまう位置まで下がってきた。


 石碑に書かれていた『光の泡』は見当たらない。周囲をきょろきょろと見渡していると、水中にもかかわらずマーガレットに似た花が離れた位置に咲いており、花弁から黄色く光る泡を出し続けていた。


「グラッジ君、あっちに光の泡があるよ。氷の球体を近づけてみて」


 サーシャの指示に従いグラッジが球体を動かすと光の泡を放つ花は等間隔で一直線に咲いていた。これはきっと道筋を示すものだと考えた俺達は光の泡を追跡しながら球体を少しずつ西方向へ動かしていった。


 すると、俺達の前に海底洞窟の入口が現れた。光の泡は洞窟方向にも続いているから内部に侵入してみると頭上には空気のある空間と洞窟の地面が広がっており、俺達は球体を浮上させて外に出た。


 数分ぶりに地面に立って周りを見渡すと道は1本しかない。俺達は奥に行くしか選択肢が無く、あまり明るくない前方へと進んでいった。


 ある程度進むと天然の扉とも言うべき植物のツタが天井からぶら下がっており、掻き分けて中へと入る。すると驚くことに中には伝承やおとぎ話でも見た事がない『不思議な生き物』がざっと数えても10匹以上経っていて、こちらを睨んでいた。


 いや、不思議な生き物という言い方は失礼であり適切でもないのかもしれない、何故なら目の前にいるのは俺の膝ぐらいまでしか身長がない人間……いや、小人なのだから。


 小人は全員が白髪と長い白ヒゲを生やしており人間で言えば70歳前後の見た目をしている。先の尖った帽子を被り、服や帽子の色は全員ほぼ単色でバラバラだ。


 もしかしたら言葉が通じるかもしれないと小人に話しかけようとしたその時、先に小人の中の1人が甲高い声で俺達に話しかけてきた。


「お前達、こんなところに何の用だ? 我々『地の精霊ノーム』はお前達を歓迎していない。とっとと帰れ!」


 どうやら言葉こそ通じるようだが警戒されているようだ。小人全員が横並びになり奥に行かせないようにしている。何かを守っているようで気になるが、まずは警戒を解くのが先だ。敵意がないことをアピールしてみよう。


「待ってくれ、俺達は何もしない。ここへは友の言葉と石碑によって導かれてきただけなんだ。見学させてくれないか?」


「なんと言われようと通すつもりは――――ん? そこのお前、もしかして女神か?」


 小人は突然リリスの方へ向くと突然正体を言い当てた。リリスが首を縦に振ると小人たちは円になってコソコソと何かを話し合った後「少し待っていろ、奥でフローラ様と相談してくる」と言って、小人の1人が奥へと行ってしまった。


 フローラとは一体どんな奴なんだろうか。名前的に女性っぽいが女性の小人が出てきたりするのだろうか? と予想していると、俺の予想は外れることとなった。


 なんと奥から出てきたのは女神だった。しかし、今まで見てきた女神とは違い、髪はボサボサで傷んでいるし、眼鏡をかけた目はきょろきょろとしていて怯えている。おまけに少しやつれて顔色も悪い。


 ちゃんと見た目を整えればいいのにと個人的には思う、そうすれば透明感のある見た目に儚げな目元と長い髪が映える美人女神になりそうだからだ。彼女は猫背のまま俺達全員の顔を確認すると、おどおどした言い方で自己紹介を始めた。


「わ、私は一応、ドラウの森で女神をしているフローラと申します。貴方達はここへどのようなご用件で参られたのでしょうか?」


 ここに居たのが、もし人間だったなら俺はリヴァイアサンからの伝言で来た事を伏せておくつもりだった。だが、相手が女神と女神を慕う小人しかいないのならありのまま伝えても良さそうだ。


「俺の名はガラルドだ。実は俺達は神獣と会話をする手段を得てな。それからまぁ色々あってリヴァイアサンという神獣にここへの行き方を教えてもらったんだ」


「ええぇぇ? リ、リヴァイアサンですか! そんなまさか……でも、それなら隠されたこの場所へ来られたのも納得できます。え~と、1つお聞きしたいのですが、リヴァイアサンは近辺の女神について何か言っていましたか? 例えばドラウと七恵しちけいの楽園を守ることが出来なかった一部の女神に腹がたっているとか……」


 フローラは一層おどおどした様子でリヴァイアサンの事を尋ねてきた。どうやらフローラという女神が怯えている要因に野盗組織の襲撃の事が絡んでそうだ。


 俺は他の仲間達を紹介して、これまでの経緯を細かく話した後、出来るだけフローラの気持ちが楽になれるようにリヴァイアサンの考えを伝えた。


「――――という訳だ。だから怒るどころかリヴァイアサンは女神族全体に感謝し、尊敬していたぞ。激昂して野盗を皆殺しにしようとした自身を止めてくれて感謝していると言っていたし、現代の女神であるリリスにも協力的だぞ。あんたが怯える必要なんてないんじゃないか?」


「わ、私は当時のドラウ周辺を担当していた女神長様の弟子でしたが、恐くてドラウには行けなかったのです……。女神長様は勇気を振り絞ってリヴァイアサンを説得しに行ったというのに……」


「女神長は立派だとは思うが、普通はフローラさんみたいに怖くて行けないもんさ。だから気にするなよ」


「いえ、私の罪はそれだけではありません。リヴァイアサンが静まった後、ドラウ周辺の女神たちは総出で毒の浄化作業に当たりましたが、私を含む一部の女神は恐くて途中で逃げ出してしまいました」


 人間だろうが女神だろうが命が惜しいのは当然だ。過去にパープルズのアクアとレインも命をかけて俺たちを助けることが出来なかったことが情けないと悔やんでいたが、近いものを感じる。


 俺としては命をかけることを美徳とは思わないで欲しいのだが……。フローラは更に話を続ける。


「みんな世の為・人の為と我が身を削りながら浄化を頑張りましたが、多くの者が命を落としました。辛うじて命を落とさなかった者も、これ以上ここで浄化に当たるのは危険だと判断しました。そして1人また1人と去っていき、ドラウ周辺から女神はいなくなりました。なので私が再びドラウへ戻ってきたのは他の女神が全ていなくなってからなのです」


「結果、フローラさんだけが残った訳か。フローラさんも他の女神達と一緒に別の地域で暮らし続けようとは思わなかったのか?」


「最初はそのつもりでしたが、とある1人の女神に出会ったおかげで考えが変わったのです。ある日、辺境の地へ逃げ出した私の元に彼女は現れました。その女神は既にドラウの毒に侵されており長くはない状態でした。そんな彼女は『自分にとっての思い出の地を巡ってから生を終えたい』と思い、ふらふらになりながら辺境の地へ訪れたそうです」


「その女神は結局、満足いくまで思い出の地を巡れたのか?」


「いいえ、私と出会った翌日に亡くなってしまいました……。私はその女神が亡くなる前に今のドラウと浄化に当たった女神族はどうなったかを尋ねて状況を把握できました。今まで逃げていた私は質問の後に激しく非難されるかと思いました。ですが流石は女神様と言うべきか……勇気の無い私を責めるどころか励ましてくれました、自分は毒で苦しむ身だというのに……。そうやって優しくされた時に決心しました。私は例え1人になっても、何年かかってもドラウ周辺を浄化してみせると」


「なるほど、それで今は女神がフローラさん1人しかいない訳か。長い間本当に頑張ったんだな。だが、死人すら出ていた浄化作業を長年続けてフローラさんの体は無事だったのか?」


「それについてはえーと、その……色々と本当に頑張りまして……今からお話しますね」





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?