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第155話 手紙 その2




「それじゃあ、手紙を読み進めますね」


 吹っ切れて逞しい顔つきになったグラッジがグラドの残した手紙を読み上げ始めた。




――――走馬灯という程、まだ死が近いわけではないが、最近はかつての仲間達のことを度々思い出す。五英雄と呼ばれて民衆から応援されていた頃は、まだ自分が魔獣寄せを持っていることなんて知らなかった。それ故に戦闘ばかりの毎日でも充実してやりがいがあり、楽しく暮らせていたように思う――――


――――『リーファ』『ディザール』『シルフィ』『シリウス・リングウォルド』の4人は元気に暮らしているだろうか。ディザールとは1番付き合いが長いのに最後まで気が合わなかったけれどアイツは知恵も魔術も天才的だ。きっとどこかで大きく名を上げている事だろう――――


――――シルフィは優し過ぎて少し引っ込み思案なところが心配だ。ディザールを仲間としてだけではなく男性としても好きだったと思うからディザールと夫婦になっていればいいのになぁと願っている。しかし、ディザールは堅物で仏頂面で鈍いところがあるから恋愛に発展するのは少し難易度が高そうだ――――


――――シリウスはもう帝国リングウォルドへ帰っただろうか? あいつは俺達に対して『名字も持っていない平民に背中を預けることになるとはな……』などと何かにつけて貴族アピールをする、やかましい奴だった。だから最初は気に食わなかったが『腐った帝国を俺が変えてやる』と息巻くガッツのある男だった。そしてシリウスはとうとう大陸全土を旅した唯一の存在になりやがった。もし帝国に帰っていたらシリウスが革命の寵児となりえるのではないだろうか? あの世からあいつの愛した帝国を眺めるのが楽しみだ――――


 小言が言い合えるぐらい仲が良かったのだろうと推測できる、愛情にあふれた内容だった。各々がどんな経緯で出会い、何があって別れたのは分からないが根っこの部分で繋がっているのを感じる。


 残りのリーファについても同じ様な内容が書かれているかと思ったが、そこだけは3人と異質の内容だった。




――――そして、最後にリーファについて……彼女は優秀な魔術師でありながらも驕ることなく、いつも真面目に修練に励む尊敬できる人間だった。端麗で上品な見た目とは裏腹に年端のいかない妹の様に甘えて懐いてくる姿に最初は困惑したものだが、今となっては懐かしい。そんな彼女が魔獣寄せを発見した後も私についてきてくれた時は本当に嬉しかった――――


――――だからこそ離れ離れになってしまったことが辛い。彼女は私に魔獣寄せがあることが判明し、民衆から石や矢を撃たれた時にも大声をあげて守ってくれた。ディアボロス討伐の1年後に『新たな魔人』が現れた時も彼女だけが一緒に戦ってくれた。イグノーラから逃げ出した時も一緒になってついてきてくれた。だが、そんな優しさを受け続けるのが辛くて私はリーファに「もう、ついてこなくていい」と突き放し、逃げ出してしまった――――


――――その後の事はもう思い出したくはないが、とにかくリーファに謝りたい、本当にすまなかったと。それからの私は今後一生人と関わらずに生きていくと決めたはずだったが魔獣に襲われ続ける毎日に疲れ果てた私は山小屋に住む1人の女性と出会ってしまった。彼女の名は『エトル』といい、たまたま出会った私の話を聞いた彼女は「1人ぼっちにはさせない、何が何でもついていく」と言って聞く耳を持たなかった――――


――――走って逃げればいいとも考えたが相手がハンターや自衛団ならともかく、か弱い一般人であるエトルを人の居ない山奥で1人にしてしまうと離れている最中に私が呼び寄せた魔獣に襲われる可能性もある。そう考えると離れる事が出来なかった――――


――――結果、魔獣寄せがあるからうかつに町へ近づく事も出来なくてエトルとの2人旅が始まり、気が付けば恋に落ちていた。いや、思えば最初から恋していたのかもしれない。孤独に魔獣と戦い続ける日々の中で彼女の優しさはあまりにも眩しかったから――――




 街や人から離れていたはずのグラドがどのように妻子を持つことになったのか気になっていたがこれで合点がいった。エトルという女性の行動力と優しさを見ていると何だか無理やりついてきたリリスとよく似ているなと思えてグラドに少し親近感を覚える。


