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第168話 マジックパサー




 死の扇動クーレオンを使い続けるザキールに対し、せめて少しでも妨害しなければと考えた俺は距離の関係で威力が下がってしまうのを覚悟のうえで、上空にいるザキールへサンド・ホイールを飛ばした。


 結果は俺の予想通りでザキールは蹴りで難なくサンド・ホイールをかき消してしまった。そして、奴は俺を見て、嘲笑いながら諦めるよう促す。


「無駄無駄ァ! 飛べない貴様らがいくら遠距離技を放ってこようがまともにダメージは通らねぇよ。仮に上へあがってきて空中戦を挑んできても羽の無い貴様らでは手も足も出ないぜ。大人しく指を咥えて地上から眺めてやがれ!」


 悔しいがザキールの言う通りだ。俺達に出来る事はもう、ここで出来るだけ魔獣を食い止める事だけなのだろうか? 死の山の入口へ迫ってくる第一陣の飛行型魔獣はあと30秒もしない内に俺達のところへ着きそうだ。


 そうなるとグラハム王と同じく魔獣寄せを持つグラッジに釣られて飛行型魔獣は襲い掛かってくるだろう。俺は棍を構えて、皆に指示を出す。


「飛行型魔獣の第一陣が来るぞ、俺達がここで出来るだけ倒して、イグノーラを援護するんだ!」


 迫りくる魔獣に仲間達も各々武器を構えた。しかし、俺の予想とは裏腹に飛行型魔獣達は真上を素通りしてイグノーラの方へと飛んでいった。何故、魔獣寄せを持つグラッジに寄ってこないんだ? と困惑しているとザキールが高笑いをしながら答える。


「ハッハッハッ、おめでたい奴らだな。貴様らはおかしいとは思わなかったのか? 何故グラッジやグラドがイグノーラ周辺に居る居ないにかかわらず、ここ1、2年の間イグノーラが集中的に襲われ続けたのかを」


 元々はグラドがグラッジと別れる少し前にイグノーラがよく襲われるようになり、原因を調べる為にグラドが死の山へ調査に行ったのが始まりだ。グラッジが離れた位置にあるカリギュラにいる間も、むしろイグノーラの魔獣被害は増えていた。


 この2つの情報から推測するに恐らくグラハム王の魔獣寄せはグラドやグラッジよりも強いものと考えられる。


 1つの仮説を立ててみよう。グラドとグラッジが2人でいた頃もイグノーラはよく襲われていて、なおかつグラドとグラッジ当人達もある程度襲われていた場合、割合で言えば寄ってくる魔獣の多くがグラハム王のいるイグノーラへ行き、残りがグラドとグラッジに襲い掛かっていたと考えられないだろうか?


 もし、俺の仮説が正しければグラドが亡くなったタイミングからイグノーラへ来る魔獣の数が更に増え、グラッジがイグノーラ周辺からカリギュラへ行ったタイミングでもイグノーラを襲う魔獣が増えたはずだ。


 何故ならグラドとグラッジに寄せられていた魔獣の行き先がグラハム一択になったのだから。


 だとしたら非常にマズい。グラハム王はグラドとグラッジを超える魔獣寄せが発現してしまったうえに、今はザキールの死の扇動クーレオンという追い風まであってグラッジには見向きもしない始末だ。


 だから俺達がやらなければいけないことはここで魔獣を止める事ではない、イグノーラへ向かって防衛を手伝う事だ。


 俺は仮説を全員に伝えた後、指示を出した。


「みんな! 今すぐ全力でイグノーラへ戻るぞ! このままではイグノーラが危ない。1秒でも早く魔獣の大群が来ることをイグノーラ軍へ教えるんだ!」


 すると、それを聞いていたザキールは再び笑いながら否定してきた。


「フッハッハ、死の山からイグノーラは確かに近いが、それでも人間の足と体力では全力で走っても1日はかかるぞ? その間にも俺様の優秀な魔獣達は貴様らの半分の時間で到着するだろうな。貴様らは何もかも遅すぎたんだよ、ギャハハハ」


 ザキールの不快な高笑いに耳を傾けている場合じゃない。可能性は低くても今は全力でイグノーラに向かわなければならない。俺は早速足先を南に向ける。しかし、グラッジが「待ってください皆さん!」と俺達を制止する。


「僕に考えがあります! イグノーラを襲う魔獣の意識を逸らす作戦が。上手くいくかは分かりませんが……。その作戦を成功させるにはリリスさんの力が必要です」


 そう言ってグラッジはリリスを見つめた。俺が「どういうことだ?」と尋ねるとグラッジは説明を始める。


「作戦と言えるほど立派なものじゃないかもしれませんが、まず僕とリリスさんだけがアイ・テレポートを使って素早くイグノーラへ行きます。そして、お父さんに状況を全て伝えてイグノーラから離れさせます。平原に出てしまうと城壁や大砲などがないので父は危険になりますが、そこは僕が守りますし兵士の協力も求めてみます」


