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第213話 アケノス観光と夜の始まり




「私は最後に『アスタロトさんは魔人と組んでいるのですか? 魔人種は怠惰と言っていたのはどういう意味なのですか?』と尋ねました。すると彼は『私は片手で数えられる程の魔人としか組んではいない、魔人は基本的に俗世に興味もなく閉じこもってばかりだ。強いクセに人間に見つかるのが恐くて集落に引きこもっている、だから怠惰で弱虫なのだ』と蔑んでいました」


 何かを恐れたり逃げたりすることは必ずしも悪い事ではないし、アスタロトの持論は偏り過ぎている気がする。まぁ魔人族全てが牙を剥くような最悪の事態にはならなさそうでよかった。とはいえ頭痛の種は消えていない。


「ということはザキール、そして過去に2度イグノーラに現れた魔人の合計3人だけが魔人族の中で異端なのかもしれないな。だが、片手で足りるという言い方だとザキールを含めて最大5人の魔人の仲間がいると考えられるな……想像するだけでゾッとするぜ」


「そうですね、上限を知れた事自体は良かったのかもしれませんが厳しい状況だと思います。そして、アスタロトは『もう話す事はない、これで心置きなく死ぬことが出来るだろう?』と言い放ち、わたくしに襲い掛かってきました」


「今ここにウンディーネさんがいるということは当然無事だったわけだが、よく生き残れたな……俺達は全員文字通り地に伏せられて、手も足も出なかったよ」


「正直アスタロトが油断していたのもあると思いますが、わたくしは運が良かったのです。ちょうどわたくしとアスタロトがいた場所は海岸でリヴァイアサンに近くで待機してもらっていましたから。結果、わたくしが危険な目に合っているのを見たリヴァイアサンが力を一点に集中させた全力の水ブレスをアスタロトに放ってくれたのです」


「リヴァイアサンが控えめに放った水球ですらモンストル号が壊滅しかねない威力だったことを考えると全力ブレスなんてアスタロトでもただじゃ済まなかったんじゃないか?」


「わたくしもアスタロトが死んでしまったかと思いました。しかし、アスタロトは真正面から水ブレスを受けてもなお傷を負ってはいませんでした。幸い足止めにはなったのでブレスを受けているうちにわたくしはリヴァイアサンの背に乗り、海中へと潜って逃げ切る事ができました」


 相変わらず化け物じみた強さを持っているようだが、流石のアスタロトでも海中まで追いかけられなかったようだ。例え水中で強力な魔術を放てたとしても息が続かなければ距離を離され続けて追いかけることは不可能だ。


 そう考えると海底集落アケノスはもっとも安全な場所なのかもしれない。リヴァイアサンがいなければ来られないという条件はあるものの、いざという時の駆け込み場所として頭の片隅に入れておこう。


 新スキル、魔獣寄せ、アスタロト、魔人、色々知ることが出来たからウンディーネさんに会えて本当によかった。新たに謎が増えてしまったという悩みもあるけれど確実に一歩一歩進んでいるはずだ。


 俺達は世話になった、とお礼を伝えるとウンディーネさんが「折角なので1日、2日程度ゆっくりしていってください、お部屋へ案内しますので」と言ってくれて俺たちは甘えることにした。





 案内された部屋はまるでガラス球をそのまま海に落としたかのように一面透明になっている。淡く光るサンゴなどの海の植物、色とりどりの魚・貝・クラゲが息をのむほどに美しい情景を生み出していた。


 部屋の広さも相当なもので50人ぐらいが寝ても問題なさそうほどに広い。貝で出来ているのにやたらと柔らかい不思議なベッドは目を瞑るとすぐにでも寝入ってしまいそうだ。


 俺達は一旦荷物を部屋に置いていき、ウンディーネさんの案内でアケノスを楽しく観光する事にした。


「皆さん、まずは向こうにある食堂でアケノス自慢の海の幸をご堪能下さい」


 ウンディーネさんについていくと食堂も水槽の中にいるかのような綺麗な空間で人魚のシェフが作った料理は地上では食べた事がない絶品だった。


 海に囲まれた空間でガラス越しに泳ぐ魚を眺めながら、その魚と同じ種類の魚を食べる……そんな奇妙な体験はアケノス以外では出来ないだろう。


 食事を終えた後はウンディーネさんに水中でも息をして歩けるようになる特殊な魔術を掛けてもらい、海底散歩を皆で楽しんだ。


 ウンディーネさんの魔術は15分ほどしか持たないから、あまり集落から離れる事は出来なかったけれど海面近くから眺めるだけだった遥かに遠い海底を踏みしめる経験は貴重なものとなった。シンバード領に帰ったら皆に自慢してやろう。


 他にも人魚たちの踊りや水中戦闘訓練を見学させてもらったり、数百年前に沈んだ海賊船を見に行ったりと充実した時間を過ごさせてもらい俺達は客室へ帰ってベッドで横になった。







 リフレッシュ出来た事だし明日は全員で今後の計画を立てよう! と頭の中で考えながらボーっと透明な天井を眺めていると客室の入口付近でグラッジとサーシャが小声で何か喋っているのが見えた。


 そして、2人はそのまま客室の外へ出て行ってしまう。まぁ2人ともいい歳だし迷子になることはないだろうと、そのまま眠りにつこうとしたら俺の肩を誰かがツンツンと突いてきた。


 誰だ? と突かれた方へ振り向くとそこにはリリスが立っていた。皆を起こさないように俺が小声で「どうしたリリス?」と尋ねたらリリスは悪戯な笑みを浮かべて提案する。


「ガラルドさん、今からグラッジさんとサーシャちゃんを尾行しましょう! 私は聞き耳を立てて2人の会話を聞いていたのですがグラッジさんはサーシャちゃんを誘っていたんです。2人のデートが上手くいくようサポートしましょう」


 多分、サポートしたいというのは本心だろう。だが、俺達に出来ることなんてないと思うし、そもそもデートに誘ったとは限らない。仮にデートだとしてもこっそり覗かれていたら恥ずかしいだろうから止めておいた方がいいだろう。


「駄目だ、放っておいてやれ。グラッジがサーシャだけを誘ったってことは2人だけで話したいってことだろ。気になるのも分かるが我慢しなさい」


「そんなぁ~、親みたいに堅い事言わないでくださいよ……っていうのは冗談でガラルドさんの言う通りですね。デート中に2人が盛り上がったところで夜でもほんのり明るく綺麗なアケノスの景色を私が光魔術で一層綺麗に照らし出そうと思ったのです。でも、止めておきますね」


「そんなムード作りみたいな事を考えてたのか……中々のお節介、いや、恋愛脳の持ち主だな」


「恋愛は乙女にとって酸素みたいなものですから。2人が小声で話しているのを離れた位置から聞き取れたのも乙女心が聴力を増大したからなのです」


 まさかリリスの新スキルは乙女心じゃないだろうな? と若干の恐怖を覚える。俺はブツブツと恋愛について語るリリスの声を子守唄代わりにして眠ることにした。


 グラッジがサーシャと何を話すつもりか分からないが、素晴らしい夜明けになることを願う。





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