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第162話 人間VS魔人




 ザキールの怒りが完全に俺に向いている今、より確実にヘイトを稼ぐにはどうすればいいかと考えていると俺の頭にシンプルな回答が降りてきた。


 ザキールは魔人というだけあって半分人間・半分魔獣のような存在だ。言い換えれば過去に俺がハイオークやガルムなどの魔獣相手に使ってきたヘイト系の魔術が効きやすいかもしれない。ましてやザキールは魔獣以上に頭へ血が昇りやすい奴だ。


 俺はサンド・ラッシュを維持したまま、ザキールに聞こえないぐらいの小声で魔術を唱える。


「ヘイト・エンチャント付与……ナックル!」


 俺の拳にヘイト魔術特有の薄い赤色のオーラが宿った。このオーラがザキールの目に留まり勘づかれてしまえば却って冷静にさせてしまうかもしれないと危惧したが、既に相当頭に血が昇っていたザキールには不要な心配だった。


 俺はヘイトオーラを纏った拳をザキールの肩に叩き込んだ。最初の1撃は上手く入ったが続く2発目3発目はザキールの右肘に弾かれてしまう。そして、ザキールは片腕だけとは思えない高速の連続突きを放ってきた。


「ぐっ、片腕で俺の両手と同じ手数かよ……」


 俺はなんとか致命傷を避けながら拳を放ち続けた。互いの拳が弾かれる音と鈍くめり込む音が鳴り響く。被弾数は俺の方が僅かに少ないが頑丈なザキールの体に中々大きなダメージを与えられない……短くも厳しい時間が続く。


 だが、攻撃をガードされたとしてもザキールが生身で戦っている以上、着実にヘイトは蓄積しているはずだ。俺は一旦距離を取ってザキールを手招きしてみせた。


「ここだと他の魔獣がうるせぇだろ? こっちで1対1の殴り合いをしようぜ。ザキール」


「アァン? 随分と余裕じゃねぇかハンター風情がよぉ? いいだろう、お前の挑発に乗ってやる!」


 作戦成功だ! 俺はザキールと一緒に坂道を登り、少し高い位置にある100メード程離れた岩場へ立った。ここから見る限りどうやら下側にいるグラッジはサーシャの忌み黒猫のブラック 拒絶リジェクションズとリリスの回復魔術ヒールによって順調に回復しているようだ。


 グラッジが回復しきるまでもう少し時間を稼ぎたいところだ。俺は消耗を避ける為にレックとの戦いで使った撹乱かくらんの技を使う事にした。


「旋回しろ、リトル・トルネード!」


 小さな砂の竜巻をザキールの周囲に10個旋回させる。俺は竜巻の外側へ移動し、ザキールの視界から姿を消した。ザキールはこの技が初見だ。360度どこから攻撃が来るか分からないから困惑して時間を消費するはずだ。


 俺の予想通りザキールの動きが止まり、キョロキョロと首を動かしている様子が浮遊する砂の一粒一粒から感じ取れる。本来ならここで背後から強襲を掛けるところだが、今は時間を稼ぐのが目的だ。俺は攻撃せずに竜巻の外で待機し続けた。


「オイッ! ガラルド! 殴り合いをするんじゃねぇのか! とっとと出てこい!」


 案の定ザキールはイラついているようだ。順調に時間が流れる中、ザキールが竜巻包囲網の中心で右腕を天高く上げた。何をしてくるつもりなんだ? と警戒しているとザキールは右手に魔力を集中させて地面を殴った。


「鬱陶しい竜巻だぜ、纏めてフッ飛ばしてやるよォ! エクスプロージョン!」


 地面と拳がぶつかると同時に中心から爆熱と閃光が溢れ出した。あまりの威力に俺の生み出した竜巻は一瞬で消し飛ばされてしまい、俺の体も大きく吹き飛ばされてしまった。咄嗟に両腕を交差させてガードしたものの、あまりの熱量に腕が火傷している。


