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第216話 懐かしい人物




「あの~、わたくしから1つ提案があるのですが」


 大陸の南北を繋ぐ方法を話し合っているとウンディーネさんが横から声かけてきた。そして彼女は話を続ける。


「アケノスの集落長である、わたくしはこれでも『死の海に精通している』と自負しています。故に死の海の危険要素である『複雑な海流、点在する岩礁、小島の位置』は寸分の狂いなく把握しております。ですので視界の悪い死の海でも、どの方角へ何メード進めばいいと細かく指示ができます。わたくしが南から北への開拓をお手伝いするのはいかがでしょうか?」


 これはありがたい申し出だ。往路と復路で全く違う航路を通ることになる死の海で、1から復路の道順を見つけ出すのは全知のモノクルを持つシルバーがいても確実に成功するとは言い難い。ガーランド団が1人の犠牲者も出さずにイグノーラへ来れたのも正直、運が良かった。


 急いで死の海を往復で繋ぐ海路を完成させれば、そう遠くない内に南北が協力して小島を転々と繋ぐ橋を作り、人々が歩いて死の海を越える時代もくるかもしれない。


 ここはウンディーネさんの厚意に甘えておこう。


「ありがとうウンディーネさん、それじゃあ細かい話は1度イグノーラへ戻ってからシルバー話し合って決めよう。よろしく頼む」


「はい、分かりました。わたくしもサキエル先輩と同じく人々を愛し、大陸の為に生きたいと願っていましたからね。ガラルドさん達と話せたおかげで今、暗躍している存在を知る事ができましたし、自分達がどう動けばいいのか明確になりました。精一杯働かせてもらいますよ!」


 そう言うとウンディーネさんは服の袖をめくり、膨らんでいない力こぶを披露してくれた。リリスもそうだが、女神族はユニークでお茶目な者が多いのだろうか? 何はともあれウンディーネさんが手伝ってくれれば百人力だ。


 俺達は話し合いを終えて、改めてリヴァイアサンに協力を仰ぎ、海を渡ってイグノーラへと帰還する事にした。







 数時間後――――一旦リヴァイアサンにイグノーラ近くの海岸で降ろしてもらい、グラッジとグラハムには千年樹の洞窟で待機してもらうことにした。更に翌日、残りのメンバーでイグノーラへ帰りついた。


 イグノーラに入った俺達は一直線に城へと向かい、王の間にいたソル兵士長に話しかけた。ソル兵士長から国営に関わる者達を招集してもらうことにして、会議室で彼らとの話し合いを始まった。


 どうやら俺達がイグノーラを離れていた数日間の内にも復興は進んでいたようで、グラハムの次に王となる人間もローラン家の親戚から決定したようだ。


 新国王イグニスという男はグラハムの従兄弟にあたる人物らしい。歳はグラハムより少し若いものの、凛々しい顔つきに立派な髭を蓄えている。投票数も群を抜いて多くなるぐらい国民・貴族共々信頼が厚いらしい、これなら心配はなさそうだ。名前もちょっとイグノーラに掛かっているし縁起もいい。


 話し合いは主にサーシャが主軸となって進み『魔獣寄せの周期について』『海路作成の人員確保』『大陸南北の交流・貿易について』『死の山の魔獣に対する監視体制や戦力強化』などなど順調に話し合いは進んでいく。


 この話し合いの中で魔獣寄せに周期があるという事実を知った皆はとても喜んでいた。これなら定期的に2人に会いに行けると大盛り上がりだ。


 話し合いは4時間以上続いたがとても有意義なものとなり、ますます俺達とイグノーラの絆を深める事ができたと思う。イグノーラよりも南にある国々とはまだ連携が取れていないから課題は多いものの、当面の流れは決まった訳だ。


 会議室に集まった貴族達も解散し、疲れた俺は机に突っ伏してボーっとしていた。すると誰かが俺の肩をツンツンと突く。顔をあげて確認してみるとそこにはサーシャが立っていた。


「お疲れだねガラルド君。書類を纏めたりする作業はサーシャ達でやっておくから、少し外の空気を吸ってきたら?」


「う~ん、お言葉に甘えるとするかな。1番疲れているのはサーシャなのに悪いな」


「サーシャは会議とか書類整理とか得意だし平気だよ。ずっと自分は人見知りで他人と接するのには向いてないと思ってた。だけど、ガラルド君と出会って色々な仕事をするうちに自分で勝手に決め付けていただけだって気づけたよ」


「自分が本当に苦手かどうかって実際にやってみなきゃ分からないもんだよな。人間って何か挑戦した時に早い段階で失敗を経験してしまうと、それが全てと思ってしまうもんだ。それが防衛反応みたいになってしまって、苦手という烙印を押してしまうんだよな」


「ふふふ、何だか学校の先生みたいなこと言うんだねガラルド君。でもホントにその通りだと思うよ。サーシャは両親がいなくなって1人で暮らしていた時の苦い思い出、それとパープルズで虐められていた時の影響が重なって苦手の烙印を押してしまったんだと思う」


「いや、それに関してはサーシャに落ち度はないし、運が悪かっただけさ。変な事言っちゃって悪かったな」


「ううん、今なら仕方なかったことだって分かるし割り切れているから平気だよ。それとガラルド君を煽る訳じゃないけど、ガラルド君は本当に人見知りなのに無理して頑張ってる感じがするからね。これからも政治的なことで先頭に立つのはサーシャお姉さんにお任せくださいな」


 恥ずかしいが本当にサーシャの言う通りだ。リリスと出会う前も含めて俺は4年ぐらい色々なところを旅してきた訳だが、未だに関係性を気付けていない他人と接するのは緊張する。


 それはディアトイル出身ゆえに周りの人間を一々警戒してしまう気質が出来上がってしまっている点が大きいのかもしれない。


 ディアトイルに対する差別意識が無いイグノーラの人間が揃っている今回の会議ですら妙に緊張して疲れてしまう始末だ。元々ディアトイルを抜きにしても重度のシャイなのかもしれない……認めたくはないが。


 まぁ難しい話が苦手で疲れた面もあるのだろう。どちらにしても疲れた事に変わりはない。サーシャの言う通り一旦外の空気を吸ってこよう。


 俺は1人で会議室を出て、城の入口から外へ出た。すると、門の横で1人の女性が俯いたまま壁に背を預けて立っていた。


 女性は俺の足音に気付くと顔をあげてこちらを向いた。その女性の顔を見た瞬間、俺は懐かしい気持ちになり、その直後に女性は俺に話しかけてきた。


「久しぶりガラルドさん。ヘカトンケイル以来だね」


 俺に話しかけてきた女性はかつて俺やレックと共にパーティーを組んでいた治癒魔術師ネイミーだった。





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