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第208話 カタストロフィ




 昨日、グラハムとグラッジとエリーゼさんを会わせて空白の時間を埋めてあげる事が出来た俺達は千年樹の上で目を覚ました。


 グラッジお手製の野性味あふれる美味しい朝ご飯を食べ終え、あとはイグノーラに帰るだけだ。


 寂しいけどグラッジ達とはいよいよお別れだ。前々からグラッジと話が弾んでいたサーシャは特に寂しそうにしている。離れさせるのは辛いが、俺達には大陸北へ帰ってやらなければいけないことがある。


「さぁ、名残惜しいけど帰ろう」


 仲間達に声を掛けるとエリーゼがちょっと待ってほしいと引き留め、家から持ってきていた謎の細長い箱を取り出した。


「レグの村へ帰る前に、お婆ちゃんからグラッジちゃんへ渡しておきたいものがあります。この箱を開けてみて」


「……これは、笛ですか? 笛にしては妙に長いですけど」


「そう、それはグラドさんが残した不思議な笛です。大昔、グラドさんと別れる少し前に預かったのです『もし、自分がいつか亡くなって、なおかつ息子や孫が魔獣寄せを発現したら渡して欲しい』と言われて」


 素材図鑑マテリアルを持つ俺でも笛がどんな素材で出来ているのか分からないが不思議と高級感というか質の高そうな雰囲気を纏っている。


 名のある職人が作った物だったりするのだろうか? 笛を貰って固まっているグラッジへエリーゼさんが説明を始める。


「この笛は特定の力を持つ者が定められた場所で吹けば大きな手助けになると言っていました。確かアーティファクトとか何とか言っていましたね。とりあえず最初は笛の先端を海に浸けた状態で吹いてみてほしいと言っていましたよ」


「え? 笛の先端を浸けちゃったら音が変になりそうな気がしますけど大丈夫でしょうか? いや、そもそも不思議な力があると言ってますし、音は関係ないのかもしれないですね。お別れの前に皆で海岸へ行って試してみませんか? 洞窟から海岸までは近いですし」


 珍しい物が大好きな俺としては是非ついていきたい。グラッジの提案に即賛成して、俺達は海岸へ向かうことにした。







 海岸に到着し、グラッジは早速笛の先端を海に浸して笛を吹いた。


――――ピュロロ~ピュロロ~――――


 一応、音は出ているものの吹いているのは音楽家でもないうえ、先端も海に浸っているせいでろくな音色は出ていない。


 俺の浅い音楽知識によると縦笛は先端からではなく口側の方に空いている穴から音が出るものが多いらしい。だから一応音が出ているのだとは思うが聞くに堪えない音色だ。


 数秒笛を吹いて虚しくなったのかグラッジは死んだ目でこちらを向いて愚痴をもらす。


「お爺ちゃんは僕に何をさせたかったんでしょうか? まさかこのシュールな雰囲気を誘発して天国から笑っているんじゃ……」


 グラッジは肩を落として強めの被害妄想に浸っているが、それとは対照的に俺達は海面を見て驚いていた。なんと笛を浸した辺りの海面から人の頭ぐらい大きな虹色の泡が何十個も出てきたのだ。


「後ろを見ろグラッジ、変な泡が出てるぞ!」


 遅れて発見したグラッジも一緒に虹色の泡を眺めていると泡は1個ずつ破裂していき、その度にハープのような綺麗な音を奏でた。もしかして綺麗な音を出すだけのアーティファクトなのだろうか? だが、グラドは役に立つと言っていたみたいだし、それだけとは思えない。


 音楽に詳しくない俺でも上質だと分かるぐらいに聞き心地の良い音色に浸っていると浜辺から50メード程離れた海面に突如、爆発にも似た水柱が上がった。


 一体何が起きたんだ? 水柱の上がったポイントを見つめていると俺達の瞳に絶対出会いたくない存在が写り込んだ。サーシャは震えた声でその名を呟く。



「嘘でしょ……何でこんなところにリヴァイアサンが……」



 死の海で俺達に圧倒的な力を見せつけた海神龍リヴァイアサンは小さく唸った後、静かにこちらを見つめていた。視界の悪い死の海で見るよりも一層ハッキリと姿形が分かるぶん強そうに見えるリヴァイアサンに震えが止まらない。


