太陽の光がうっすらとしか届かない朝のアケノスの客室で目を覚ました俺は別世界に来たんだなぁと感慨深くなりながら起き上がった。どうやらグラッジとサーシャ以外は全員目を覚ましているようだ。
2人はいつも以上に幸せそうな笑顔で深々と眠っている。昨晩のお出かけを楽しめたからこそ微笑んだ寝顔なのだろうか? だとしたら喜ばしい限りだ。
2人が昨日どのくらいの時間に戻ってきたかは分からない、自然に目覚めるまでそっとしておいてやろう。その間に俺達はアケノスの住人にお礼をしつつ、ウンディーネさんに声を掛けて今後の話し合いと帰り支度を進めておこう。
俺達は2人より先に朝食を済ませて、準備を進めた。
※
俺達より2時間ほど遅れて起きた2人は慌ててウンディーネさんと俺達のいる奥の間へ駈け込んで来た。まだ寝ぐせも直せていないサーシャが開口一番謝りだす。
「ごめんなさい! 深く眠り込んじゃってて」
どうやら焦らせてしまったようだ。いっぱい寝させてやろうと決めたのは俺だから気にしないように言っておこう。
「ぐっすり眠ってる感じだったからそっとしておいたんだ。それだけ疲れているんだろうなと思ってな。だから気にしなくていいぞ。それより各場所への挨拶回りや帰り支度はほとんど終わらせたから、あとは今後について話し合うだけだ。2人は今、話し合いを始めても大丈夫か?」
俺が尋ねると2人は首を縦に振る。俺は何から話し始めるか考えていると先にグラッジが挙手して話させてほしいと言いだした。その内容は俺が想像した通りのものだった。
「実は皆さんにお願いがあるんです。昨晩サーシャさんにだけ先にお伝えしたのですが……これからも僕をガーランド団の旅について行かせてくれませんか?」
俺はこの言葉をグラッジから聞ける時を待っていた。グラッジはまだ子供だが色々な事情を抱えている。そんなグラッジを一組織の長である俺が勧誘するのは彼にとって重荷になると考えてどうしても言いだす事が出来なかった。
だけど、魔獣寄せの周期性も判明した今、工夫して旅をすれば俺達はずっと一緒にいられる。それに俺はグラッジの魔獣寄せのスキルを消失させる為の手段を何年かかってでも探しだすつもりだ、そうしたくなるぐらいグラッジの事が大切だからだ。
グラッジと離れていた短い期間で改めて仲間意識に気付かされたのだ。グラッジからついて行かせてほしいと言われたのが本当に嬉しい。だからグラッジにはこの言葉を返そう。
「ああ、勿論だ。本当はずっとこちらから言いたかったんだ。だからグラッジも同じ思いを持ってくれてありがとな、これからもよろしく頼む」
俺以外の人間も笑顔で頷き返していた、もちろんグラハムもだ。だが、現実問題グラッジと旅を続けていくのは中々に大変だ。まずは魔獣寄せの周期とどう付き合っていくかを話し合おうと思ったその時、ウンディーネさんが口を開く。
「団長であるガラルドさんにお願いです。わたくしにもグラッジさんの旅をサポートさせてください。まぁ正確にはリヴァイアサンが働く事になるわけですが」
「ん? サポートってどういうことだ?」
「グラッジさんとグラハムさんは人里に迷惑をかけないように千年樹の洞窟に籠っていた訳ですよね? それをリヴァイアサンで代用すればいいのです。魔獣寄せが強くなっている期間はお2人ともリヴァイアサンに乗って陸地から離れて過ごせば良いのです。住居に関してはモンストル号をリヴァイアサンの背に乗せて船内で暮らせばいいですし、魔獣寄せが発動しない期間はリヴァイアサンから船を発進させて陸地に上がればよいのです」
「す、凄い発想だな、俺にはとても思いつきそうにないぜ。だが、いいのか? ウンディーネさんのやり方だとリヴァイアサンが嫌がるんじゃないか?」
「わたくしはリヴァイアサンと完璧に言葉を交わせるわけではありませんが、それでも彼の考えている事は分かります。リヴァイアサンはきっと喜んでグラッジさんに力を貸してくれますよ。グラドさんへの恩も返したいでしょうし、グラッジさんの事も気に入っていますから」
「それならお言葉に甘えるとするか、だけど神獣とはいえリヴァイアサンも生き物だからこまめに休ませてやった方がいいんだよな?」
「リヴァイアサンにとって海そのものが家であり、やすらぎの場所なのでほとんど休まず働けますよ。それにリヴァイアサンにとって船を運ぶことなど造作もありません。彼なら1,2日でイグノーラからシンバードへ移動できる泳力を持っていますので」
あのサイズから見てかなりのスピードを出せそうだとは思ってたが、まさかそこまでとは……。海限定とはいえ馬の10倍近いスピードが出ているのではないだろうか?
リヴァイアサンの返事次第だが、もしかしたらシンへの報告やドライアドへの帰還をかなり早く行う事が出来るかもしれない。
ひとまずイグノーラへ帰ってアケノスで会った出来事を報告したり、ガーランド団全体の帰り支度を整えよう。それを終える頃には月の満ち欠け的にも丁度いいだろうし、1度シンにグラッジを会わせてやりたいところだ。とりあえず提案しておこう。
「皆、イグノーラへ戻って報告と帰り支度を整えたら1度グラッジを連れてシンへ会いに行こう。リヴァイアサンのおかげで高速移動ができる訳だしな。魔獣寄せの周期を逆算して、出発の日ギリギリまではイグノーラとの話し合いも詰めておこう。その話し合いにおいて、こちら側の中心人物となるのはサーシャだ、よろしく頼むぞ」
「うん、任せて。とりあえず最優先に決める事は大陸の北と南をどうやって物理的に接触させるかだよね。各国の主要人物だけをリヴァイアサンに乗せて運んでもらう事は出来るかもしれないけど、それだと運べるのは少ない人数だけだもんね。死の山を貫通する地下トンネルでもあれば物資を運んだり、大人数の移動が可能なんだけど」
サーシャの言う通りだ。結局、死の山に存在する夥しい数の魔獣と対するには南北の綿密な連携が必要になる。現状、死の海を北から南に進むルートはガーランド団が簡易灯台を設置することで開拓出来ているが、一方通行なうえに船での移動だけに限定されている。
どうにかして南から北へのルートも開拓したいし、陸路での移動も実現したいところだが、こればっかりは時間がかかるし骨が折れそうだ。
全知のモノクルでひたすら安全地帯を模索していた『地獄の航海』を南から北へもう一度実行するのは勘弁願いたい……とげんなりしているとウンディーネさんが「あの~、わたくしから1つ提案があるのですが」と声を掛けてきた。