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第126話 繰り返す呪い




「グラッジに関する情報だと? それは一体……いや、こんなところで立ち話もなんだ。ひとまず謁見の間へ案内しよう」


 そう言って王は俺達を玉座の前まで連れてきてくれた。途中、王城内部がどんな風になっているのか眺めていたが、至って普通と言うべきか、むしろこれほどの軍事力を持っている国にしては簡素というか、高価な装飾などの煌びやかなものが見当たらなかった。


 恐らく、防衛第一・国民優先の王政なのだろう。その点はとても好感が持てる。


 王は整列した兵士達の間を歩いていき玉座に座ると、すぐにグラッジの話を始める。


「君達はさっきイグノーラに着いたばかりらしいな。ならば自己紹介をしておかねばな。私の名はグラハム・ローラン……この国の王だ。早速で悪いがガラルド殿が持っているグラッジの情報というのは一体なにかね? そもそもグラッジのことをどこまで知っているのかね?」


 俺は基本的に嘘が上手な人間ではない。だからグラッジがイグノーラより西に居たという情報以外は本当の事を答える事にした。


「さっきイグノーラに着いたばかりの旅人なのでそれほど詳しい訳ではありませんが、グラッジが王のご子息様である事、そして『魔獣寄せ』という稀有な呪いを持っていることは街の人から聞き存じております。グラッジとは偶然イグノーラの『東側』で遭遇してイグノーラ近くまで案内してもらったのです。優しく強い彼に俺達は何度も救われました」


 グラッジの居場所を反対方向である東側と言えば、少しは時間が稼げるだろう。王も俺の言葉を疑ってはいないようで良い情報を得られたと喜んでいる。


「なるほど、東側か。時間的にさっき着いたばかりと言っていたから、まだグラッジがイグノーラのすぐ東にいる可能性もあるな。すぐに兵を東に投入しよう」


 上手く兵を反対方向に逸らすことが出来た! ここまでは順調すぎるぐらい順調だ。王にとっては有力な情報を与えられたのだから、今なら多少踏み込んだ質問も出来るかもしれない。早速尋ねてみよう。


「他所から来た俺達が首を突っ込むべきではないかもしれませんが、よかったらグラッジが何故『魔獣寄せ』という呪いを持ってしまったのか教えて貰えませんか?」


「いいだろう。そもそもグラッジの『魔獣寄せ』は先天スキルによるものなのだ。元々、私の父であるグラドも同じ呪いを持っていてね。父グラドもグラッジと同じように若い頃にスキル鑑定で『魔獣寄せ』を内包していることを知り、人里を離れたそうだ。もっとも、そんな父を放ってはおけず、追いかけてグラドの子供を身に宿した女性がいてね。結果私が生まれたという訳だ」


「なるほど、後発的なものではないのですね。ただ、その話を聞いて気になった点があります。グラドさんの子であり、グラッジの父である現王様は『魔獣寄せ』を発現しなかったのでしょうか?」


「ああ、幸か不幸か私には先天スキルも後天スキルも芽吹くことは無かった。元々、私の祖父やご先祖様でも『魔獣寄せ』なんて呪いを発現したことはなかったらしい。私は父の『魔獣寄せ』を突然変異や有り得ないレベルの偶然だと解釈していたのだがね……」


「突然変異であればグラハム王に発現しなかったのにも説明がつきますし、自身の子供にも発現する事はないだろうと希望が持てますからね。気持ちはとても分かります」


「そう言ってくれるのはありがたいが、結局私はグラッジというイグノーラを脅かす存在を育て上げてしまったからな。呪われた血を繋いでしまった罪人と言ってもいい。そんな私を責めもせず、王として認めてくれている民は私の誇りであり宝だよ」


 普通の国ならば大きな災いをもたらした人間の子供であり親でもあるグラハム王を民は責めそうなものだが、街からはそんな雰囲気は微塵も感じない。


 それだけ民に慕われるような人柄であり、施政も評価されているのだろう。生まれた場所が違うだけで蔑まれ続けた俺からすれば、その点だけは羨ましい。とはいえ親族2人が災厄のように扱われるのは地獄の様に辛いとは思うが。


