ヒヤヒヤする場面もあったけれど何とか
道中には戦闘不能になって救護されている兵士とハンターが多数目に入り、戦況の厳しさが垣間見える。伝令兵をつかまえて現在の状況を聞いてみると、どうやら死傷者の数よりも消耗具合の方が深刻らしい。
改めて魔獣7万匹という数の恐ろしさを実感する。一刻も早く東の大型魔獣を討伐して、全体の士気を上げねば! 焦る気持ちを必死に抑えながら僕達は東エリアに到着した。
「グ、グラッジ様が到着したぞぉー!」
「みんなもうひと踏ん張りだ! ウッド・ローパーを街に入れさせるな! とにかく矢で押し返すのだ!」
東エリアに着いた途端、僕を見た兵士達が騒ぎ始める。どうやら東側にはゴーレムではなくウッド・ローパーという大型魔獣がいるようだ。
兵士達が抑えているウッド・ローパーを見てみると、そいつは僕が今まで見た事が無いタイプの魔獣だった。
ウッドと名の付く通り全身が樹のようになっているけれど何故かイカやタコのような滑りのある体をしており、西と北で戦ったゴーレムよりも2倍近く大きな体を有している。
体から生える沢山の枝をまるでイカやタコの触手のように柔らかく動かし、地面を鞭のように叩いている。更によく見てみると体の中心には直径4メード程の人間に似た大きな目玉があり、ギョロギョロと周りを見渡す様子は化け物と呼ぶに相応しいおぞましいものだった。
目玉の付いた大木という存在にどう対処したらいいのか迷っていると、ソルさんが僕の前で指差しながらウッド・ローパーについて教えてくれた。
「グラッジ様、ウッド・ローパーの眼球と枝の位置をよく見ていてください。どちらも微妙に動いているでしょう? 人間でも黒目を動かしはしますが、ローパー族は目のある位置そのものを動かしたり手足の根元そのものを動かすデタラメな生き物です。まずはその情報を頭に入れて戦ってください」
「分かりました注意しておきます。1つ質問なのですがローパー族とは何なんですか? 目の前の個体は樹で出来ているから火が効きそうですけど同時にぬめりがあるので火が通りにくそうにも見えます」
「う~ん、ローパー族は特定の生き物や植物に寄生して強力な軟体魔獣……いや、触手魔獣に変えてしまう化け物なのです。ですので今は寄生元である頑丈な樹の特性を加味した太くて長くて数の多い樹状の触手を扱う怪物に成り果てています。おまけにローパー族は急所である目玉を攻撃しても、すぐに引っ込めてしまい損傷した部分も素早く回復してしまいます。正直かなり厄介ですね……」
「聞いてるだけで眩暈がしてきそうですけど、とにかく戦ってみるしかないですね。行ってきます!」
僕は早速ウッド・ローパーに向かって走り出した。動物の様に激しく動く植物なんて見た事がないのだからあれこれ考えたって仕方がない。割り切った僕はウッド・ローパーの触手……枝に当たる部分を切断する為に上へ大きく飛び上がる。
ウッド・ローパーは神殿の石柱のように太い触手をピンっと伸ばして空中にいる僕に向かって突きを放つ。その突きに対して空中で体を捻って回避し、触手の上をゴロゴロと転がった僕は起き上がってすぐに触手の根元部分まで駆け上がる。
「ふぅ……危ない危ない。だけど、根元から切断してしまえば向こうの手数は減るはずだ。出でよ、アイス・スライス!」
僕は恐竜種タナトスの尻尾を切断した時と同じ氷の斧を作り出す。薄くて切れ味が強く、サイズも大きいアイス・スライスならきっと太い触手も切断できるはずだ。
僕が氷の斧を振り下ろすと触手はほとんど音を立てず狙い通りにスパッと根元から切断する事が出来た。
「よし! この調子で10本、20本と触手を切断していけばウッド・ローパーは何も出来なくなるはずだ!」
切断されて地面へと落ちていく触手を高い位置から眺めていると地面に落ちた触手は自らブルブルと震えだし、少しずつ本体へと近づいていく。すると次の瞬間、粘土のように融合してしまった。
そして面倒なことはそれだけはなかった。僕が切り落とした触手の切断面が沸騰でもしているかのようにグツグツと泡を出し始め、そこからゆっくりと触手が再生し始めてしまったのだ。
吸収による再生を使いこなす敵をどうやって倒し切ればいいんだ……と困惑していると地上にいるソルさんが大声で僕に指示を送る。
「グラッジ様! このローパー族は規模が大きすぎて切断系の攻撃では引っ付く速度を上回れません! 再生が出来なくなるまで肉体そのものの破壊を繰り返すしかないと思われます」
くっ付いてしまうという特性は厄介だけど再生量に限界があるのは有難い。僕達の体力が勝つか、ウッド・ローパーの細胞が勝つかの我慢比べだ。僕は一気に広範囲を破壊すべく再び
右手に火の槍、左手に氷の槍を構えた僕は大きく深呼吸をしたあとウッド・ローパーの中心部分とも言うべき大目玉に向かって2本の槍を投げた。
「一気に吹き飛べ、
2本の槍は斜め下にある大目玉の前で衝突すると離れた位置にいる僕の体を大きく浮かすほどに大規模な爆発を起こす。
飛び散ったウッド・ローパーの破片が空中にいる僕の体に何度もぶつかるのを我慢しながら頑張って中心部分を見つめる。すると上半分がごっそりと無くなったウッド・ローパーの本体がそこにはあった。
「よし! 僕らの勝ちだ!」
僕は落下しながら風の短剣を生成し、自分の真下へと投げてふんわりと地面へ落下する。平原には上半分が無くなったウッド・ローパーがピクピクと体を震わせて何も出来なくなっていた。
2度の
「グラッジ様! 後ろです!」
慌てて後ろを振り向くと下半分だけが残ったウッド・ローパーの体表から大目玉が現れた。ウッド・ローパーは大目玉を光らせると飛び散った破片全てを浮かせて自身の体へ集め始めてしまう。
「そ、そんな……
ウッド・ローパーの破片がまるで渦の中心に集まるようにとめどなく吸い込まれるのを見つめながら僕は絶望を呟くことしかできなかった。