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第228話 七恵の楽園




「ほえ~、ここがリヴァイアサンの連れてきたがっていた場所ですか。ほとんどが針葉樹で構成された森のようですが、近くで見ると木々が高いですね、ほとんどの木が30メード以上ありますよ」


 リリスが後ろに倒れそうなぐらいに顔を上に向けて呟いた。遠くから見ても背の高い木々だなぁと思っていたが、近くに来ると圧巻の一言だ。


 千年樹の方が高さも太さも上だけれど千年樹は一本だけだ。目の前にまるで本棚のように所狭しと立ち並ぶ細長い木々の情景は大陸でもここだけじゃなかろうか。


 地面に日光が届かないのでは? と心配になるぐらいに葉と枝が頭上を塞ぐ森林地帯を進んでいくと、更に珍しい光景が広がっていた。


 それは細長い木の1本1本が枝を通して他の木と連結しているのだ。その光景は言わば木で出来た蜘蛛の巣かと思わされるほどのもので、枝を伝っていく体力と技術さえあれば一切地面に足を着けずに森の中心までいけそうだ。


 圧倒的な自然を見渡して感動していた俺だったが、残念ながらここも至る所に毒沼があるのを発見してしまう。確か野盗組織は川の上流からバジリスクの毒を流したと言っていたから、比較的高い位置にある森林地帯はより強い毒の影響があるかもしれない。


 心配になった俺はゼロに「この森の浸食具合は町と比べてどうだ?」と尋ねるとゼロは再び毒沼の泥を採取したり、森の木の表面を少し削ったりしながら調査を進めた。


 そしてゼロは感嘆の溜息をついた後、森の現状を語る。


「正直、この森の自浄能力は凄いよガラルドさん、町よりも格段に上だ。当然過去に森の木々も毒素に侵された訳だけど桁違いに多い連理木れんりぎによって、木々全体が1つの命となって毒を受け切り、浄化もほとんど終わっているよ」


「れ、連理木れんりぎってなんだ?」


「簡単に言うと植物と植物がくっつく事だね。この森は枝が広がって蜘蛛の巣みたいに広がっているでしょ? 1本の木が毒で枯れそうになっても繋がっている他の木が栄養を贈ったり、増えた体積で毒の濃度を下げているんだ。人間で言えば同じ薬でも体格の大きい人は沢山飲まないと効果が出なかったりするし、酒だって酔いにくかったりするでしょ? そう言う事さ」


 だから木々全体が1つの命になっていると言っていたわけだ、ようやく理解が出来た。そういう意味では大陸で1番大きな樹は千年樹ではなく、ここの連理木れんりぎなのかもしれない。


 連理木れんりぎの凄さにも驚かされが、驚くところは他にもある。ここにはゼロやサーシャですら知らない植物や動物が沢山存在していたのだ。羽の生えたリス、灰色に光る花、小石を2つ持ちあげて鳴らす鳥、傘が何層にもなっているキノコなど挙げだしたらキリがない。


 流石は七恵しちけいの楽園と呼ばれるだけの事はある。毒に侵食された影響で全盛期と比べると見劣りする部分もあるかもしれないが、俺達にとっては充分刺激的だ。


 目移りする森を進んでいくと色々なところに石碑が置いてあるのが目に入った。リヴァイアサンの指示に従うなら横向きに読むと普通の文章になり、縦読みすると秘密の情報を知れるらしい。


 俺は全員に伝わるよう石碑を縦読みで音読した。


「森の、中心にある、泉の、底に行き、光の泡を、辿れ」


 泉に潜って濡れるのは嫌だが本格的に宝探し感が増してきてワクワクしてきた。一応、他の所にある石碑も縦読みしてみたが、多少内容は変えてあるもののほとんど同じだった。俺達は視界の悪い森を草を掻き分けながら進み、中心へと向かう。







 ちゃんと森の中心に向かえるよう、こまめにコンパスを確認しながら歩き、森の中心に辿り着いた俺達は泉の前に立った。


 石碑の指示に従うなら潜水しなければならない訳だが、どれぐらいの深さか分からないから少し恐い。俺はちょっとだけ愚痴ることにした。


「何かを隠すためとはいえ、わざわざこんなところに入らせなくてもなぁ……リリスだって泉に潜った事なんてないだろ?」


「いいえ、私は神託の森の泉で度々全力の水泳をしていましたよ。ですからサキエル様にはよく、はしたない! と叱られていました。でも、泳ぎは肉体強化にいいですからね、怒られても隙をみては泳いでいました」


「成人女性……いや、女神とは思えないぐらいわんぱくだな……。なら、先に泳ぎが得意なリリスが潜ってみるか?」


「長く息を止めて潜ること自体は構わないですけど別の悩みがありまして……泉に潜ってしまうと服も髪もびしょびしょになってしまうのでガラルドさんからイヤらしい目で見られちゃうと思うと……ね。まだ結婚もしていませんし早すぎると思って……」


 リリスはかなり真剣なトーンでかなり馬鹿な事を言い始めた。そんなことを言いだしたらサーシャも潜り辛くなるし止めて欲しいのだが……。とりあえずツッコミを入れておこう。


「そんな目で見るか! それにリリスの理屈だとグラッジにも恥ずかしい姿を見られることになるぞ?」


「あ! 言われてみれば確かに……。サーシャちゃん気を付けてください! グラッジさんが水の滴るサーシャちゃんをいやらしい目で眺めてきますよ!」


 まさか自分に矛先が向くと思っていなかったグラッジは慌てて「そんなことしませんよ! それに何でサーシャさんの名前を出すんですか!」と今日一番に大きな声で否定した。


 一方、サーシャは「ふ~ん、なるほど、グラッジ君もそういう年頃なんだぁ」と謎の納得をしている。全員の中でただ1人アワアワとしているグラッジが紳士っぷりを証明する為に提案を持ち掛ける。


「だ、だったら僕にも考えがありますよ。ここはリヴァイアサンを見習った潜水方法でいきましょう。僕が氷の円盾を2つ作りますので、それを結合して球体にした後、全員で乗り込みましょう。そうすれば勝手に沈んでいきますし、帰りは石の棒を伸ばして浮上すれば問題ないでしょう。これで僕にイヤらしい気持ちは無いと証明できましたよね? ね?」


 何だか必死過ぎて逆に『黒』だと思われそうなグラッジの言動は傍から見ていて面白かった。年頃の男子というのは面子が大事だから必死になるのも仕方がないのかもしれない。


 俺達は馬鹿げた話し合いを終えて、グラッジの案に賛成し、氷の球体に乗り込んで泉をひたすら潜っていった。いよいよリヴァイアサンの言っていた場所に辿り着けると思うと胸が高まってくる。





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