 そこからは暫くエトルとの楽しかった日々について書かれていた。グラドの孤独な旅にも救いはあったんだなと嬉しい気持ちになっていたのだが、読み上げるグラッジの顔が再び険しいものに変わる。




――――魔獣に襲われつつも楽しい旅を続けていた私とエトルに嬉しい事と悲しい事が同時に訪れた。嬉しい事はエトルのお腹に新たな命が宿った事、そして悲しい事はエトルが先天性の難病プロネスに罹ってしまった事だ。私達は子供の出産とエトルの治療の為に小さな村の医者を尋ねた――――


――――小さな村なら最悪魔獣に襲われても最低限の自衛団も存在するだろうし、守る村民と面積が少ない分、私1人でも頑張れば守りきることができるだろう。それに、ここなら五英雄グラドという存在も知られていない。傭兵という形で村に居座れば短い期間なら大丈夫と考えられるからだ。結果私の狙い通り、村に被害を出させずに子供の出産を終えてエトルの治療も継続することが出来た。おまけに神様は私達に男の子を同時に2人も恵んでくださった――――


――――エトルの難病プロネスは体を動かすと高熱を出してしまうものだった。だが、安静にして薬を継続的に飲んでいれば7,8年で治るものだったらしく私はエトルと子供たちの世話を頑張りつつ、村の傭兵としての務めも順調に続けていた。だが、その平和は長くは続かなかった――――


――――出産から500日程経った頃、家に帰ると突然息子と妻が姿を消していたのだ。部屋には暴れた後と推測できるぐらいに椅子や小物が倒れており、扉も開けっ放しだった。訳の分からない事態に困惑していると隣の家のお爺さんが足から血を流しながら私の家に入ってきて事の顛末を教えてくれた――――


――――「突然グラドさんの家に入ってきた野盗と思わしき男が赤ちゃんを攫っていこうとしたんじゃ。ワシとエトルさんは必死になって止めようとしたがエトルさんは殴り飛ばされて、ワシは足を斬りつけられてしまった。野盗は大声で『英雄を気取った悪魔が人並みに子供を持ってんじゃねぇ!』と叫びながら去ってしまい。エトルさんはワシが止めるのも聞かず、そのまま北の平原へと野盗を追いかけてしまったんじゃ……」そう言って、お爺さんは必死に頑張ってくれたにも関わらず申し訳なさそうに私へ謝った――――


――――悪魔が人並みに……という言いようから恐らく魔獣寄せを持っている私を憎んでいる者の犯行だろう。イグノーラから遠く離れた辺境の村でも私は罪に追われるわけだ。そんなことを考えながら私は必死にエトルと野盗がいるであろう北の平原へ急いだ。すると、そこには1人でうずくまっているエトルの姿があった――――


――――エトルは難病の身であるにも関わらず野盗を必死に追いかけた事によって信じられない高熱になっていた。しかし、エトルは我が子を案じて「私の事はいいからトルバートを救い出して……」と言って、そのまま気を失った。トルバートは私達の息子2人の兄の方だ。幸い弟のグラハムは攫われてはいなかった。その時グラハムは流行り病に罹っていて診療所に預けていたからだ。恐らく野盗は私に子供がいる事は知っていても双子だという事実は知らなかったのだろう――――


――――私は高熱で倒れたエトルをこの場所に置いたままトルバートを追いかけるべきか、エトルを真っ先に連れて帰り、医者に発熱を抑えてもらうかの2択を迫られた。結果、私はエトルを担いで急いで村へ戻ったのだが無理して体を動かしたエトルは高熱を抑えきれず、そのまま帰らぬ人となった――――




 次々と明らかになる事実に驚愕すると同時に俺は1つおかしな点に気が付いた。それはグラハム王が言っていた過去と異なる点だ。


 確かグラハム王は『父グラドは私が7歳になるまでは旅をしながら母と共に私を育ててくれていた』と言っていたはずなのだが、エトルはグラハムが赤子の時点で亡くなっていると書いている……その後、新しい妻が出来たのだろうか?


 その点をグラッジに伝えると「僕も矛盾していると気になっていましたが育ての母親が新たに出来たのかもしれませんね」と俺と似たような意見を呟いた。


 激動過ぎるグラドの人生がこの先少しでも楽しいものであってほしいと俺は心の中で祈りを捧げた。





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