 だが、幸い今の俺達は陸地にいる。急いで海岸から離れれば何とかなるはずだ。俺は全員に号令を掛けた。しかし、何故かグラッジが大声で「待ってくださいガラルドさん!」と制止する。


「何で止めるんだグラッジ! お前はあいつを初めて見たから分からないだろうが見た目通りとんでもなく強いんだ、だから急いで逃げないと」


「リヴァイアサンは攻撃を加える気はないと言っています。グリフォンと同じ神獣だから言葉が分かるんです」


 いきなりの出現でパニックになって忘れていたがリヴァイアサンは神獣だからグラッジのスキルで会話が出来るみたいだ。


 九死に一生を得て安堵した俺はグラッジにリヴァイアサンの言葉を翻訳しながら会話するように頼んだ。するとグラッジは首を縦に振り、リヴァイアサンとの会話を始める。


「君がここに来たのは笛の音色を聞いたからかい? この笛が何か君は知っているのかな?」


「ギュルルル……」


「なるほど、この笛は元々『神笛カタストロフィ』という名で神獣を呼び寄せる能力があるんだね。君はグラドお爺ちゃんとも過去に関わったことがあって、神獣と話せる者が笛を吹いたら色々と協力してやって欲しいと言われていたんだね」


「ギャゥギャゥ!」


「ふむふむ、昔、グラドお爺ちゃんに助けられたことがあるから恩返しがしたいと思っていたんだね。へぇ、お爺ちゃんはそんな事もしてたんだ。それと少し前に『そこの者達の船を攻撃してしまって申し訳ない、死の海から外敵を追い出したかったのだ』……って言ってますね」


 グラドがリヴァイアサンと面識があったことも驚きだが、まさか俺達が笛の持ち主であるグラッジの仲間と知って謝ってくるとは……グリフォンの時と同様、神獣の頭の良さと性格の良さに驚くばかりだ。


 勝手に死の海に入った俺達も悪いのだからこちらも謝っておかなければ、グラッジに伝えてもらおう。


「グラッジ、こちらも勝手に縄張りを通ろうとして悪かったってリヴァイアサンに謝っておいてくれ。それと協力の具体的な内容も聞いといてくれ」


「分かりました。聞いて、リヴァイアサン。こちらの人間ガラルドさんが『こちらも勝手に縄張りを通ろうとして悪かった』って言ってるよ。あと、君が言う協力っていうのは一体なにかな?」


「ギャゥゥギャゥゥ」


「え? 本気で言っているのかい? 気持ちはありがたいけど、こればかりは皆さんと相談しないと……」


 リヴァイアサンの言葉を受けて、なにやらグラッジはかなり動揺しているようだ。理由が気になった俺が尋ねるとグラッジは予想の遥か斜め上をいく内容を告げる。


「リヴァイアサンが自分達の住んでいる集落へ招待したいらしいです。集落は遥か海底に存在するけど自分がいれば人間でも運んであげられるし、集落にさえつけば人間でも呼吸は出来るそうです。集落の長は人間の言葉を喋ることが出来て博識だからきっと貴方達の助けになるはず……だそうです」


 ちょっと理解が追い付かない……海底集落なんていう不思議すぎる場所に加えて、人語を話せて神獣に慕われている存在がいるなんて。凄すぎて行くのがちょっと怖いくらいだ。


 グラッジのスキルとグラドのおかげでリヴァイアサンは好意的に接してくれているのだろうけど、行ってみたら他の者に敵意を向けられる可能性も充分考えられる。


 どうするべきかを話し合っているとリヴァイアサンはグラッジに何か語り掛けてきた。何て言ったのかグラッジに尋ねてみるとリヴァイアサンは意外な名前を口にした。


「海底に行くのは恐いかもしれないが心配には及ばないぞ。集落の長を務めるのは、そこの銀髪の女と同じ女神と呼ばれる存在だ。彼女は神託の森にいる女神長サキエルと同格の素晴らしい存在だ……だそうです」





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