「迫りくる魔獣群を見ればグラッジの言葉も信じてくれるかもしれないな。よし、グラッジの作戦で行こう。連続でアイ・テレポートを使うリリスの負担が厳しくなって申し訳ないが、頑張ってくれリリス」


「はい! 私に任せてください。必ず高速でグラッジさんをイグノーラまで運んでみせます」


 そして、リリスとグラッジは互いに頷き合い、アイ・テレポートの準備を始めた。どうやらグラッジが虹の芸術レインボーアーツで暴風を生み出し、2人の体を出来るだけ高い位置に上げてからリリスが遠くの地面を見下ろしてアイ・テレポートで飛ぶ算段のようだ。


 早速2人は風で真上へ飛び上がってアイ・テレポートでイグノーラの方向へ飛んでいった。この移動方法なら数時間でイグノーラへ戻れるかもしれない。


 俺達が話し合いをしたり、グラッジ達が瞬間移動をしている間、ザキールは怪訝な表情でこちらを見つめていた。だが、とうとう我慢できなくなったのか何をしているのか尋ねてきた。


「おい、ガラルド、何を企んでいるんだ? 上空へ登ってから瞬間移動したグラッジとリリスは何処に行ったんだ?」


「さぁ? どこだろうな? 気になるなら死の扇動クーレオンを中断して探しに行ったらどうだ?」


「ふざけやがって……まぁいい、どっちみちイグノーラが滅びる運命には変わりない。いくらでもあがけばいい」


 そう言ってザキールは意識を死の扇動クーレオンに戻し、再び視線を死の山側へ向けた。現状、奴の最優先行動は魔獣の誘導だから恐らくもう俺達を襲ってくることは無いだろう。リリスとグラッジがいなくなり9人となった俺達は早速イグノーラに向けて走り出した。





 死の山の入口を抜けて平原に出るとパープルズが突然足を止めた。俺が「どうしたんだ?」と尋ねるとフレイムが提案を持ち掛ける。


「ガラルド君、サーシャ、君達だけで先にイグノーラへ行くんだ。僕達を置いて黒猫を全力で走らせればガラルド君とサーシャだけは到着時間を大幅に減らす事が出来るはずだ」


 確かに黒猫サクに跨って移動すれば早く到着できるだろう。しかし、既に消耗しているサーシャの体力と魔力がイグノーラまで持つのだろうか? 不安になっていると何故かフレイムとブレイズが俺の手を握り、アクアとレインがサーシャの手を握った。


 一体何をするつもりだと眺めているとパープルズの4人は手に魔力を溜めて、俺達の体へ送り込んできた。傷を治す治療魔術ヒールや黒猫のアクセラとはまた違う、魔量を回復させるような技に驚いていると、フレイムがこの技が何かを教えてくれた。


「この技はカリギュラで魔力循環の修行中に内緒でゼロさんに教えてもらったマジックパサーという技だよ。僕達はガラルド君達と比べると遥かに弱いし、色堅シキケンもまだ修得出来ていない。そんな僕達でもガラルド君達の役に立てる方法はないかとゼロさんに相談して教えてもらったんだ。やっと僕達も役にたてる時がきたよ。僕達の力を燃料に頑張ってきておくれ」


 そして手を握られてから5分ほど経ち、俺とサーシャの魔量がみるみる回復してきたと同時にパープルズの4人は顔を真っ青にして膝を着いた。フレイムは苦笑いを浮かべながらボヤく。


「ハァハァ……マジックパサーは皮肉にも天地の秤はかりと同じく送れる魔量の効率が悪いんだ。だから君達を全快させるには程遠い。だけど、少しは回復できたはずだ。こんなもんじゃまだまだ君達に借りを返せていないからイグノーラを救い終わった後、恩返しの続きをさせてくれ」


 サーシャはどうか分からないが少なくとも俺は過去の事なんかとっくに水に流してもいいぐらいパープルズの事を認めているつもりだ。それでも彼らは今も必死に罪を償おうと努力している。


 立つこともできないぐらいに頑張って魔力を送ってくれた彼らの分まで必ず働いてみせる。俺はフレイムとブレイズの肩をポンポンと叩き、お礼を伝える。


「イグノーラの危機を絶対に何とかしてくる。その時はパープルズの名も歴史書に載るかもな。本当にありがとよ、行ってくる」


 彼らの思いを漲る魔力で実感しながら俺とサーシャは黒猫サクに乗ってイグノーラへ出発した。





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