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第220話 中立的な存在




 雑談を終えて、笑顔から真剣な表情に変わったシンが今後の行動計画について話し始めた。


「我々がやらなければいけない事を改めて整理しよう。まず最初にやるべき事は各国に『大陸南を旅したことで得た情報を教えたい』と全く同じタイミングで平等に手紙で伝える事だ。ここで重要なのが情報の方向性は教えても詳しい内容はまだ教えないという事、そして手紙を同じ日に届くようにする事だ。この点をしくじると後々面倒な事になりかねない」


 手紙を送るだけなのにしくじる事なんてあるのだろうか? シンの言っている事がよく分からない。尋ねてみることにしよう。


「単純に各国へ一斉に手紙を送って伝えるだけじゃ駄目なのか?」


「大陸は広いから手紙だと受取日が10日以上大きくずれることがある。それに要人が送る書簡は時々悪い奴らに奪われる事もあるからね。実際、行商人や配達員が襲われるケースは領地を問わずとても多いんだ。ハンターでも行商人を護衛する任務がよくあるだろう?」


 国から国への手紙は色んなポイントを通る訳だから奪われるリスクがあるというシンの考えは理解できる。それに大陸全土を揺るがしかねない情報だと受け取る日がズレるだけで、財政にも影響差が出て各国から色々と文句が出るという訳だ。


 だけど、完全に各国が同じタイミングで情報を受け取る事なんか出来るのだろうか?


「シンは各国に同じタイミングで伝える方法を思いついているのか?」


「こういう時に役に立つのが中立的な存在だ。大陸北部にフェアスケールという集落……いや、組織があってね。そこはどんなことがあろうとも各国に対して中立の姿勢を貫く、言わば裁定者のような役割をしているんだ」


「フェアスケール……聞いたことがないな。国じゃないから認知度も低いわけか」


「そういうことだね。ほぼ全ての国が資本主義である中、フェアスケールだけは富や利益を求めず、欲の無い質素な暮らしをしていてね。故に大陸則でもフェアスケールへの攻撃は禁止されているし、発言権も強いんだ。だからフェアスケールには緊急の大陸会議を開く為の仲立ちをしてもらおうと思う。その大陸会議の場でガラルド君達が得た情報の詳細を一斉に公表させてもらうよ」


「なるほど、本来開催される時期ではない大陸会議をフェアスケールの力を借りて強引に開催させて、各国のトップが勢ぞろいとなる場で一斉に情報公開する訳か。これなら最速で情報が欲しい国は大陸会議にくるしかない、どこからも文句は言われないな。ましてやフェアスケールの人間が公正な裁定者として会議の場にいてくれたなら、どこかの国に意見が押し通される事もなくなりそうだ。それじゃあリヴァイアサンで高速移動が出来る俺達がササッとフェアスケールに行って依頼してこようか?」


「ああ、1日でも早く情報を伝達したいからリヴァイアサンでフェアスケールに行くのは賛成だ。だけど、依頼する際に気を付けて欲しい事がある、それは緊急大陸会議を開く場所についてだ」


「場所? 俺はてっきりフェアスケールで開くもんだと思っていたぞ?」


「普通ならそうなるだろうね。だけど、ガラルド君達にはどうにか上手く話を持っていってディアトイルでの開催を実現してほしいんだ」


「デ、ディアトイルだって? 自分の故郷を悪くは言いたくないが、大陸で1番毛嫌いされている場所だぞ? そんなところで会議なんか開ける訳ないだろ!」


「いや、これでもシンバードの王として考えて出した結論だよ。ディアトイルで開催する事が出来れば我々にとっても大陸にとっても大きなメリットになるんだ。それを1から説明しよう、まず――――」


 そこから、シンは緊急大陸会議をディアトイルで行うべき理由を教えてくれた。


 1つ目の理由は大小様々な勢力のあるモンストル大陸において、何処にも属していないディアトイルで開催すれば『角が立たない』からだ。


 おまけに死の山に近く、大陸南にも近い位置ならば上手くいけば死の山よりも南に位置する国々が合流に間に合う可能性もある。とは言っても間に合うかどうかはウンディーネが死の海の航路を確立できるかどうかに懸かっているわけだが。


 2つ目の理由は『大陸で1番下に見られているディアトイル』で開催すれば、スターランク制などの差別的な仕組みの撤廃に繋がるかもしれないということだ。何かと避けられたり忌み嫌われるディアトイルはこれまで外部の要人が訪れる事はほとんどなかった。


 しかし、最近は出身者である俺の活躍や優しい反差別派の人達の働きによってディアトイルへの風当たりは弱くなっているし、注目も高まっている。そんな状況で偉い要人たちに直接ディアトイルを見てもらう事で『ここは他の町と変わらない普通の場所』だとアピールする事が出来る。


 そして、最後の理由はディアトイルがライラさんの手紙に書かれていた境界の地であるという点だ。大陸会議の前か後に手紙の場所に行き、重大な情報を得る事が出来れば各国の要人が集まっている場で入手したばかりの情報を公開する事ができる。


 ライラさんが行くように言った『湖の洞窟で得られる情報』とヒノミさん&レナが帝国で得た情報を合わせれば、もしかしたら帝国に詰め寄るだけの材料になるかもしれない、あくまで可能性の話ではあるが。


 俺達がシンバードに帰ってきてからまだ数時間なのに、シンはよくこんなにも色々と思いつけるものだ。これも為政者として培ってきた経験が生み出したものなのだろうか。


 ディアトイルを選んだ理由はこれで全てかと思ったが、シンは最後に俺にとって嬉しいことを口にする。


「最後に、これは個人的な理由なんだが……そろそろガラルド君に良い思いをさせてやりたいと思っていてね。ガラルド君は故郷ディアトイルが少しでも疎まれないようにしたいと思って旅に出たんだよね? その結果ガラルド君は我が身を削りながら多くの事を成し遂げてきた。コロシアム優勝、ジークフリート解放、ドライアド復興、第四部隊の救助と協力関係の締結、コメットサークルやシンバードの魔日まじつでは獅子奮迅の活躍、死の海渡航と航路の確立、イグノーラの防衛、挙げだしたらキリがないよ」


「シン……」


「何回死んでもおかしくないような冒険をしてきたガラルド君に僕達は大きな恩があるよね。だけど僕らはまだガラルド君に恩を返せたとは言えない。だからこの大陸会議でガラルド君に夢を叶えさせよう」


 いつも朗らかでどこか飄々としているシンがいつになく真剣な表情で語り、皆もシンに頷きを返している。


 俺からしたら大陸中が少しずつディアトイルに優しくなっていき、仲間達が俺の事を大事にしてくれているだけで、お釣りが出るほどありがたい。だから恩を返さなきゃ、なんて考えなくていいのだが……。でも、俺の人生はディアトイルから始まり、ディアトイルに帰る事で1つの区切りになるはずだ、皆の優しさに甘える事にしよう。


 俺は皆に礼を言った後、全員の視線を集めて宣言する。


「それじゃあ、早速明日の早朝から移動を開始しよう。ここからは今まで以上に多くの国と関わるから言動1つ1つの責任が重くなってくる。皆、今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ、解散!」


 今日はほとんど説明と雑談と話し合いで終わってしまったが、グラッジ達の顔見せも出来たし今日初めて顔を合わせた者たちも仲良くなってもらえたと思う。


 明日は存在すら知らなかったフェアスケールへ政治的な話をしにいくことになる。ワクワクよりも不安の方が大きいけれど、仲間がいるからきっと大丈夫だろう。リヴァイアサンとシンバードの間を数回往復して俺達は明日の旅の準備を整えた。





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