「ちくしょう……馬鹿げた威力だぜ……ん? ザキールはどこに?」


 吹き飛ばされた瞬間に目を閉じてしまった俺はザキールを見失ってしまった。尻もちをついた状態で慌てて前後左右を確認するがザキールの姿が見当たらない。もしかしたらグラッジの方へ行ってしまったのかと思い、坂の下にいるグラッジ達を見つめたがそこにもいない。


 だが、グラッジ達は食い入るように俺の方を見ている……いや、正確には俺の真上を見ているような気がする。その違和感に気付いた瞬間、リリスが大声で叫ぶ。


「上です! ガラルドさん!」


 尻もちをついたまま慌てて上を見た俺だったが少し遅かった。上から降ってきたザキールが「くたばれ!」と吐き捨てながら俺の胸に飛び蹴りを放ってきやがった。


「うぐぁぁっ!」


 脳が揺れ、肺から空気が抜け、一瞬意識が飛びそうになるほどの重たい衝撃が俺の胸にめり込む。そのまま俺の上半身は鞭を打つように地面へと叩きつけられた。


 地面に後頭部を叩きつけられて再び意識を失いそうになった俺は掌を地面に押し当て、慌てて起き上がろうとしたが何故か起き上がることができない。体が麻痺したのかと思ったが、そうではなかった。なんとザキールが馬乗りになっていたのだ。


「これでもう、貴様は動けない。殴り放題だなァァッ!」


 完全にキレているザキールはそのまま姿勢で俺を何度も何度も殴りつけてきた。馬乗りになったザキールをどうにかして振りほどきたいが動作の要である腰を完璧に抑えられてしまっては力が入らない。


 俺は抑えつけられた家畜の如く手足をばたつかせることしか出来なかった。


「オラァ! オラァ! さっさと泣いて許しをこきやがれ、ギャハハハハ!」


 狂気をはらんだザキールの目はもはや人の域をはみ出していた。顔、肩、腹、胸、どこに撃ってくるのか分からない拳撃に当てずっぽうのガードで対処するが、まるで効果が無い。


 口の中に広がる血の味と体の痛みに絶望の感情しか湧いてこない。一方、楽しそうに殴り続けるザキールはとどめと言わんばかりに拳を大きく振りかぶり、一点に魔力を込め始めた。


「さぁ、貴様の半身も壊してお揃いにしてやるよォォ! 喰らえやァァ!」


「させません!」


 ザキールの後方から突然声が聞こえてきた。腫れた瞼を精一杯広げて、ザキールの肩越しから後ろを確認すると、そこにはグラッジとリリスの姿があった、アイ・テレポートだ!


虹ノ一閃にじのいっせん……鎌穿れんせん


 ゼロから貰った鞘『虹ノ一閃』に風の剣を挿しこんだグラッジは凄まじい魔力を抜刀と共に解放する。兵士長ソルの動きを真似た業風の刃はザキールに振り返る間も与えず、背中を抉り斬った。


「ギィエエェェッッ!」


 ザキールの断末魔が響き渡り、膝を着く。そして、グラッジは間髪入れず2撃目を振り下ろすが間一髪のところでザキールが羽で防ぐ。


「このクソガキィィ、1対1に茶々入れるんじゃねぇ!」


 ザキールが憤怒の形相で叫んだがグラッジは冷静に言葉を返す。


「同じ数で戦いたいなら、そもそも魔獣を30匹も連れてこなければいいんだ。それにこっちは多くの人間の命を背負っているんだ、手段を選ぶつもりはない」


 そう言い放つグラッジの目は氷の様に冷たい。グラッジと出会ってまだそれほどの月日は経っていないが彼とは本当に色んなことがあった。


 そのほとんどがグラッジにとって辛いものばかりだったと思うが、その経験がグラッジを子供から武人へと変貌させたのだろう。


 グラッジは俺の腕を掴んでゆっくりと体を起こし、下側にいるサーシャとゼロの方を指差す。


「ガラルドさん、回復の為に時間稼ぎをしてくださり本当にありがとうございました。もう、奴から大ダメージを受けるつもりはありません。今度は5人で取り囲んでザキールを倒しましょう!」


 逞しく言い切るグラッジに英雄の影が見えた気がした。





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