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第174話 師匠と憧れ




 南側の魔獣をひたすら狩り続け、ざっと数えても僕だけで1500匹以上の魔獣をやっつけただろうか。


 普段ならスタミナも半分以上枯渇していたと思うけど今は魔力循環の修行を終えて、より効率的に戦えるようになった。加えて後方からとめどなく補助魔術と回復魔術が飛んでくるから、かなり疲れが少なく感じる。


 近くで戦っている兵士やハンター達も順調に魔獣を減らしているし、戦闘職ではない民衆も弓で的確に援護してくれている。


 イグノーラは昔から魔獣に襲われてきたという経歴があるせいで僕が生まれる前から民衆は学校や家庭で弓だけは必修する決まりとなっている、それは力の弱い幼い子供や女性でも同様だ。


 これは父グラハム王が決めた政策で『魔獣と直接戦う力や勇気が持てない者でもイグノーラの力になりたいと思う者がいるはずだ』という考えから生まれたものだ。現在、気を失っている父さんが間接的に一緒に戦ってくれているようで凄く嬉しい、やっぱり父さんは最高の為政者だ。


 このまま順調に倒し続ければ7万匹の魔獣を退ける事ができるぞ! と期待を持ち始めたタイミングで東側から兵士がやってきて戦況報告をはじめる。


「グラッジ様、ご報告があります! 現在、死の扇動クーレオンの影響で遅れてやってきた大型魔獣3体が東、北、西の城壁を攻めてきました。特に西側の勢力は城壁に近く、ソル兵士長の一団が応戦してもなお苦戦しているのが現状です。どうか助けに来ていただけますでしょうか?」


 ソル兵士長の力を以てしても苦戦する魔獣なんて相当危険そうだ。僕が駆け付けてどうにかなるのか心配ではあるけれど直ぐに西側へ応援に行く事にしよう。




 リリスさんのアイ・テレポートで西側へ到達すると、そこにはガーランド団の船よりも大きな人型のゴーレムが城壁に向かって突進を繰り返していた。


 自然金できているのかと思わされる程に眩しいゴーレムの体は、かなりの幅があるにも関わらず4頭身ほどのサイズ感で異様に手足も胴体も頭もずんぐりむっくりで頑丈そうだ。


 実際にゴーレムは兵士達の魔術と矢をものともせずに分厚く頑丈な城壁を頭突きの突進で少しずつ削っている。


 このままでは城壁に穴を開けられて街の中への侵入ルートを作らせてしまう。一刻も早くゴーレムを倒さなければ……僕はゴーレムに向かって走りながら虹ノ一閃にじのいっせんに風の剣を差し、刀身に魔力を溜めて鎌穿れんせんを放つ構えを取る。


 すると僕の斜め後ろからソル兵士長が走り寄ってきた。そして僕と同様に剣を鞘に納めて、笑いながら語り掛ける。


「まさか、グラッジ様が私の技をお使いになるとは……鎌穿れんせんは元々、私が幼い頃に文献で見たグラド様に憧れて真似た技なのです。孫のグラッジ様に使ってもらえると嬉しいような、むずがゆいような気分ですね」


「……そうだったのですか。実は僕も5歳頃にソルさんが使っているのを拝見し、見様見真似で練習を続けたんですよ。きっとソルさんと比べるとまだまだ未完成だと思いますから、ご教授願います」


「ふっ……剣が好きな男っていうのはやっぱり抜刀術に憧れるものなのですかね。では、2人でありったけの鎌穿れんせんを巨大ゴーレムの頭部に叩き込みましょう。いきますよ!」


 そして、僕とソルさんは寸分たがわぬタイミングで跳び上がる。動きの鈍いゴーレムは僕達が顔の前まで上がってきたところで、ようやく視線をこちらに向ける。僕らは空中で同時に深呼吸し、豪風の刃をクロスさせる。



「「鎌穿れんせん!」」



 2つの風刃がゴーレムの額に直撃すると、ゴーレムは大地を揺さぶるような重低音の声をあげて頭を揺らす。ゴーレムの額には僕達が付けた2筋の傷が深々と残っている。


 しかし、地面を抉りながら進むソル兵士長の鎌穿れんせんを以てしても頭部を完全破壊できていない。相当頑丈なゴーレムだ。こんな規模の大型魔獣が東側や北側にもいるかと思うと頭が痛くなる。


 このゴーレムを動かなくなるまで破壊するにはどうすればいいのだろうか。頭を抱えているとゴーレムは何故か突然体を反転させ、城壁から離れて雑魚魔獣が群がっている場所に向かって突進を始めた。


 雑魚魔獣はいきなり味方から敵に変わったゴーレムに悲鳴をあげながら、ばったばったと倒されている。巨大なゴーレムが1回腕を振り回すだけで10匹以上の魔獣が倒れていくのは圧巻だ。気が付けば300匹を超える魔獣がゴーレムに倒されていた。


 何故ゴーレムが魔獣を襲い始めたのか分からない。僕が困惑しているとソルさんが1つの仮説を立てる。


「ゴーレム系は岩人形や泥人形とも言われています。古代文明では人の手によって操られていた痕跡があるものもいるらしいです。私とグラッジ様がゴーレムの額に衝撃を加えたことで死の扇動クーレオンの指令が不具合を起こし、行動基準が反転したのかもしれませんね」


「だとしたら僕達は運が良いですね。ですが、あれ程の強さを持つ敵が北や東にもいると考えると厳しい戦いになりそうです。次の戦いでも今回みたいなラッキーが起きるとは限りませんし」


「……グラッジ様、その事で提案があります。次に戦うであろう大型魔獣の為に今ここで双蒸撃そうじょうげきを修得しませんか?」


 まさかソルさんからそんな提案をされるとは思わなかった。確かに双蒸撃そうじょうげきを使えればゴーレムのような高耐久の魔獣にも大ダメージを与えられるかもしれない。けれど、正直厳しいと思う。


「覚えられればベストですけど修得方法を書いた紙は現在ガラルドさんが預かっているんです。それに昔から双蒸撃そうじょうげきの存在を知っていた僕はこっそり練習していた時期もあったんですけど全然感覚を掴めませんでした」


「大丈夫です、私に考えがあります。というのもグラハム王が子供の頃に聞いた双蒸撃そうじょうげきのコツを口答で伝えるだけになるのですが……。私を含む普通の人間には火属性と水属性を同時に使う素質はないのでグラッジ様しか修得できません。ここから北側へ走っている間に練習しましょう!」


「ええっ? 走りながら練習するんですか?」


「大丈夫です、グラッジ様ならきっと出来ます。それじゃあ行きますよ!」


 半ば強引にソルさんによる双蒸撃そうじょうげきレッスンが始まってしまった。西側エリアはとりあえずリリスさんに任せてゴーレムに異変が起きたら瞬間移動で伝えに来てもらうように伝えた。


 子供の頃に練習していて全く手ごたえが掴めなかった双蒸撃そうじょうげきを北側エリアへ走る短時間の間に修得する事が本当に出来るのだろうか? 不安と焦りを集中力で蓋して、僕とソルさんは北側へと走る。





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