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第209話 海底集落




「えぇぇ? リヴァイアサンはサキエル様を知っているのですか?」


 突然の懐かしい名にリリスは声をうわずらせて驚く。信じていいのか迷っていたところへリリスの親代わりと言ってもいい存在を出されたら信用せざるを得ない。ここはリヴァイアサンを信じるべきだと提案してみよう。


「皆、聞いてくれ。俺とリリスには女神長サキエルさんという知り合いがいてな。絵に描いたような優しい存在で、そんな人物の名を出してくるリヴァイアサンは信じられると思う。だからここは誘いに乗ってみよう」


 言い切る俺と激しく首を振って同意しているリリスを見た皆は、満場一致で賛成してくれた。


 グラッジがリヴァイアサンにお願いするとリヴァイアサンは触覚に魔力を練り出し、一軒家と同じぐらいの大きな1個の泡で俺達を包み込んだ。


「うわぁ! 何だこれは!」


 俺が慌てふためき大声をあげているのを尻目にリヴァイアサンは俺達を包んだ泡を浮遊させて自身の頭の上に乗せ、そのまま勢いよく海の下に潜りだした。


 ヤバい……溺れる! と心配したのも束の間、泡は分厚いガラスの球体のように俺達を守り、浸水を防いでくれている。


 まるで何もしなくても動いてくれる馬車のようだが、広さといい振動の無さといい、快適さは比ではなくスピードも速い。


 リヴァイアサンがぐんぐんと下へ進んでいく中、俺達はようやく落ち着きを取り戻して泡の中で座り込んだ。グラッジは泡がどれくらい頑丈なのか叩いて確かめているけれど割れたらその瞬間に溺れ死ぬから勘弁してほしい。


 未知の体験による驚きと不安が脳内の大半を占めているけれど、泡から見る外の景色は本当に綺麗だ。海面付近から眺める景色とはまるで違っていて普段見かけない色とりどりの魚、貝、サンゴなどの植物が煌びやかな空間を作り出している。


 芸術より食い気の俺ですら溜息が出るほどの美しさは間違いなく今まで見てきた景色の中でトップレベルだ。特にサーシャは感激しているようでグラッジの手を握り、しみじみと礼を伝える。


「こんな景色が見られるなんて……息をのむ風景ってこういうことをいうのかな。素晴らしいものを見せてくれてありがとね、グラッジ君」


「い、いえ、元はと言えばお爺ちゃんとお婆ちゃんが笛を残してくれたから見られた訳なので……提案してくれたのもリヴァイアサンですし」


 手を握られたグラッジは顔を真っ赤にしてサーシャから目を逸らして照れている。それにしてもあの2人、中々良い雰囲気だ。


 グラッジと出会ってからサーシャはグラッジの話をよくしているし2人で会話している事もかなり多い。今までは修行や移動でバタバタとしていたこともあって2人だけでゆっくりする時間がなかった。デートには持ってこいの海底散歩で2人っきりにさせてあげれば恋愛関係に発展しするのではなかろうか?


 今は俺達が邪魔になっているが集落に着いて時間を作ることができれば2人っきりにさせてやりたいところだ。


 俺はサーシャを勝手に妹のように思っているから色目を使ってくる男がいれば娘を溺愛する父親の如く追い払うつもりでいたがグラッジほど誠実な男なら恋仲になるのも大歓迎だ。あとで色々と作戦を考えよう。


 先の事を考えなら座り続けること10分、どうやら集落に着いたようでリヴァイアサンが鳴き声をあげてグラッジに何かを伝えた。


「ふむふむ、なるほど、皆さんここが海底集落だそうですよ。クジラのように海上で息を吸う生き物の為に空気のある空間があって、そこに人型の生き物や集落長の女神もいるそうです。あと1分ほどで着くらしいので準備してほしいとのことです」


 道中の美しさも素晴らしかったが海底集落も中々のものだった。超巨大な貝やサンゴなどの硬めの海藻が建物や道、階段の代わりになっており、サハギン種とはまた違う上半身が人間、下半身が魚の形をした半人半魚の見目麗しい生物があちらこちらで泳いでいる。


 あの半人半魚は恐らくおとぎ話で読んだことのある人魚という存在だと思う。空想の生き物だと思っていた存在が自分の視界に映っている現実に震えが止まらない。


 そして、集落には陸地にある石造りの家や宮殿などがそのまま海底に沈んでいるような箇所もあり、かつてここは地上だったのだろうか? と思わされる考察性の高さも内包していた。


 時間があれば学者のゼロと延々調べ作業をしたいところだが今は集落長との接触が最優先だ。俺達はリヴァイアサンに運ばれて地上と同じように息が出来る宮殿風の建物の中に到着した。


 リヴァイアサンとは入口で別れて中へ入っていくと先程も見かけた美しい女性型の人魚が俺達を出迎えてくれた。彼女は突然現れた俺達にも笑顔を向け、魚の尾で器用に立ち上がると歓迎の意思を見せてくれた。


「はじめまして地上の方々。ここは海底集落アケノスといいます。人の身でここまで来られたということは我々の同胞から信頼を得て連れてきてもらったということでしょう。我々は貴方達を歓迎いたします。まずは奥にいる集落長とお話しください」


 そう言うと彼女は俺達に背を向け、長い廊下を歩いて奥へと案内してくれた。青を基調とした波の装飾が施された廊下を進んでいくと1番奥には噴水がそのまま停止したような形をした椅子に座る人間型の女性がいた。


 その女性はリリスやサキエルさんと同じような綺麗な銀髪をポニーテールにしていて整った顔立ちをしており、綺麗な水色のグラデーションが施されたドレスを身に着け、片手には三又の矛を持っている。


 サーシャより少し背が高いものの割と小柄で目も丸く、顔つきも幼いものの青水晶のような瞳にはどこか威厳があり、如何にも海の女神という感じだ。


 彼女は俺達を見ると優しく微笑み、細く柔らかい声で自己紹介を始める。


「皆様、初めまして。わたくしはアケノスの長を務める女神ウンディーネといいます。わたくしたちは貴方がたを歓迎いたしますわ。今回はどのような理由でここを訪れたのでしょうか?」





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