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第129話 間一髪




 グラッジを探す為に複数の班に分かれてイグノーラを出た翌日、俺とリリスと同班のハンター2人は四方八方から聞こえてくる騒がしい鳥の鳴き声にビックリして目を覚ます。


 まだ日の出前ではあるが鳥たちにとっては活動開始の時刻であり、鳥が生活している大樹の上部で眠っていたのだから当然のことなのだが。何にせよ日の出前に頭を覚醒できたのはありがたい限りだ。


「よし、顔を洗ったらすぐに捜索を再開するぞ」


 俺達の班は川で顔を洗うと朝食も食べずに捜索を始める。食事は歩きながら取ればいい。とにかく今は1分1秒が惜しいからだ。


 西へ西へと歩を進めた俺達は捜索を始めてから4時間後ようやくグラッジが刻んだと思われる文字を大樹の幹に確認した。リリスはグラッジが刻んだ暗号を皆に伝わるように音読する。


「えーと、読み上げますね。『ぼくを、ねらう、へいし、たちが、昼夜を、とわず、うご、いている」


 グラッジと約束した暗号による伝達…………それは書かれた文字の内、4の倍数の文字だけを読み上げるというものだ。それ故にリリスの音読はたどたどしくならざるを得ない。しかし、読んでいるリリス自身がまどろっこしく感じるぐらいに刻まれた内容は危機的なものだった。


 どうやらイグノーラの兵士達は西側の捜索も進めているらしい。俺の言った嘘がバレていたという事だろうか? 夜の間も捜索できているのも数の力がなせるわざなのだろう。


 もしかしたら既にグラッジは殺されているかもしれないと嫌な想像ばかり膨らむが、逆に言えばグラッジは夜以降にこの文字を刻んだということになる。


 文章の最後には『ここから真っすぐ南へ3キード程進んだ場所にある洞窟に避難する』と書かれている。俺達が次に向かう場所はそこだ。


 グラッジと少しでも早く合流できるように走って洞窟に向かっていると南の方から突然爆発音が轟く。俺と同時に顔を向かい合わせたリリスが真上を指差しながら焦った顔で俺に提案する。


「今の爆発音はグラッジさんの暗号に書いてあった方向からですよ! 走っていては間に合わないかもしれません。上に足場を作って高所から一気にアイ・テレポートで飛びましょう!」


「そうか、シンバード東の森でドラゴンニュートに接近した時と同じように空中に着地先を作れってことだな。真上はちょうど木が空を塞いでいないし丁度いいぜ。ひとまず俺とリリスだけで瞬間移動するぞ、魔砂マジックサンドよ、浮き上がれ!」


 俺は魔砂マジックサンドの塊を100メード近く上空へ大砲の様に放出する。そこから魔力をコントロールして平たい板のような形へ変化させた。


「行きますよ、アイ・テレポート!」


 俺とリリスの体は一瞬で森林地帯を見下ろせる高所へと移動した。息切れするリリスの体を背負った俺はすぐに空中の魔砂マジックサンドを足元に移動させて足場に変える。


 爆発音がした位置を高所から見下ろすと洞窟の前で30人ほどいる兵士達の攻撃を防ぎ続けているグラッジの姿があった。


 戦いの様子を見る限り恐らくグラッジは兵士に見つかって以降、兵士を殺さないように抵抗し続けているのだろう。本来グラッジほどの腕があれば1人ずつ確実に兵士を仕留めれば逃げる事はできるはずだ。


 だが、優しいグラッジにそんなことは出来ないだろう。かと言って自害する勇気なんて持てるはずがないし、そもそも持つ必要もない。


 段々と苦しい状況へと追い込まれていくグラッジを必ず助けてやる……そう決心した俺はリリスの息切れが収まってきたのを確認し、準備を促す。


「息は整ったようだな。アイ・テレポートの準備はいいか?」


「はい! 大丈夫です。ほぼ連続でアイ・テレポートを使うので瞬間移動を終えたら私はしばらく使い物になりません、絶対に守ってくださいね」


「ああ、もちろんだ。絶対に守るよ、リリスもグラッジも」


「あ~ん、今の台詞いいですね、プライベートでも聞きたいです。っと、冗談を言っている暇はないですね。行きます、アイ・テレポート!」


 リリスは一瞬頬を赤らめて体をクネクネさせた後、俺と共にグラッジの目の前に瞬間移動してみせた。


「え? ガラルドさんとリリスさん? あ、危ないッッ!」


 地面に着地した瞬間、俺達3人に向かって夥しい数の矢が飛んできた。しかし、体力全快の俺なら何本飛んでこようが問題ない。俺はすぐさま回転砂を展開する。


「守れ! サンド・ストーム!」


 俺達の体を竜巻状の砂が包み込む。矢は途切れることなくバシバシと砂に弾かれ、そのまま一定間隔で地面に落ち続ける音が聞こえた。防御力的には問題なさそうだ。


 俺は轟音が響くサンド・ストームの中でグラッジに話しかける。


「よう、グラッジ昨日振りだな。体の方は大丈夫か?」


「正直厳しかったです……。イグノーラの兵士は手練れ揃いなので逃げ切る事が出来ませんでした。もし、ガラルドさん達が来てくれなかった確実に死んでいたと思います。何とお礼を言ったらいいのか……」


「礼なら後だ、サンド・ストームは長時間維持できる技じゃないからな。今はとにかく兵士から逃げることだけを考えるぞ。俺がサンド・ストームを展開している間にリリスは息を整えろ。グラッジも迎撃の準備をするんだ」


「ハァハァ……はい!」


「分かりました!」


 2人は返事をした後、目を閉じる。少しずつ呼吸を整えていくリリスを尻目にグラッジは自身の周囲に風の短剣5本と直径1メードはあるであろう薄く大きな石の円盾まるたてを作り出した。


 グラッジは円盾を俺達の中心に置いたあと、その下に風の短剣を敷き詰めてから逃げ切る為の作戦を提案する。


「ガラルドさんが砂の防御を解除したら全員円盾に乗ってください。これを板代わりにして風の短剣の爆風で一気に南へ逃げます」


 グラッジの生み出す風の短剣は確かに強い風を発生させるが、いくら5本分の暴風で飛ぶとはいっても3人もの人間を一気に遠くへ飛ばせるとは思えない。俺はグラッジに反論する。


「上手く円盾から落とされずに飛べたとしても3人を遠くに飛ばせるほどの風を生み出せないと思うが……他に作戦はないか?」


「正直思いっきり魔力を込めた風の短剣でも精々70メード程しか飛べないと思います。ですが、1発で逃げ切る事が目的ではありません。開けた現在地から離れて密集した森に逃げ込んで距離さえあければ僕とガラルドさんはジグザグ移動で逃げられると思います。リリスさんも瞬間移動で遠くに離れれば大丈夫ですよね?」


「グラッジの作戦は中々良く出来ていると思うが、それではリリスが危ないかもしれないな。森に逃げ込んでも木々が視界を塞いでしまうと瞬間移動は難しい。リリスのスキルは見つめた地点にしか飛べないし発動後は体力をかなり消耗するんだ。それに瞬間移動も同時に2人までが限界だ」


 俺達3人にはそれぞれ得意不得意がある。限られたカードの中で1番生存率の高い手は何か……サンド・ストームを展開しながら必死に頭を捻り続けた俺は確実にグラッジを助ける方法を思いついた。





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