目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第173話 開戦




「ザキール! お前のスキルがどんなものかが分かったぞ。それに襲撃させられる魔獣の限界数もな!」


「な、何だと? で、でたらめを言うな!」


 全知のモノクルで得た情報を精一杯利用してザキールを揺さぶり、兵士と民衆の士気を取り戻す作戦はひとまず効果が出そうだ。ザキールはあからさまに動揺している。


 兵士と民衆はまだ状況が飲み込めていないようだから皆に理解してもらえるように分かりやすくスキルの事をバラしてやった。


「ザキールが使う魔獣を使役するスキル死の扇動クーレオンは魔獣の体に複雑な紋章をザキール自身の爪で刻んでいなければ命令を送れないのだろ? つまり、準備自体に相当な手間がかかるはずだ。そんな能力だからこそ1陣目で全戦力を投入してくるはず。そうやって数の圧力で一気にイグノーラを攻めて圧勝しないと魔獣群そのものが大打撃をなってしまうからな」


「う、うるさい! スキルの詳細はともかく、規模に関しては貴様の予想にすぎないだろうが!」


 ザキールの声は裏返っている、どうやら図星のようだ。ここで更に言い負かして一気に流れを取り戻してやる。その為に僕は言葉を続ける。


「ザキールの言う通り、死の山に紋章を刻み込んだ魔獣のストックがあったとしよう。だが追加で差し向けようにも死の扇動クーレオンの射程は然程長くないからイグノーラと死の山を往復しなければいけないだろ? 僕はお前がわざわざ戦力を2陣、3陣に分割して各個撃破を許すような馬鹿な魔人には見えないぞ? いいかげんハッタリはやめたらどうだ?」


「グッ、クソ!」


 悔しがるザキールを見た兵士と民衆は「今、イグノーラ周辺にいるザキールの魔獣を倒し切れば勝てるのでは?」「終わりが見えるなら頑張れるぞ!」と一気に士気を取り戻しはじめた。


 カンカンと武器を鳴らし、雄叫びをあげた兵士は一斉に魔獣の討伐へと走り出した。民衆も兵士に影響されて少しずつ動き始めている、ここまでは順調すぎるぐらい順調だ。僕はザキールをもっと動揺させる為、最後にホラを吹くことにした。


「肩に当てた光で分かったのは死の扇動クーレオンの事だけじゃないぞ? ザキールの魔力と魔量、そして、残り2つのスキルについても僕達は情報を得た。それらを加味したうえで宣言してやる、この戦い僕達の勝ちだ!」




――――ワアアアアァァァァァ――――




 僕がザキールのスキル3種を全て理解したという嘘つき、勝利宣言をした瞬間、残った民衆は耳が割れんばかりの歓声をあげた。流れは完全にイグノーラ側だ。続々と走り出す兵士と民衆を見つめるザキールは手を震わせ、僕を睨みながら叫ぶ。


「上等だクソガキィィ! 貴様らなんぞ、手持ち7万の駒だけで充分なんだよォォ! 元々これだけの数がいれば十分だと計算したうえで魔獣に紋章を刻み、貯めておいたんだからな! ガーランド団の人間が多少加わったところで問題は無い! 俺様の魔獣群でイグノーラを荒野に変えてやるわァァ!」


 ザキールはやけくそになったのかとうとう総数まで暴露してくれた。勝つ自信があるから数を言った可能性もあると思うけど総数が分かればよりゴールが明確になる。気力も湧いてくるし、ペース配分もしやすくなるだろう。


 ザキールが眉間に深い皺を刻んだまま父さんを連れてずっと上空へと離れていくのを見届けた後、早速ソル兵士長が各部隊長に指示を飛ばし、本格的な大戦が始まった。


 僕は1匹でも多くの魔獣を狩るべく、まずは1番魔獣が多くいるイグノーラ南門の方へリリスさんと一緒に瞬間移動した。南門を1歩出ると、そこには視界を埋め尽くさんばかりの魔獣の大群がこちらを睨んでいた。


 今まで生きてきて、これ程大量の視線を浴びた事は無いけれど不思議と気持ちは落ち着いている。僕は門番の兵士に門をしっかり守るように指示を出し、氷の剣を構える。


「僕が魔獣の群れの中心に突っ込みます。皆さんは門を破られないようにしっかり守っていてくださいね」


 大きく深呼吸をして、視線を再び魔獣群に向ける。すると突然僕の体が白色や黄色の光に包まれた。


 僕は訳が分からず一瞬困惑したが、後ろから声を掛けてきた兵士が光の正体を教えてくれた。


「補助魔術の得意な兵士や民がグラッジ様に補助魔術を掛けさせていただきました。私達はずっとグラッジ様に刃を向けることが辛く、今ようやく応援するが出来て嬉しく思います。今更都合が良いと思われるかもしれませんが、どうか思う存分暴れてきてください!」


 遅れて肉体が強くなった実感が湧いてきた。確かに体の奥底から力がこみ上げてくるし、体も軽く感じる。ずっとお爺ちゃんと僕の2人だけで生きてきたから補助魔術なんて受けた事が無くて分からなかったけど、こんなにも心強いものだったんだ。


 それは物理的に強くなる点もそうだけど、それ以上に応援されているという事実が最高に闘志を燃やしてくれる。イグノーラ王の息子として生まれ、魔獣寄せを持ち、小さい頃から良くも悪くも注目されてきた僕にとって大衆の視線は恐いものでしかなかった。


 だけど、今日をもって認識を改める事になりそうだ。勝手に上がりだす口角に自分自身とまどいつつ、僕は「行ってきます」と呟き、魔獣の群れへと飛び込んだ。



 僕を最初に襲いに来た魔獣は食人樹しょくじんじゅの群れだった。僕は風を起こして食人樹の遥か上へと飛び上がるとゼロさんの様に細い針を地属性魔術で大量に作りだして、その全てに高熱を込めた。


「樹ならよく燃えるよね! 纏めて焼き尽くしてやる……フレイム・ニードル!」


 赤く染まった針が広範囲の食人樹の表皮に突き刺さると、僕の狙い通り勢いよく発火が始まった。その火は隣接する食人樹へと燃え移る。食人樹が転がって体の火を消す暇も与えず、あっという間に200匹以上いた食人樹を全焼させることに成功した。


 思った以上に上手くいった作戦に喜んでいると、その様子を見た兵士達は一斉に歓声をあげる。息切れが収まったリリスさんも肩を回しながら「私も久々に大暴れしますよ!」と気合を入れている。


 南側の戦況は極めて順調だ、このまま上手くいってくれますようにと祈りながら僕は戦いを続ける。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?