 グラハム王の話を聞いているうちに1つの疑問が湧いてきた。それはグラッジの祖父でありグラハム王の父でもあるグラドの事だ。彼は現在生きているのか、生きているとしたらどこにいるのだろうか? 俺は再び聞き辛い質問を投げかける。


「王の話を聞く限り、グラハム王の父上グラドさんも『魔獣寄せ』で大変な思いをされてきたかと思うのですが、現在はどうされているのでしょうか?」


「その前に昔の事を話そう。我が父グラドは若い頃『魔獣寄せ』で1か所に魔獣を集結させる事態を避ける為に大陸中を転々としていたらしい。私が7歳になるまでは旅をしながら母と共に私を育ててくれていたが、途中で私をイグノーラの貴族ローラン家へ養子に出したのだ。いつまでも危険な旅に同行させる訳にはいかないし、両親以外の人間とも関わっていかなければならないと判断したのだろうな」


 つまり、グラドは手のかかる幼少期までは自分達で育て上げ、それ以降は別の裕福な家庭で育ってもらった方がいいと考えたようだ。そのうち離れ離れになるのを覚悟したうえで子供を育てるなんて想像しただけで辛くなる。


 そして、グラハム王は更にグラドの話を続ける。


「私がローラン家の人間になってからは実の両親と何十年も顔を合わせる事はなかった。その間に私にも妻ができ、子供が生まれ、幸せな日々を送っていた。だが、皮肉にもグラッジは私が捨てられた7歳という時期で『魔獣寄せ』を発現してしまったのだ」


「そこからグラッジの1人旅が始まったのですか?」


「いや、グラッジといえど流石に7歳で1人旅は無理だ。私もどう対処すればいいか困惑していた。そんな時にまるで同じ呪いを持つ者同士で引かれ合うように我が父グラドが姿を現したのだ。そしてグラドは私に向かって『孫はワシが預かる、お前らに殺させる訳にはいかないからな』と言ってグラッジを連れ去ったのだ」


「それ以降グラドさんとは会っていないのですか?」


「ああ、父には1度も会っていないし、グラッジも目の前で数回逃げられた時しか接触していない。父はもしかしたら亡くなっているかもしれないな。以前までの私はグラッジを捕縛して、島流しにすることで殺す事だけは避けるつもりだった。呪いさえなければかわいい息子だからな。だが、そうも言ってはいられなくなってきてな」


「イグノーラへの被害が大きくなってきたからですか?」


「その通りだ。これは私の予想だが、恐らく『魔獣寄せ』そのものが強くなっている……もしくは魔獣そのものの数が増えているのではないかと考えている。グラッジには過去に『イグノーラには極力近づかず他領に接触するのも避けるように』と言いつけてあるが、あの子が約束を守っていようがいまいが、イグノーラが日を増すごとに危機的状況になっていっているのは間違いない。もう、我々はグラッジを殺すしかないのだ……」


 グラハム王は拳を強く握りしめて呟いた。大事な民を守るために愛する息子を殺す――――そんな辛すぎる決断を強いられるなんて。この世に善の神なんかいないのでは? と疑いたくなってくる。


 グラハム王は演説でも言っていたとおり覚悟を決めているようだ。だが、俺達はまだまだグラッジの命を諦めるつもりはない、やれることはやってやる。


 もちろんサーシャも俺と同じ考えだったようで敵対していると思われない範囲で強く言い切った。


「グラハム様、色々と辛い事実を教えてくださりありがとうございました。サーシャ達ガーランド団は必ずイグノーラの危機を何とかしてみせます。それではまた」


 横から眺めたサーシャの目は力強く真っすぐに見えた。目を合わせたグラハム王は俺以上に意志の強さを感じ取った事だろう。そして、俺達は王に一礼して接見の間を後にした。





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