勢いよく飛び散った肉片を難なく吸い寄せて修復したウッド・ローパーは全ての破片を集め終わった後、大きな目玉で僕の事を睨んでいる。
僕はかつてこれほどまでに手応えのない戦いをしたことがなく、手を震わせていた。すると、ソルさんが僕のところへ駆け寄ってきて肩を揺らし励ましてくれた。
「しっかりしてくださいグラッジ様! ウッド・ローパーは再生してしまいましたが、奴の体をよく見てください。体積が1割ほど縮んでいるでしょう? あれは切断ではなく爆発で完全消失させた肉体の一部分が存在しなくなったからなのです! コツコツと潰していけばきっと我々にも勝機があります!」
ソルさんに言われてウッド・ローパーを見てみると確かに体が少し小さくなっている。だけど、渾身の
「ソルさんの言う通りかもしれませんが、あれだけの総量を持つウッド・ローパーを倒し切ることができるのでしょうか? 正直僕の力では自信が……」
「……確かに絶望的な敵であるのは事実です。ですが、奴に限界値があるのは明白です。ゴールが見える限り私は……いや、イグノーラの兵と民は決して諦めません。そうだよな、お前達!」
突如ソルさんが大きな声をあげると杖と弓を持った1000人を超える大勢の兵と民が大歓声をあげる。そして、彼らは一斉に魔術と矢でウッド・ローパーへ遠距離攻撃を開始する。
ウッド・ローパーは体がとんでもなく大きいからか、あまりダメージを与えられているようには見えない。だが、少なくとも城壁に近づく事は出来ていない。そうやって一生懸命に戦う兵と民を指差したソルさんは僕の肩をポンと叩く。
「兵も民も先程よりずっと活き活きと戦っているでしょう? それはグラッジ様の勇姿を見た事に加えて、
僕とお爺ちゃんが希望の道筋を照らした? 今までの人生からあまりにもかけ離れた言葉に、嬉しさや涙を超える芯からの熱さが自分の体にこみあげてくる。
僕はもう力を自身を守る盾としてではなく、誰かを守る剣として使える時がきたんだ。心の底から思う事が出来た。
何千という魔獣を倒し、魔量はほとんど残っていないけれど、まだまだ戦えそうな気になってくる。僕は再び
「ソルさん。僕、もう少しだけ頑張ってきます、もし気を失ったら僕を運んでください」
「……分かりました。ですが、くれぐれも魔量を使い切って死なないでくださいね」
信頼と憂慮が混ざった笑顔でソルさんが僕を見送ってくれた。期待に応える為、僕は魔力を維持したまま全速力でウッド・ローパーに向かって走る。
さっきよりも僕の事を警戒しているウッド・ローパーは同時に5本の触手を僕目掛けて振り下ろす。しかし、何本来ようが関係ない。僕は壁を走ったり飛んだりする暗殺者のように触手から触手へと移動を続けて再びウッド・ローパーの中心部へとたどり着く。
そして、両手の槍に込めた火と氷のエネルギーをウッド・ローパーの体表で衝突させる。
「さあ、僕らとお前の根性比べだ! 喰らえ、
火と氷のエネルギーが再び超大規模の爆発を起こし、息が出来ない程の突風が僕の体を襲う。過去2回放ってきた
ウッド・ローパーの残った下半分は再び痙攣しているようだ。さっきと同じように散らばった破片を吸収する頃には更に体積を減らすはずだ。
そんな事を考えながら散らばった破片を見つめて呼吸を整えていると何故かウッド・ローパーの破片はその場から動かなくなってしまった。
もしかしたら吸収・再生ができない程にウッド・ローパーを弱らせることが出来たのかと思ったが、僕の予想は悪い形で裏切られることとなる。なんとウッド・ローパーの破片は本体に戻ろうとせず散らばった破片のみで集まりはじめて、新たなウッド・ローパーを作り出したのだ。
千切れていた下半分のウッド・ローパーもサイズを半減させたまま千切れる前の形状に戻りはじめる。厄介なウッド・ローパーが2つ生まれてしまったのだ。
「う、嘘だと言ってくれ……」
あまりの事態に失意の呟きを漏れる。そんな僕を2体のウッド・ローパーが大目玉で睨みつけている。どうやら新しい方のウッド・ローパーにも視覚を得るための大目玉が生まれているようだ。
ウッド・ローパーに最初に当てた
吸収から分裂へと行動を変えた事を考えるに僕の渾身の1撃がウッド・ローパーに学びを与えてしまったということだろうか? 何とも皮肉な話だ。
既に立っているのも辛いほどに消耗している僕に向かって、今まさにウッド・ローパー2体が触手を振り上げながら走ってきている。
これはもう流石に打つ手なしかと諦めかけたその時――――ウッド・ローパーの足に相当する根っ子の部分に突然、赤く巨大な円盤のようのものが高速で飛来し、ウッド・ローパーの足を削り切ってしまった。
何が何だか分からずウッド・ローパーの足を見てみると切断面が熱の刃で斬られたようにドロドロになっている。僕は円盤が飛んできた方を確かめると、そこには僕の……いや、大陸のヒーローが、ガラルドさんが立っていた。
「遅くなってすまないなグラッジ。遠くからここまで走ってきている時にグラッジの戦いを見させてもらった。本当によく頑張ったな、お前のおかげで奴の倒し方が分かったよ。後は俺の回転砂に任せといてくれ」
ガラルドさんは逞しい背中を僕に向け、そのままウッド・ローパーに向かってゆっくりと歩き出す。いつもとは違う『赤い回転砂』といい『ウッド・ローパーの倒し方が分かった』という発言といい、ガラルドさんの頼もしさは半端じゃない、一体どういう事だろうか?
僕はまるで兄が助けに来てくれたような安心感と強い疲労感でその場へドサりと座り込む。ガラルドさん……後はよろしくお願いしますと、心の中でささやきながら。