俺たちが必死になって渡り切った死の海をリヴァイアサンは船を乗せたままで楽々と北上していった。海底集落アケノスへ連れて行ってくれた時と同じように大きな泡で俺達を船ごと包み込み、水中を進んでいったおかげで、死の海の海流や岩礁をものともしなかったのだ。
考えてみれば死の海の危険要因は海面と魔獣、そしてコンパスが効かない点に集約されている。だから、他の魔獣を寄せ付けずに水中を進めるリヴァイアサンにとって死の海は全く危険ではない。
もしかしたら空を飛べるグリフォンのような神獣の力を借りる事ができれば空を飛んで死の海を越える事も可能かもしれない。とはいえグリフォンには守るべき物と場所があるから力を借りる訳にはいかないが。
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約30日掛けて超えてきた死の海を数時間で渡り切ったリヴァイアサンはレックを帝国近くの海岸に降ろした。俺達は互いの健闘を祈りつつ別れの言葉を交わした。
そして俺達はリヴァイアサンに乗り込み再び海を進み、翌日の早朝にはシンバード近くの海に到着した。話には聞いていたが実際に凄まじい速度の泳力を見せつけられると改めてリヴァイアサンの偉大さを実感する。
俺達はリヴァイアサンにお礼を言って、彼の背中からモンストル号を発進させて、そのままシンバードの港へ船を着けた。停泊した船に次々とシンバード民が群がってきたものの、俺達は軽く挨拶をしながら人々を掻き分けて宮殿の方へと進み、シンがいる王の間へと足を踏み入れた。
扉を開けると玉座へ腰かけるシンの姿があり、こちらを見たシンが跳ねるように立ちあがり、こちらへ走ってきて帰還を祝う。
「ガラルド君、みんな、無事だったようだね! 大丈夫だとは思っていたが、やはり少しだけ心配だったのだよ。いやぁ~本当に無事で良かった! ところでガラルド君、君の後ろにいる方はどちらさんかな?」
「大陸南を旅しているうちに出来た仲間のゼロだ。他にも仲間がいるんだが……まぁ本当に色々あり過ぎたからなぁ。長い報告になるが聞いてくれ」
そして、俺は死の海渡航から今日までに起きた事を全てシンに伝えた。ある程度簡潔に纏めて話したつもりだったが、それでも余裕で1時間を超えてしまった。
シンはコロコロと表情を変えながらも話を遮らず黙って話を聞き続けてくれた。全ての話を聞き終えるとシンは俺達を労ってくれた。
「まさか、そんなに大変な戦いを繰り広げていたとはね。それに得た情報も非常に価値が高い。とりあえず今はリヴァイアサンに乗って待機しているグラッジ君とグラハム殿に会ってみたいから行ってみようか。構わないね、ガラルド君?」
「ああ、2人ともシンに会えて喜ぶと思うぞ。それじゃあ、まずは停泊している船に乗り込むとするか」
「いや、船に乗り込む必要はないよ。全員バルコニーに集まってくれ。俺のスキル『白鯨モーデック』で空を飛んでグラッジ君達に会いに行こう」
忘れかけていたがシンには空を駆けるスキルがあったんだった。俺達はシンに従いバルコニーからモーデックに乗り込み、高速で空を進んでいく。
リヴァイアサン程ではないけれど、かなりのスピードを出しているモーデックに振り落とされないか心配だったが、リヴァイアサンの泡と同じように不思議と揺れや抵抗のようなものも感じず快適な空の移動となった。
思えば白鯨モーデックに乗ったのは初めてシンバードに来た日以来だ。これだけ便利な移動手段があるなら大陸会議に行く際もモーデックに乗っていけばよかったのでは? と疑問が湧いてきた俺はシンに尋ねる。
「なあ、シン。モーデックがこんなに早く動けるなら他国への移動に使っても良かったんじゃないのか? 帝国に行くのもどれだけ楽になったか」
「う~ん、まぁちょっと色々制限がある能力なのさ。今回使えるのも特別だと思ってほしい」
かなり魔量を消費するなどの理由があるのだろうか? シンにしては煮え切らない言い方をしている。俺は敢えて掘り下げない事にした。
モーデックはあっという間にリヴァイアサンが待機しているポイントの上空へと到達し、俺は水中にいるグラッジにも聞こえるように大声で呼びかけた。
「おーーい! 帰ってきたぞぉぉ! 出てきてくれグラッジ!」
俺が呼びかけると水面がブクブクと泡立ち、そして大きく膨れ上がった。水柱と共に大きな泡に覆われた船が出てきて甲板ではグラッジがこちらに手を振っていた。
空中からでも見えるリヴァイアサンの巨体の影にシンが生唾を飲み込み呟く。
「これが噂のリヴァイアサンか……事前に話を聞いていなかったらビビッて気を失っていたかもしれないよ……」
冒険心溢れるシンをここまで震え上がらせるリヴァイアサンはやはり凄まじい存在だ。最近は見慣れて可愛くすら思えてきていたが、やっぱり初めて見た人は堪らなく恐ろしいようだ。移動する際は充分に注意し、存在も極力明かさないようにしよう。
シンだけではなくモーデックもリヴァイアサンにビビッてしまっていたが、シンがなんとか説得して水面付近まで下降させることに成功し、俺達は船に乗り込んだ。
「初めましてシンさん、僕の名前はグラッジです、そしてこちらにいるのが父のグラハムです」
最初にグラッジが挨拶をして、その後シンとグラハムが自己紹介をした後、互いに挨拶と握手を交わして少しの雑談を経て親睦を深め合った。特にグラハムは元為政者という事もあり、シンとの会話が盛り上がっているようだ。
シンはグラッジ達との会話を終えると「それじゃあ、そろそろ今後の事を話そうか」と呟き、全員の視線を自身に集めた。