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第130話 離脱作戦と兵士長




 俺はサンド・ストームでイグノーラ兵の矢を防ぎ続けながら全員が確実に逃げ切る策を思いつき、2人に説明する。


「打開策を思いついたから説明するぞ。まず俺がサンド・ストームを解除した瞬間、全員円盾まるたてに乗って後ろへ飛んでいく。ここまではグラッジが考えた作戦と同じだが円盾が1番高い位置まで上がったら2人は俺にしがみついてくれ。そこから俺がサンド・テンペストを真下に放出して3人全員を更に高い位置へ移動させる」


「ちょっと待ってください!」


 俺が説明している途中でリリスが遮ってきた。


「恐らくガラルドさんの考えはかなり高い位置に移動してから遠くを見下ろしてアイ・テレポートで移動するというものですよね? ですが、アイ・テレポートでの移動は同時に2人までです。まさかガラルドさんだけ残るなんて言いませんよね?」


 リリスは険しい顔で俺を見つめていた。俺がこれまでの旅で自己犠牲的な行動を取ってきたことから心配あらため警戒しているのだろう。


 リリスも俺と同じように自己犠牲は出来ても他者犠牲を許さないタイプだ。そんなことは絶対にさせないぞ! と俺に睨みを利かせている。


 しかし、少なくとも今回の俺は全員生存の策を持っている。俺はなだめるように作戦の続きを話す。


「そんなことはしないから安心しろリリス。高く飛んだ後、リリスは一旦グラッジと一緒にアイ・テレポートで出来るだけ西側へ運ぶんだ。その間も俺は魔砂マジックサンドで空中に浮き続けてリリスがアイ・テレポートで往復して戻ってこれるよう足場をキープし続ける」


「なるほど、グラッジさんを運び終えたら私は息を整えて単身で空中にいるガラルドさんのところへ戻り今度はガラルドさんをグラッジさんのところへ運ぶという流れですね」


「その通りだ、かなり高い位置にいくことが出来れば勢いのある矢なんてそうそう飛んでこないだろうしリリスが迎えに来るまでの時間ぐらいは稼げるだろう。それじゃあ、早速作戦を始めるぞ、準備はいいか?」


 俺が問いかけると2人は即座に頷いた、作戦開始だ。


「サンド・ストーム解除!」


 轟音を立てて旋回していた魔砂マジックサンドがピタリと止まり崩れ落ちた。それと同時にグラッジが敷き詰めた風の短剣から暴風を発生する。


「吹き飛ばせ、シルフィード・ナイフ!」


 爆発にも似た風が足裏の円盾から溢れ出し、まるでコルク栓のように俺達の体を大きく吹き飛ばした。俺達の体は円盾ごと綺麗な放物線を描き、高さ20メード程の位置に飛ばされた。


 次に円盾が落下し始めたところで俺の出番だ。リリスとグラッジはそれぞれ俺の腰と足にガッチリとしがみつく。それを確認した俺は両手に魔力を込めて下方向に解き放つ。


「俺達を飛ばせ、サンド・テンペスト!」


 攻撃技なのに最近すっかり移動技みたいになってしまったサンド・テンペストの反動によって、俺達の体は風を切り裂きながら上昇する。気が付けばあっという間に地上50メードあたりにまで着いた。俺達は互いの目を見て頷き合って次の作戦に移行する。


 ここからはリリスの頑張りどころだ。グラッジと手を繋いだリリスはしっかりと西側の森林地帯を見つめて指差しながら叫んだ。


「あそこへ飛びます! アイ・テレポート!」


 リリスは指差した先にある泉の方へグラッジと一緒に瞬間移動してみせた。あそこなら木々が上方向の視界を塞ぐことがない。今、俺がいる位置も視界に捉えやすいだろう。


 後はリリスが俺を迎えに戻るまで魔砂マジックサンドを浮かせて空中で待機するだけだ。


 洞窟の前で射程不足の矢と弓を持ったままオロオロとする兵士達を眺め続けるだけの時間が続くと思っていた俺だったが洞窟前の兵士の中でただ1人、竜巻の風魔術で俺のいる位置まで上がってくる男がいた。


 男はまるで竜巻の妖精にでもなったかのように回転する風を纏ったまま空中で停止し、俺に問いかける。


「お前は昨日グラハム王の前に現れた冒険者ガラルドだな。私の予想通り、グラッジのいる位置を偽ったようだな」


 俺を見た事があるような言い方をされたことで俺も男の事を思い出した。確かグラハム王の横で護衛をしていた兵士だったはずだ。


 歳は恐らくグラハム王と同じぐらいだろう。歴戦の強者感がにじみ出る凛々しい目と眉に加えて堀の深い顔立ちをしている。沢山剣を振ってきたであろう手の平は離れた位置からでも分かるぐらいに硬く分厚そうだ。


