モードレッドの事を語り終えたネイミーは険しい表情で俺にお願いしてきた。
「私がこんな話をしたのは理由があるの。それはレックが帝国に帰った後、モードレッドがどんな対応に出るのか分からないから、ガラルドさんの出来る範囲でレックを守ってやって欲しいの」
「それはつまり、レックがイグノーラでの活躍を手土産に帝国へ帰ったとしても厳しい罰を与えられてしまうという事か?」
「それもある……けど何というかその、もっと危険なことに巻き込まれそうな気がするんだ。そもそも頭の良いモードレッドが皇帝アーサーの生産した兵器類に対して何も探りを入れていないのも妙だし、言う事を聞いているのも不思議なの。そのうち親にも兄弟にも何かしでかしてきそうな気がするんだ」
「確かにそうだな。モードレッドの性格と能力から考えれば大人し過ぎるとは思う」
「でしょ? 大陸南の旅を通してエンドや魔力砲の起源などの情報を入手したわけだけど、モードレッドはもっと深い情報を知っているような気がするんだ。あくまで私の勘だけどね。だからレックが踏み込んだ情報を得た今、モードレッドはレックに何かしらのアクションをしそうな気がするんだよね」
ネイミーの話はほとんどが『気がする』という言葉で占められている。勘の域を出ないものではあるが、妙に信じてしまいたくなるものがある。
思えば、魔力砲などの危険性を知っていて帝国でもそれなりに偉い立場でもあるビエードが1番偉い皇帝アーサーではなく『モードレッドについて調べろ』と遺言を残していったのも気がかりだ。
もしかしたらエンドがアーサーに技術や情報を与えたのと同じようにモードレッドにも何か別の力を与えていて、帝国内で勢力が分かれているのではなかろうか?
推測に推測を重ねるような状況でモヤモヤするばかりだ。とにかく俺に出来る事は大陸北に帰ってからもレックのことを気にかけてやることぐらいだ。とりあえずネイミーにはそう伝えておこう。
「底知れないモードレッドの怖さはよく分かったよ。俺達は大陸北に帰ったら魔獣活性化に備える為に頻繁に各国と連携を取り合う事になるだろうから、レックとモードレッドに関わる機会は増えるはずだ。注意深く観察しておくよ。だからネイミーも何か分かったら細かく俺に手紙で知らせてくれ」
「うん、話を聞いてくれてありがとう、これからもよろしくね。それと最後にリリスさんに伝言をお願いしてもいいかな?」
「ん? 何を伝えればいいんだ?」
「ヘカトンケイルでリリスさんがレックをビンタした時、私が逆上してリリスさんにビンタをしちゃったの。あの時はごめんなさいって言っておいて。いくら弟が叩かれて腹が立ったとはいえ、私がリリスさんをビンタするのはおかしかったから……」
「分かった、伝えておくよ。リリスならきっと許してくれると思うぜ。それじゃあ、また。元気でな!」
意外と長くなってしまったネイミーとの会話を終えた俺は、会議室に戻って仕事に戻った。まさかこんなところでかつての仲間に会うとは思わなかったが、有意義な話が出来てよかった。
仕事を終えた後、リリスにネイミーからの言葉を伝えると「私もビンタは良くなかったです……今度改めてネイミーさんとお話してみます。レックさんとガラルドさんみたいに仲良くなれることを願って」と言い、自分の部屋へと戻っていった。
俺はレックと仲良しなつもりはないが、周りからはそう見えているのだろうか? だとしたら意外と悪くはない気分だ。今度時間が出来たらレックと何処かに遊びに行ってみるか、と空想しながら俺も自分の部屋へ戻り、疲れた脳みそを深い睡眠で休ませる。
※
新国王イグニスを中心に据えた会議を終えた翌日の朝、俺達は城の入口でイグノーラの面々に別れの挨拶を交わしていた。とは言ってもそう遠くない内にまた手を取り合って魔獣と戦う事になるだろうから湿っぽい別れはなしだ。
順番に別れの握手を交わしていき、最後に兵士長ソルとゼロの番が回ってきた。俺はソルの手を握り、想いを伝える。
「色々と世話になったな、ソル。あんたの剣技と忠誠心には舌を巻いたよ。ゆっくりする時間が出来たら1人の武人、そして戦友として一緒に酒でも呑めたらと思うよ」
「ああ、楽しみにしているぞ。その時はこちらもとびっきり美味い飯と酒を用意しておこう。元気でな、ガーランド団!」
互いの手を強く握り、気持ちを伝えあった俺達は笑顔で別れる。あと話をしていないのはゼロだけだ。俺はソルの時と同じように手を差し出して握手をしようとしたが、何故かゼロは握手をしてくれなかった。
一体どういう事だ? と尋ねようとしたが、それよりも前にゼロが口を開く。
「悪いけど、僕は握手できないよ。何故なら君達の旅について行こうと思っているからね。構わないよね、ガラルドさん?」
まさかこんな言葉が返ってくるとは思わなかった。ここ最近ゼロはずっとイグノーラで色々と調べものをしたり俺達の仕事を手伝ってくれてはいたけれど、元々彼はカリギュラの学者集団ウィッチズケトルのトップだ。
一緒に来てくれるのは嬉しいが、俺達についてきても大丈夫なのだろうか、一応聞いておこう。
「ウィッチズケトルから離れても大丈夫なのか? リヴァイアサンの移動に頼ったとしても、そんなに頻繁に帰れるとは限らないぞ?」
「皆には連絡してあるから問題ないよ。ザキールの事も他の学者に任せてあるから心配ないしね。それに大陸の中心人物であるガラルドさんについて行った方が僕の頭脳を活かせそうだし、刺激も多く貰えそうだからね。ついていかない手はないよ」
「分かった、ならこれからもよろしく頼む。ゼロとまた旅が出来て嬉しいよ」
そして、俺達は全ての挨拶を終えてイグノーラを去ることにした。南城門まで歩いている間も民衆から途切れる事のない拍手を浴び続け、改めてイグノーラを守ることが出来て本当によかったと胸が熱くなる。
イグノーラを出た後はグラッジと待ち合わせをしていたイグノーラ近くの海岸でリヴァイアサンの背の上にあるモンストル号に乗り込み、俺達は大陸南を跡にした。
少しずつ小さくなっていく陸地を眺めながらリリスが小さく呟く。
「本当に色々な事がありましたね。私は今回の旅を一生忘れないです……絶対に」
小声でありながらも強く言い切るリリスに全員が頷いた。
思えば死の海への突入から今日まで色々な事があった。
グラッジとの出会い、五英雄、魔獣寄せ、ウィッチズケトル、エンドの正体、神獣グリフォンとリヴァイアサン、死の山の真実とグラドの手紙、ザキールと俺の関係性、アスタロト、魔人の性質、リリスの過去、魔獣群との戦争、レックとの再会、挙げだしたらキリがない程だ。
だけど、俺達は謎を少しずつ解消できている。着実に1歩ずつ進んでいるはずだ。謎を解決しても新たに謎が増えてしまう事もあるけれど、この仲間とならきっと全ての謎を解き明かし、平和な大陸を作り出す事が出来るはずだ。
明るい未来への期待、そして別れの寂しさを抱きながら俺達は死の海を越えて、帰るべき場所へと進んでいく。