俺とサーシャは五英雄の過去を読み進めていくうちにグラドの強さと不憫さ、リーファの逞しさと優しさに心を奪われていた。サーシャは一旦本から目を離し、遠くを見つめながら感嘆のため息を吐いていた。
「この2人、特にリーファさんって人は本当に凄いね。あまりに優しくて泣きそうだよ」
「そうだな、グラドさんが少なくとも数年前までは姿を確認できた訳だし、現代でもリーファさんには楽しく暮らしていてほしいよな。こんなに頑張っていたんだし。だから、ここから先を読むのがちょっと怖いな。辛い事が書かれていなければいいが……」
――――グラドとリーファが人々の前から姿を消すと、それに呼応するように魔人達も引き上げていった。この動きを見るに結局グラドの『魔獣寄せ』が全て悪いのでは? と人々は声をあげる。だが、同時にグラドが命懸けで魔王ディアボロスと戦った姿も人々の記憶には刻まれている――――
――――最終的にイグノーラをはじめとした各国が取った行動はグラドを国に近づけないこと、そして五英雄に敬意を払って軌跡と銅像を残すという相反する処置だった。英雄なのか悪魔なのかも分からないグラドという存在をいつしか人々は口にしなくなり、他の英雄のことも語られなくなっていった――――
――――結局、五英雄がどのような生涯を送ったのかは誰にも分からない。グラドだけは孫のグラッジを預かって人里離れた場所に移動したという話もあるがグラドと共に消えたリーファの姿を確認したものはおらず、他3名の英雄も魔王ディアボロス討伐後に見かけたものはいない。もし、魔人が現れた時に全ての英雄がこの地にいれば運命は変わっていたのかもしれない――――
この先の内容は大体グラハム王から聞いた話と同じだった。ソファーで休んでいたリリスも体調が元に戻った様だから俺達3人はギルドにいるシルバーへ手に入れた情報を伝えに行く事にした。
※
ギルド『エッケザックス』に足を踏み入れると奥の席で必死に紙へ何かを書き込んでいるシルバーの姿があった。ざっと見る限り地図に大量の線を書き込んでいるようだが何をしているのだろうか、シルバーに尋ねよう。
「よう、シルバー。線を引いているようだが何をしているんだ?」
「おお、ガラルドだけじゃなくてリリスもいるのか。調べものと接見は終わったんだな。俺は地図とにらめっこしながらグラッジ探索ルートを書き込んでいたんだよ。だが、それを説明するよりも先にガラルド達の話を聞いた方がよさそうだな。王との会話や図書館で分かったことを教えてくれ」
シルバーに催促された俺達は早速これまでに得た情報を全て伝えた。シルバーはあまりに不憫なローラン家や五英雄の過去話を眉間に皺を寄せながら聞いていた。
ただ、俺やサーシャとは違い、シルバーは話の所々でメモを取って考え込んでいた。何か事態を好転させる手段を思いついたのだろうか。俺は何をメモしているのかを質問する。
「そのメモは情報を整理しているのか? それとも何か解決策が出来たのか?」
「解決策と言えるほどのものじゃないが何とか出来るかもしれない手段を2つほど思いついた。どっちにしても1度グラッジに接触しなきゃいけないがな」
「本当か? 困難な事でもいい、是非聞かせてくれ!」
俺がお願いするとシルバーは机の上に大陸全土の地図を広げた。そして、大陸から離れた位置にある孤島を右手で指差し、左手でストーンサークル領を指差して説明を始める。
「1つは本土からずっと離れた位置にある孤島にグラッジを連れて行く事だ。そうすれば大陸にいる陸上魔獣は海で足止めを喰らう。海棲魔獣と飛行型魔獣は襲ってくるかもしれないが塔のようなものを立てれば海棲魔獣も防ぐことは出来るかもな。飛行型魔獣だけはちょっと対策が思い浮かばない……」
グラッジの『魔獣寄せ』がどれ程の範囲か調べる必要はあるが有効な手の1つかもしれない。
とはいえグラッジが船で移動している間や塔を建てている間に襲われる危険性があるし、グラッジを島で孤独にさせることにもなるから極力とりたくない手ではあるのだが……。
シルバーは続けて2つ目の案を教えてくれた。
「もう1つの案は他力本願になるがグラッジがコメットサークル領に移動してエナジーストーンの人々に力を借りる方法だ。あの土地特有の回復力、そしてマナストーンという地の利を活かした戦術があれば寄ってくる魔獣にも対抗できる可能性は大いにある。現地の人間には魔獣の素材がそのまま報酬となるだろう。ディアトイルも近いから取引・加工もやり易いしな」
2つ目の案はグラッジへの負担を減らしてエナジーストーン民の戦闘力も活かした良い案かもしれない。問題はどうやってグラッジをエナジーストーンまで移動させるかという点だ。そもそも俺達だけでも死の海を渡って帰れる保証なんてないのだ。
だが、とにかく今はやれることをやるしかない。何をするにしてもグラッジに会わなければ始まらない。俺はシルバーが地図に書き込んでいたグラッジ探索ルートについて尋ねる。
「さっき言っていたグラッジ探索ルートっていうのは一体なんだ? グラッジを探すのに適したルートでもあるのか?」
「ルートと言うよりもガーランド団の人数を活かして分散して探索する手法だな。恐らくグラッジは今もイグノーラより西側にいると思うし、逆に大半の兵士や街のハンター達は血眼になって東側を探しているとギルド内で噂話を聞いた。ガラルドがナイスな嘘をついたからだな。だから警戒されずに西側を探す事が出来るだろう」
「じゃあナイスな俺が率いるガーランド団は早速グラッジを探しに行こう。グラッジを見つけた班は白色の信号弾を上げてくれ。そうすれば兵士達もハンターからの信号とは思わず焚き火か何かと解釈してくれるだろう」
「了解だぜ。あと、行く先々で大樹に暗号を彫っていないかどうかも確認するようにな。俺達とグラッジの大事な連絡手段だからな」
そして俺達ガーランド団は3,4人の班に分かれてイグノーラ西側の捜索を開始する。そこまで広い平原もなければ厄介な森林もないけれど、それでも追手から隠れようとしている人間を見つけるのは難しい。
シルバー特製の進行表を頼りに少しずつ探索済みのエリアを増やしてはいったものの1日目は全く手応えを得られなかった。
夜は暗闇から魔獣に襲われる可能性が高いし人探しだってやり辛い。俺は同班のリリスと2名のハンターと相談し、今日の捜索を終える事にした。
「明日は見つけられるといいですね。早く見つけないと兵士達が西側の捜索も始めちゃいそうですし」
「そうだな、今晩は早く寝て明日は日の出と共にすぐ捜索を始めよう。僅かな時間差でグラッジが殺されちまったら溜まったもんじゃないからな」
俺達はグラッジに教えてもらった『大樹の上で寝る』という安全な野営方法で夜を明かすことにした。1秒でも早く捜索に行きたい焦りを抑えて睡眠を取るのは難しく、俺にしては珍しく寝つきの悪い夜となった。