 俺が見てきたハンター達でもここまで見事に風魔術で飛翔する戦士は見た事がない。相手は絶対に手強いだろう。リリスが戻ってきたら息を整えるまで守り切るスタミナも温存したいから極力戦闘は避けたいところだ。


 俺は時間を稼ぐために兵士に質問する。


「よく、俺の嘘を見破ったな。あんたは一体何者だ?」


「あんな嘘を信じようとするのはお人好しのグラハム王だけだ。私以外の他の兵士も怪しいと思っていたさ。だから兵士長である私は旅人を信じたい王の優しさと貴様への疑いを両立する為に東西両方に兵を派遣したわけだ」


 うっ! またしても嘘がバレていたようだ。ビエードに嘘をついた時もバレバレだった過去もあるし俺は本当に嘘をつく才能が無いようだ……。


「ふぅ……戻りましたよ、ガラルドさん。え、そこの兵士さん、風魔術でここまで来たんですか?」


 自分の失敗に落ち込んでいる間にリリスがアイ・テレポートで上空へ帰ってきた。比較的息切れが浅いのは特訓の成果もあるだろうが復路がリリス1人だった影響も大きいのだろう。


 俺は魔砂マジックサンドの足場上で困惑するリリスを安心させるために微笑みを返し、自身の唇に指を当てて静かにするよう促す。リリスが俺の指示に従い黙って息を整え始めたところで俺は兵士長に質問を続けた。


「なるほど、俺らは完全に兵士長に読まれてしまった訳か。ならもう1つ聞かせてくれ。どうしてあんたは嘘をついた俺達が北や南ではなく西にいると分かったんだ?」


「簡単なことだ、グラッジに同情した貴様らなら出来るだけ兵士達を遠ざけたいと思うはずだ。となれば、反対方向である東にグラッジがいると嘘をつくのが距離を遠ざけるうえでベストと考えるはずだ」


 もう何から何まで読まれていて自分の単純さが嫌になる……。だが、反省するのは全てが終わった後だ。


 まだ息切れが整っていないリリスの為に俺はもう少しだけ会話で時間を稼ぐことにした。


「じゃあ賢くて強い兵士長様がわざわざ高い所まで上がってきたってことは俺を殺すつもりなのか?」


「いや、少なくともここでは殺さない。死の海を越えてきたうえにあれ程の砂の竜巻を出す男だ、相当な手練れである可能性がある。私1人では負ける可能性もあるだろう。上へと登ってきたのはあくまで忠告をする為だ」


「忠告?」


「貴様らがどれだけ頑張ろうと我々は必ずグラッジを殺す。愛する息子と民を天秤にかけ、民を選んでくれた王に報いる為にもな。仮に今、貴様が私と洞窟前にいる部下を含む31名の兵士を全て倒したとしても他の場所を探索している3000の兵士達がお前らを追いかけ続けるだろう、この信号弾を目印にな!」


 そう言うと兵士長は赤色の信号弾を天に向けて放った。この信号弾によって全兵士が煙の出ているエリアを囲むことだろう。信号弾を放った兵士長は勝ち誇った顔で俺達に降参を促す。


「貴様らが逃げ切る事はないだろう、数の力は絶対だからな。だから、もう諦めてくれないか? グラッジさえ殺せば貴様らを殺さない事を約束する。まぁ1年程度は牢に入って反省してもらうがな」


「随分と優しい兵士長様だな。牢に入れられる前にあんたの名前を聞いてもいいか?」


「私の名はソルだ。訂正しておくが私が優しい訳ではない。王の意向に従っているだけだ。私が王なら、もっとえげつない方法で貴様らを追い詰める」


「なら王様に感謝しながら俺達は逃げさせてもらうとするよ。リリス、準備はいいか?」


 リリスはすっかり息を整えて元気に頷く。俺達のやりとりを見ていた兵士長ソルは今まさに逃げられようとしているにも関わらず冷静に忠告を続ける。


「恐らく、そこの女が高速移動もしくは透明化のスキルを持っていてグラッジを逃がしたといったところか。だが、消耗具合を見る限り連発できるようなスキルではないだろう。それに直線的な移動しか出来ないんじゃないか? 今、この場からは逃れられたとしてもイグノーラ領は我々の庭だ。いずれ必ず捕まえる。だから、もう1度だけ忠告しよう、さっさと諦めろ」


 この僅かなやりとりでアイ・テレポートの性質をこれでもかと見抜いてやがる……ソルという男、つくづく頭のキレる奴だ。


 これ以上コイツと関わってボロを出すわけにはいかない。俺は最後に捨て台詞を吐いてリリスと一緒に逃げることにした。


「15の子供と追いかけっこをするぐらいならイグノーラに戻って防備を固めるなり魔獣を根絶やしにする作戦を考える事をお勧めするぜ、それじゃあな、行くぞリリス」


「はい! アイ・テレポート!」


 俺はリリスの手を握り、アイ・テレポートでグラッジが待機している西の泉へと瞬間移動する。






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