目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第170話 王の覚悟




「父上もシルバーさんもまずはお爺ちゃんが残した手紙を読んでみてください。そこに死の山の現状と僕達人類を脅かす存在『魔人』について書かれています」


 僕が手紙を父さんに渡すとお父さんは皆に聞こえるように手紙を読み上げ始めた。父さんが生まれる前のこと、かつての仲間や家族のこと、魔人のこと、死の山の魔獣集落のこと、青い魔人のこと等々、僕とリリスさんで補足しつつ、手紙から得た情報を全て伝え終えるとシルバーさんも父さんも唇を噛んで涙を必死に堪えていた。


 そして、父さんは情報を頭で整理しながら手紙を発見した後の事を僕に尋ねる。


「手紙を見つけて小屋から出た後、グラッジ達11人はどうして別れたのだ?」


「実は小屋のある洞窟を出た後、僕達は青の魔人ことザキールに出会いまして、そして――――」


 そこからはザキールとの戦闘、アスタロトの出現、死の扇動クーレオンの存在、それからカリギュラであったことも全て伝えた。あと伝えていないのは父さんがスキル魔獣寄せを覚醒したことだけだ。僕は動悸と口の渇きを感じながら父さんに事実を伝える。


「父上、非常に言い辛いのですが、先程話した全知のモノクルというアーティファクトをシルバーさんが所持していまして父上のことを勝手に調べさせてもらいました。そして、魔人の計らいと昨今のイグノーラへの魔獣襲撃に繋がる情報を手にしてしまいました。それは父上に『魔獣寄せ』が発現しているというものでした」


「な、なん……だと?」


 父さんは手に持っていた手紙をはらりと床に落とし、唖然としていた。横にいたソル兵士長はすぐに「でたらめを言うな!」と僕達を怒鳴ったがシルバーさんはすぐに懐から全知のモノクルを取り出して照射し、事実だと証明してくれた。


 胸を抑えて呼吸が荒くなる父さんに死の扇動クーレオンと魔獣寄せの相乗効果を告げるのは非常に心苦しかったけど伝えない訳にもいかない。僕はザキールが死の扇動クーレオンを父さんの魔獣寄せと重ねるように利用している事を伝えた。


 もしかしたら8年前に父さんが僕に『魔獣寄せ』を持っている事実を伝えた時、幼い僕は今の父さんと同じ顔をしていたのかもしれない。そんなことを考えていると父さんは上を向いて大きな溜息を吐き、僕達にこれからの事を告げる。


「まさか、この歳になって魔獣寄せを発現するとはな。父グラドを恨み、息子と離れ離れにさせられた憎き力が私自身に牙を剥くとは思わなかった。もう、打てる手は1つしかない……私は自害する」


「えっ……」


 突然の宣言に驚きすぎて、声を失い心臓が跳ね上がるのを感じた。するとソル兵士長がすぐさま反対の声をあげる。


「何をおっしゃいますグラハム王! 貴方はイグノーラの象徴であり希望です。そんな大事な存在をみすみす死なせるわけにはいきません。何か別の対策を打ちましょう」


「私だけイグノーラから離れることも考えたが魔人ザキールが死の扇動クーレオンを発動してから随分と時間が経っているのだろう? ならば広範囲に及ぶ魔獣寄せに引っ掛からないほど遠くまで離れるのも厳しかろう。もしかしたらグラッジや父グラドよりも更に範囲が広い可能性だってあるのだからな」


「で、ですが、逆の可能性だってあり得ます。グラッジ様より魔獣を引き寄せる力が強いのならば逆に範囲は狭くなっている可能性も高いと思えませんか? とにかく命を絶つことだけはお止めください」


 ソル兵士長は声を震わせて説得していた。それだけ父さんのことを慕ってくれているのだろう。だけど父さんは首を横に振ってソル兵士長の肩に手を置いた。


「聞いてくれソル、そして配下たちよ。きっと私が魔獣寄せを覚醒したのは天からの罰なのだ。息子を見捨てた挙句に殺そうとし、憎んでいた父グラドがグラッジを連れて行くと言ったらすぐに引き渡す薄情な人間だ。家族は勿論、民からも慕われるような人間ではない。後の事はソル兵士長達に任せる。お前達で新たなイグノーラを作り上げてくれ」


「だ、駄目です、グラハム王ぉぉ!」


 とうとうソル兵士長は涙を流して声を荒げた。しかし、父さんにもう迷いは無いようだ。父さんが壁に立て掛けてある剣を手に取ろうとしているが誰も止められる者はいなかった。


 全員が死んで欲しくないとは思っているものの、父さんが居なくなれば寄ってくる魔獣の数が減少することを分かっているからだ。


 だが、それではあまりに父さんが不憫すぎる……。最後の最後までどうにかできる方法は無いか探ってみせる。今の僕が六心献華ろくしんけんかの修得を妨害したサーシャさんと同じような状況になっているのは皮肉だが絶対に助けなければ。僕は剣を掴んだ父に向かって走り出す。すると僕たちの動きを止めるように広場の方から突然民衆の大きなざわめきが聞こえてきた。


「イグノーラ城に北の戦士とグラッジが侵入したのが見えたぞぉ!」


「王様ぁぁ! 逆賊に気を付けてください!」


「グラハム王よ! 今日こそグラッジの抹殺を!」


 他にも聞き取れない数の民衆の叫びが僕達の耳に飛び込んできた。どうやらアイ・テレポートで乗り込んだ僕とリリスさん、そして城門から強引に侵入したシルバーさん達の姿を民衆が見かけて声をあげているようだ。


 この声を聞いた父さんは一旦、剣を手に取るのを止めて「死ぬ前に民へ説明を果たさねばいけないか……」と呟き、民衆の前に出るべくバルコニーの方へ歩き出した。


 暴れ出す1歩手前ぐらいまで騒いでいる民衆を止めるには父さんが出るしかないのかもしれないが説明を終えたら父さんは直ぐにでも自害してしまいそうだ。どうすればいいのか迷っているとソル兵士長が突然僕に全身鎧を渡してこう言った。


「グラッジ様、ひとまず王の話を聞きにバルコニーへ行きましょう。ですが、グラッジ様と仲間達の姿が民衆の目に入ると暴動が起きかねません。とりあえず全員が全身鎧を着て護衛のフリをしてください」


「……分かりました、お借りします」


 ソル兵士長の指示に従い僕達は父さんと一緒にバルコニーへ行った。父さんがバルコニーに姿を現わすとさっきまで騒いでいた民衆が一気に静かになり、父さんの事を見つめている。


 そして、父さんは広場に集まった民衆をぐるりと見渡した後、イグノーラの現状について話し始めた。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?